第8話 その6

『サンディ、デーメテール! 識別不明の移動目標ムーバース確認、君達の進路上だ! 装甲車両四、そのほか人員多数!』


JSTARSからSEALSの前線攻撃管制官JTACに向けて通信が入り、勇は気を引き締める。おそらくセルビアの地上部隊。もしMANPADやAAAを装備しているとなると、ヘリは良い的だ。やはり簡単には通してくれないらしい。


『デーメテール、サンディ! ミニガンじゃ強行突破には心もとない、CASを要請する!』 

『サンディ、デーメテール、了解した! ディナー三一、デーメテール! 聞いたな、そちらで指示を出せ! ターゲットデータを送る!』

『デーメテール、ディナー三一、了解! ホッグ、キング、フェロー、ディナー三一! 有視界一回攻撃誘導タイプ三コントロール攻撃指示受領準備発令宜しいかアドバイス・ウェン・レディフォア9ライン! 私の華麗な指揮にほれ込みたまえ!』


空中前線管制機FAC‐Aを担当するフランス空軍のミラージュ2000が、要請を受けて近接航空支援CAS機に指示を出す。やたら自信あふれる声にどこか聞き覚えがあると一瞬考えたが、そうだ、マルチェリ氏ではないか。


『ホッグ三一、余計な台詞はいらないわ、 黙って仕事して頂戴! 受領準備宜しレディトゥコピー!』

『キング二一、やっほう! 女の子と一緒の仕事だ、興奮するね! 受領準備宜しレディトゥコピー!』

『フェロー二一、二人きりじゃないのが癪だが贅沢は言えんな! 受領準備宜しレディトゥコピー!』


 返ってきたのはこれまた耳になれた声。最初の女性はサビハだろう。凛とした声は無線越しにもよく通る。次の二つは言うまでもなくハビエルにマリオ。どこに居ても解りやすい連中だ。彼らは手早く攻撃情報を交換し、地上制圧の準備を整えていく。


『ホッグ三一、フェロー、キング! 兵装指示インテンションGBU五四、第三者捕捉バディレイズするわ、レーザー照射レージングのキューはキング二一が出して! フェロー二一は第二波! いいわね!』

『オーケイ、女の子にエスコートされるのも悪くない! キング二一、東より空域へ突入インフロムイースト!』

『俺は責めるほうが好きだがね! フェロー二一、東より空域へ突入インフロムイースト!』

『全機、現航路による攻撃許可クリヤードホット、思う存分やり給え! ちなみに私も責める派だ!』


サビハが呆れ声で「馬鹿言ってないの!」と返す。この間に酒場で大喧嘩をやらかした連中の共闘に運命めいたものを感じるが、彼らの能力が確かだというのは勇が一番知っている。複数部隊の同時攻撃という、スムーズな連携がなければ到底実行しえない無茶なフォーメーションも――無茶を無茶でなくすだけの信頼があれば、どうということはないのだ。


『よし、十秒後に照射開始テンセコンズ!』

『ホッグ差三一、目標捕捉キャプチャード!』

用意レディ……照射せよレーザーオン!』

照射開始レージング!』

照射確認スポット交戦開始を宣言コメンシングエンゲージメント爆弾投下ボムズ・アウェイ!』

『フェロー二一、続いて爆弾投下!』


 流れるようなやり取りが鮮やかに続く。三万五千フィートの彼方からその現場を直接見ることはできないが、勇は彼らの成功を確信していた。果たして暫しの時間が経った後、自信に満ちた仲間の声がインカムから聞こえてくる。


『ホッグ三一、戦闘終了を宣言エンゲージメントコンプリート時刻確認アットタイム五五。戦闘評価の報告受領準備宜しいかアドバイスウェンレディトゥコピーBDA

『いや、報告はいらん。聞かずとも解るよ、見事に全撃破だ』

『ふふ、私にかかればざっとこんなもんよ』

『あれあれ、僕たちだって大活躍したのになぁ。ご褒美を頂戴よ、あつーいキス』

『なんならそのまま最後までヤッちまってもいいんだぜ』

『うるさいわよ、助平二人』


 多数の航空機が聞く無線で仲良く喧嘩する我が友人達。ウィーゼル編隊を率いる大尉が『勇、お前のお仲間はいつも楽しそうだな?』と苦笑しながら問うてきたのには参ったが、しかし連中のおかげで救難部隊は着実にオルズ中佐の待つランデブーポイントへ近づく事が出来た。


『サンディ二二、ブレード一一のDMEトランスポンダー信号を確認した、近いぞ!』

 

ヘリから通信が入る。ブレード一一――オルズ中佐のコールサイン。つまり、ヘリの見通し距離内に中佐が存在している。勇は報告に浮き足立ちそうになるが、焦ってはいけない。冷静を保とうと歯を食いしばる。


『ブレード一一、サンディ! 聞こえるか、ブレード一一、こちらサンディ!』

『……サンディ、ブレード一一! やぁっと騎兵隊のおでましだ! 有難くて涙が出ちゃう!』

 

たった一日聞かなかった声が、勇にはとても懐かしく思える。しかし「よかった」とはまだ言わない。彼女の乗ったヘリが空母に戻るまでは我慢だ。


『元気そうだな、ブレード一一! そちらの周辺で着陸可能なポイントはあるか!?』

『あるにはあるけど結構ギリギリかも!』

『なに、構わん! 切手を貼るだけの余裕があれば降ろして見せる!』

『わぉ、頼もしい! ではこちらで最終誘導TAGする! スモーク点火ポップ・ア・スモーク!』

見つけたコンタクト! 視認で対象を確認ビジュアルブレード一一!』


オルズ中佐の誘導を受けた二機のヘリは宣言通りに着陸を敢行。まずSEALS隊員を満載したサンディ二一が先行し、着陸地点の防御を構築。それを待ってサンディ二二がアプローチ。無線越しに中佐が『え、待って待って二機!? このスペースに!? 馬鹿じゃないの!?』と素で叫んでいる。一連の動きをデータリンクで追っていた勇は、危なげなくランディングした海軍CSARヘリのパイロットに後で菓子折りでも送ろうと決めた。


『うわすっげ! ほんとに降りたよ!』

『ブレード一一、急げ! 早いところずらかるぞ!』

『わかってる! レディを急かすのはマナー違反!』

『よし回収した! これより離脱……いや待て!』


ヘリパイロットの言葉が嫌な途切れ方をし、くぐもったローターのエンジン音越しに銃声らしき破裂音が続けざま聞こえる。

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