【オファーの瞬間vol.8】『今昔奈良物語集』|文芸とラノベ、 本づくりの違いとは

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第8回に登場いただくのは『今昔奈良物語集』(12月21日発売)を担当した、文芸編集部のWさん。はてなインターネット文学賞を獲得した「ファンキー竹取物語」が収録された短編集ですが、書籍化の決め手は別の作品にあったといいます。文芸編集部ならではの書籍化の目線や、以前在籍していたスニーカー文庫で『スーパーカブ』『ひげを剃る、そして女子高生を拾う』といったヒット作品を手掛けたWさんが思うライトノベルと文芸の世界の本づくりの違いについて、話を聞きました。

書籍化の決め手は「若草山月記」

――『今昔奈良物語集』、重版とのこと、おめでとうございます。

Wさん:ありがとうございます。文芸編集者として初めて手掛けたカクヨム発作品でもあり、本当にうれしいです。

――本作にオファーした理由を教えてください。

Wさん:カクヨムの方から、今この作品がバズっています、という形で「ファンキー竹取物語」をご紹介いただいたのが最初でした。

 読んですごく面白い!と思ったのですが、一作品では分量も少ないですし、かといってこの作品を軸に一冊の本にするイメージも当時は持てませんでした。
 その後少し経って、本作がはてなインターネット文学賞の大賞に輝いたという案内があった際に、あをにまるさんが他に書いている作品として『今昔奈良物語集』を読んだんです。そこで「若草山月記」を読んだ時に、奈良にまつわる熱いものが伝わってきたのと、森見登美彦先生の『新釈 走れメロス』のような名作文学パロディ集として本にできるかもしれない、と思い、書籍化を検討し始めました。

――特に「若草山月記」がイケる!と思ったのは、どの部分だったのでしょうか。

Wさん:やはり「山月記」の虎が鹿になっている部分でしょうか(笑)。これが「奈良じゃなくてもええやん」というような話だったら、企画として弱いなと思いました。あをにまるさんの奈良に対する知識と愛が、ちゃんと物語として昇華されている作品だと感じられたので、書籍のコンセプトが見えました。

――書籍化を決めたタイミングを教えてください。

Wさん:カクヨムに掲載されていた作品の分量では書籍にするにはまだ少なく、内容も改稿をお願いしたい部分があったので、まずは連絡して、話をしてみようと編集長と一緒に会わせていただいたんです。
 初めて会った時はご挨拶と執筆へのモチベーションをうかがう程度を考えていたのですが、あをにまるさんから「こういう作品を考えています」「こういうネタだったら行けると思います」と熱いプレゼンをしていただきました。その時に、作品から感じていた「芯のある人」という印象は間違いなかったと実感できましたし、面白いお話をもっともっと考えてくれるだろうという信頼ができたので、企画会議に提出しました。
 本づくりにおいては、一冊での満足度ということも強く意識しました。そのために、ネタ的な着想の話もあれば真面目な歴史に絡めた話もあり、しっとりした話も入れつつ疾走感のある話も挟むといった形で、なるべく違った読み口の作品を集めました。この本を通じて、いろんな読書の楽しみを感じていただけるとうれしいです。

――「圧倒的奈良売れ」が重版の決め手になったと聞きました。

Wさん:あをにまるさんは、卑屈な奈良県民botの中の人2号として、普段から奈良に対する愛ある発信をされていたので、そうしたファンコミュニティが応援してくれたことも、発売前からの話題づくりや店頭での初速につながったと思います。奈良の書店さんも書籍化のニュースを早めにキャッチして、発売直後からかなり力を入れた展開をしてくださり、奈良での大きな盛り上がりに繋がりました。

――仮にですが、あをにまるさんが発信力のない作家さんであっても書籍化の相談はされたのでしょうか。

Wさん:『今昔奈良物語集』の場合はご相談させていただいたと思います。編集者によって判断はそれぞれですが、私は発信力の有無よりも作品が面白いことを重視します。一般文芸のジャンルでは、SNSをやっておらず、あまり知名度がない作家さんの作品が、内容が評価されて話題になって広がっていくことが一般的ですから。
 もちろん発信力に期待して有名人の方に企画を提案することもあります。また、いざ書籍を売るタイミングで発信力が武器の一つになることは間違いないですし、発信力があることで、編集者が作品を見つけやすくなることはあると思います。

ファンコミュニティが強いのがライトノベルの世界

――Wさんは元々スニーカー文庫を担当されていたんですよね。

Wさん:はい、入社後にスニーカー文庫に3年いて、文芸編集部に移って5年になります。

――Wさんはスニーカー文庫時代にカクヨム発作品をいくつも手掛けられていますね。

Wさん:ちょうど私がスニーカーに配属されたときにカクヨムのプロジェクトが本格的に動き出し、サービスが開始したんです。大きなくくりでは同じ部署にあったこともあって、近所の空き地に新しい家が建つのを見守るような感覚で、カクヨムが生まれるのを見ていたことを覚えています。そんな身近さもあってスニーカー文庫のときにはカクヨム発の作品を積極的に手掛けましたし、いまでもウェブ小説サイトのなかではカクヨムに強い愛着があります。

――当時は新文芸ジャンル(=ウェブ発の大判のライトノベル、KADOKAWAだとカドカワBOOKS、MFブックス、ドラゴンノベルス、電撃の新文芸など)が非常に盛り上がっていたかと思いますが、ライトノベルの文庫レーベルでは、まだウェブ発作品は少なかったのではないでしょうか。

Wさん:数としては今ほどは多くはなかったですが、ちょうど『このすば!』(『この素晴らしい世界に祝福を!』)が大ヒットになっていく最中で、文庫のライトノベルでもウェブ発をどんどんやっていこうという気運がありました。
 
――ライトノベルと文芸の世界の両方を知るWさんが思う、両者の違いはなんでしょうか。

Wさん:あくまで作り手目線の話になりますが、まずライトノベルは、ラノベ好きのコミュニティがしっかり存在しています。そのため、まずは本屋さんでライトノベルの棚に来ているお客さんがいまどのような作品を読みたいのか、ということを意識してつくることが多いように思います。
 文芸単行本の売り場にはそうしたはっきりとしたコミュニティがありません。「本好き」という方でも読むものが小説だけとは限りませんし、普段あまり本を読まない方が新刊だから話題作だからと手に取ることも多く、書店の売り場にはいろんなジャンルの作品がひしめき合っています。茫漠とした世界の中で「あなたに読んでほしい本です」と枠組みをつくり、アピールしなければいけないからこそ、成功した類書が見えたり、確実に買ってもらえるファン層が見えると、書籍化の検討を進めやすくなります。読んでほしい人が見えてきさえすれば、企画の内容については自由度が高いので、そこが文芸単行本の編集者の仕事として魅力でもあります。

――ライトノベルでも文芸でも「最初に読んでもらいたい」人たちを意識すること自体は変わらないと。

Wさん:そうですね、そのため最初に本を見つけて買ってくださる方に、どのように興味を持っていただくか、実際に読んだ後に面白いと言ってもらえるかはすごく考えます。
 たとえば『スーパーカブ』『ひげを剃る、そして女子高生を拾う』は男性向けライトノベルのトレンドから少し外れた作品です。
 『カブ』は小熊がかわいくて素敵なキャラクターなのですが、ラノベ的なある種のお約束を満たしていない部分のある作品ですし、『ひげひろ』は物語の入り口はラブコメのようですが、根っこの部分には重いものがあるので、ライトノベルファンが求める読後感にはならないかも、という心配もありました。私がそれぞれの作品を読んだ時にはすでにカクヨムで大人気だったのですが、書籍化がまだ決まっていなかったのは、そうした理由もあったのかもしれません。
 そのため『カブ』の場合は、作品の雰囲気を出しつつライトノベルファンの方々にも興味を持ってもらえるようなパッケージを、『ひげ』の場合は「日常ラブコメ」を合い言葉にとにかく手に取りやすいパッケージを意識しました。『ひげ』の場合はある種の期待への裏切りでもあるのですが、各ヒロインがあまりに魅力的なので、読んでさえもらえればきっと彼女たちを好きになって、物語の結末まで追いかけてくれるはず、と考えました。結果的にそれぞれのキャラクターにファンが付き、特に人間ドラマの部分を評価いただけたのは本当にうれしかったです。
 ……と、長々と話をしてしまいましたが、当時の自分がそこまで明確に考えていたかというとそういうわけではなく、実際は「自分が面白いと思ったものを何としても読んでほしい」という気持ちで突っ走った部分が大きかったと思います。

文芸作品で書籍化を目指すには

――文芸編集者の目に留まるためには、どうすればよいでしょうか。

Wさん:探すこちらも模索中なので、これは難しい……。一つは、本屋大賞を受賞された『同志少女よ、敵を撃て』の作者である逢坂冬馬さんのインタビューが参考になるかもしれません。

 僕の場合は、ネットユーザーにフレンドリーな感じをだすよりは、敢えてWEB小説っぽくないものを提示するように心がけました。そのほうが、分かる人には分かってもらえるんじゃないかと。

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 逢坂さんがお話しされたように、タグの単語をみて、作品のタイプを瞬時に判断している部分はあります。文芸編集者的にはたとえば「異世界ファンタジー」や「ヤンデレ」と書いてある作品は「あ、新文芸やラノベ作品なのかな」と思って仕事として読むものからは外れます。
 逆に文芸作品の帯に入っているようなフレーズがあると、「お、文芸作品を書きたい方なのだな」と思うことがあります。書籍化を目指している方であれば、世の中に出ている一般文芸書のこういう作品に近いです、こういう作家さんが好きな方にぜひ読んでほしいです、ということをタグやあらすじでアピールいただけると、一般文芸の編集者の目にとまりやすくなるかもしれません。

――異世界ファンタジーは文芸編集部としては積極的には探していないということでしょうか。

Wさん:あえて言葉を使い分けると、ハイファンタジー作品に興味はあるが、異世界転生的な作品はすでに新文芸ジャンルでファンコミュニティもあるため、一般文芸の守備範囲から外れる、という感じでしょうか。一般文芸作品でも『鹿の王』を筆頭とするハイファンタジーの名作はありますし、実際ウェブに投稿されたハイファンタジー作品で文芸編集部で検討したものもあります。ただし、カクヨムにかぎらずウェブ小説の世界で、そうした作品を的確に探し出すことは難しいのが現状です。
 そのため、現代ドラマやホラー、SFなど、ある程度文芸作品に親和性が高いジャンルで探すことが多くなります。

――他にはどのような形で書籍化できそうな作品を探していますか。

Wさんカクヨム公式の特集に登場した文芸的な作品をチェックすることが多いですね。『同志少女よ、敵を撃て』も元は特集に掲載された作品ということでしたし、いま進行中の企画として、同じ編集部の人間が特集で取り上げられた作品にお声掛けし、2作の書籍化が決まりました。すでに書籍化を公表しているカクヨム発のホラー作品『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』も含めて、3作品が4月にカクヨム発の文芸単行本として刊行されます。
 読んだ作品をいますぐ本にするのが難しいと感じた場合も、光るものを感じたら「文芸ジャンルの作品を書ける方」として新作をチェックしています。KADOKAWAは会社としてはウェブ発作品を多く手掛けていますが、文芸編集部はまだまだこれからという段階です。文芸と親和性の高い作品や作家さんをリスト化して編集部で共有しながら、いい作品を見つけようと試行錯誤している最中です。
 個人的には自主企画もチェックしています。個性的な自主企画を立てられたり参加している方には、文芸系の作品を積極的に書かれている方も多い印象があります。

――最後に、カクヨムで文芸的な作品を投稿されている方にメッセージをお願いします。

Wさん:読んで面白い作品はウェブの世界には本当にたくさんあります。ただし本にできるのかというのはまた別ですし、今のところ、ライトノベルや新文芸作品よりも、一般文芸で書籍化するハードルは高いと思います。もちろん文芸編集者でウェブ小説を積極的に読む人がまだまだ少ないこと、新しいタイプの文芸作品を商品化する引き出しを編集者側がもっていないことが本質的な問題だと思っていて、自分自身も勉強もしていかなければならないと感じています。
 カクヨムから文芸作品を手掛けたいという思いはずっとありますので、素敵な作品に出会えてお声掛けした際には、ぜひ前向きに書籍化を検討いただけるとうれしいです。

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