【オファーの瞬間vol.2】『サキヨミ!』|こんな王子様を待ってました!

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第2回で話を聞いたのは、つばさ文庫編集部のMさん。カクヨムを通じて第8回角川つばさ文庫小説賞に応募された『サキヨミ!』を読んで、強く最終選考作品に推し、同作品が金賞を受賞した後は担当編集者としてヒットシリーズに成長させています。作品のどこに惹かれたのか、児童文庫レーベルであるつばさ文庫ならではのウェブ投稿作品の見方は何か、話を聞きました。

――――『サキヨミ!』6巻発売おめでとうございます。七海まち先生が書かれた『サキヨミ!』は、第8回角川つばさ文庫小説賞にカクヨム経由で応募され、見事金賞を受賞。大人気シリーズとなっていて、カクヨム運営としても嬉しいです。最初に「つばさ文庫」と編集者の仕事について教えてください。

Mさん:つばさ文庫は2009年に創刊された児童文庫レーベルです。2012年からは児童文庫レーベルで最大手になりました。現在新刊は年に100点ほど刊行しています。
 つばさ文庫の公式サイトの説明文には<「次はどんな本を読もう?」そんな子どもたちの「読みたい気持ち」を応援する、KADOKAWAが発行する児童文庫レーベル>とあるのですが、まさに「子どもたちが自分で読みたいと思える作品」を送り出すことを強く意識しています。

――「自分で読みたいと思える作品」というところを詳しく聞かせてください。

Mさん:つばさ文庫のメインの読者層である「10歳、小学4年生が読んで面白いかどうか」ということを意識しています。ただ「10歳が読んで面白い」といった時に、えてして「大人が10歳に読んでほしい」や「10歳がおもしろいと思いそう」、あるいは「自分が10歳の時に読みたかった」ということになってしまいがちです。
 そういう意味で、つばさ文庫は「今の小学4年生が自分のお小遣いを出して買いたいと思えるかどうか」をあらゆる基準の第一に置いて作品を検討しています。

――「10歳、小学4年生」というのを繰り返し語られていますが、他の学年ではダメなのでしょうか。

Mさん:たとえば友達と電車に乗って遊園地に行くというイベントがありますよね。高学年や中学生であれば、友達と行くこともたまにあるかもしれませんが、多くの小学4年生にとっては、「友達と電車に乗る」ことだけでも非日常の体験だと思います。
 同じことであっても、もっと上の世代にとってはちょっとした日常の延長で、小学4年生にとってはキラキラした非日常になります。小学4年生の目線で物語を見るのであれば、そうしたイベントへのあこがれの気持ちが抱けるか、共感できるものかどうかで、面白いと感じてもらえるかが変わってきます。
 もちろん小学生を取り巻く環境も刻一刻と変化しているので、編集者としても常に今の小学4年生を「憑依」できるよう意識しています。

――「憑依」! そのために普段されていることはありますか。

Mさん:小学生が読んでいる「ちゃお」などのマンガ雑誌を読んだり、小学生に人気のYouTuberをチェックしたりしています。最近だと編集部全員でTikTokの勉強もしています。
 また、ただ流行りを追うだけでなく、今の小学生一人ひとりを知ることも心がけています。編集部でも、知り合いのお子さんにアンケートをさせてもらったり、小学生のモニター会を開催して根掘り葉掘り聞いたりします。特に大きなタイトルでは実際に発売前の作品を読んでもらって、意見を聞くことも多いですね。
 街中で小学生の話に聞き耳を立ててみることもあります。本屋さんでつばさ文庫を手に取っている小学生を見かけた時には、表紙、あらすじ、POPなど、何を見て買ったのか、あるいは買うのをやめてしまったのかは見届けて次に生かせるようにしています。(もちろん、ご迷惑にならない範囲で)

――そうした「憑依」された目線で『サキヨミ!』は「ビビッと来て」推した作品だと聞きました。どこで「イケる!」と思われたんでしょうか?

Mさん:選考で本作品のあらすじを読んだ時に、まず直感で「未来の見える女の子の話? テストの問題とかがわかるのかな? 面白そう!」と思いました。自分にもそんな力があったら良いな、とも。
 ところが冒頭、主人公の女の子である美羽ちゃんが、自転車事故が起こる未来を見る、けれども怖くて何もできない、というシーンから始まるんです。いい意味であらすじに裏切られ、「この子は未来が見えるけど、不幸な未来しか見ることができないんだ…」というツカミがすごくインパクトがあるな、と感じました。
 そんななかで作中のヒーローとして登場するのが瀧島くんです。能力があるがゆえに不安な気持ちを抱える美羽ちゃんに優しく手を差し伸べ、怖いという思いを払拭して、一緒に未来を変えていこうと誘っていくのが、本当にカッコよくて! 編集者視点でも「つばさ文庫に絶対いてほしい王子様」だと思いました。ですので、瀧島くんが登場したシーンを読んですぐに、編集部の皆に「賞をとったら絶対担当したいです!」と一生懸命アピールしていました(笑)。

――非常に完成度が高い応募原稿だったんですね。

Mさん:もちろん初めから完璧だったわけではなく、粗削りな部分もなくはなかったのですが、設定とツカミの引きの強さに加え、圧倒的な面白さでノンストップで読ませるものがありました。最終選考は完全に選考委員の先生方にお任せになるのですが、そこで金賞をとったというところでも、やはり純粋に面白さが評価されたと思っています。
 あとは、やはりキャラクターですね。主人公・美羽ちゃんの内気なところは誰もが共感しやすく、サブキャラクターもユニークなのですが、なんといっても瀧島くんです!
 『サキヨミ!』は新刊の原稿をいただくたびに、瀧島くんがカッコよく描かれているか、なにより私自身が楽しみながら読んでいます。七海まち先生に「もっと、もっとカッコよくできませんか!」とお願いすることも多々あります(笑)。
 もともとつばさ文庫は女の子の読者さんが多いですが、このシリーズもたくさんの小学生の女の子に喜んで読んでいただいているという印象を持っています。

駒形先生からいただいたイラストを拝見するのも、『サキヨミ!』を編集していて最も幸せな瞬間のひとつです! 特に瀧島くんは、どのカットも本当にカッコよくて毎回心を奪われます。

――書籍化にあたっての改稿のなかで、気を付けたところはありますか?

Mさん:話を切り詰める部分ですね。もちろん応募要項を満たした文字数だったのですが、つばさ文庫1冊分にするには長いものでした。1巻目は設定を伝えなければならないのでどうしても削れない部分が多いのですが、そのうえで引き算していく作業なので、七海まち先生にはだいぶ骨を折っていただきました。
 あとは「地の文」を少しポップにして、丁寧にかみ砕いた表現も意識していただきました。七海まち先生は純文学の賞にも応募されていた方でもあり、非常に高い文章力をお持ちなのですが、そうした部分が児童文庫のテンションとしてはややしっとりしすぎているように感じられました。最初はそうした文体の調整に苦労されたようです。もちろん、いまは完全に自分のものにされています。

――先ほどの話を踏まえると、つばさ文庫小説賞の選考にかぎっていえば、10歳に向けた文体、というところよりも、10歳が読みたいと思える話の中身が大事、ということでしょうか?

Mさん:あくまで私の意見にはなりますが、10歳に刺さる中身になっているかのほうがはるかに重要だと思っています。実際、文章としてはすごく素敵だけどつばさじゃないよね、という作品は毎年かなりの数あります。これはきっと大人なら喜ぶんだろうな、という作品や、逆に幼年向けかな、というような作品ですね。そうした作品に編集者ができることは限られています。
 もちろんその中で群を抜いていれば他の媒体での書籍化を提案することもあるとは思いますが、「つばさ文庫小説賞」の選考をぬけていくことは難しいかな、と思います。

――つばさ文庫小説賞はカクヨムとそれ以外の応募両方受け付けているわけですが、違いは感じますか?

Mさん:しいて言えば、カクヨム経由の作品のほうが文字数を多く書いてこられる印象があります。ですが、それが選考に影響するわけではありません。
 日ごろからコンセプトに合わせてカクヨムから書き手を探している編集部員もいますが、児童向けの作品はウェブ上には多くはないので、私個人は他社で書かれている方や他ジャンルで書かれている方にアプローチすることのほうが多いです。
 だからこそ、ウェブで活動されている作家さんと出会える貴重な機会として、カクヨムからのつばさ文庫小説賞応募作品には、思いがけなかったお話を読みたい!という気持ちを強く持っています。現在の編集部のコンセプトとしても新しい作品へのチャレンジというのは大切なテーマです。児童文庫レーベルの創刊が相次いでいるなかではありますが、「つばさ文庫だからこそ、挑戦していく必要があるよね!」と熱く語り合っています(笑)。

――最後に、つばさ文庫小説賞に応募される方へのメッセージをお願いします。

Mさん:つばさ文庫小説賞も今年で第11回目となりました。たくさんの方にご応募いただけるようになったこともあって、つばさの人気シリーズや過去の受賞作を研究して出してくださる方が増えています。ただ、それがある種の傾向と対策になってしまい、時に「今の小学生が好きなのはこういう話でしょ」、というような大人の思惑が透けて見える作品もあり、少し残念です。
 自分がずっと温めてきたテーマであったり、まだ児童文庫にはないけれど、小学生に喜ばれるに違いないというシーンを入れ込んでみる、という挑戦的な気持ちなど、何かしらのパッションを作品に込めてほしいと思います。『サキヨミ!』の瀧島くんは配信者の面もあってSNSも見事に使いこなすのですが、そうした部分も今風で非常にいいなと思った部分でした。
 あとは繰り返しになりますが、10歳、小学4年生が読んで面白いかどうか。そういう意味では、選考の中で、カクヨムの大人の読者がつけた☆やレビューは一切考慮していません。角川つばさ文庫小説賞に関しては、作品に☆やレビューがつかなくても、児童文庫として「面白い!」と思える作品は選考をすすんでいきますので、どしどし応募していただきたいと思います。今の小学4年生が夢中になるような、素敵なキャラクター・物語に出会えることを楽しみにしています!

大人気シリーズ『サキヨミ!』は6巻が2022年6月15日より発売開始!

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第11回つばさ文庫小説賞は2022年7月1日から応募開始!カクヨムからも応募できます!

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オファーの瞬間第1回の記事はこちら。

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