【オファーの瞬間vol.5】『安吾先輩は解読したい』|投稿から6年後に届いた手紙

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第5回で話を聞いたのは、『安吾先輩は解読したい』(旧題:俺さま暗号屋と召使いな私)を手掛けた、カドカワ読書タイム編集部のIさん。IさんがKADOKAWAではじめて手掛けた作品は、カクヨムに投稿され完結してから6年が経っていた作品でした。カドカワ読書タイムの書籍化の目線、胸熱の改稿エピソードについて、お話をうかがいました。

バディ物の学園ライトミステリー

――『安吾先輩は解読したい』、刊行おめでとうございます。本作が、IさんのKADOKAWAでの担当一作目ということでしたが、まずは作品の内容を教えていただければと思います。

Iさん:主人公の風紀委員仮採用中の鳥羽華子が、旧校舎で「暗号屋」なる怪しげな活動をしている安吾先輩のところへ乗り込んで行ってバシッと注意するはずが、飄々とした安吾先輩に煽られてなぜか暗号解読のお手伝いを始めてしまう。舞い込んでくる暗号に力戦奮闘するものの、なかなか解けない主人公に、安吾先輩がいじわるを言いつつ、さりげなくヒントを出すことで解いていく――という魅力的なキャラクターが躍動するミステリー作品です。



――『安吾先輩』へのオファーですが、「決め手」となる要因はどのようなところだったのでしょうか。

Iさん:読者が主人公の目線で暗号と向き合って、解いてみようと頭を巡らせつつ、解読パートで答えに辿り着く爽快感を楽しむ、そんな純粋なエンタメとしての力を感じて書籍化したいと思いました。
 私は高度な頭脳戦のカッコよさ、爽快感が好きで「QuizKnock」さんの動画をよく観ているんですね。暗号解読を題材にした本作も、読んでいて自力で暗号は解けなかったのですが、それを見事に解いているキャラクターたちに爽快感を覚えました。頭の切れるキャラクターの言動は、読者が追いつけなくなるものなんですが、ところどころで安吾先輩が出す雑学知識も「そうなんだ!」という主人公のリアクションが挟まることで、すっと頭に入ってくる。このふたりのコントラストもよく効いていると感じました。

――本作の主人公は高校生で、いつものカドカワ読書タイムよりも大人向けの印象でした。

Iさん:おっしゃる通りです。「カドカワ読書タイム」は、朝読の時間に手に取りやすい本を届けることを意識した、手軽に読める小説シリーズで、基本的には小学生高学年から中学生を主な対象読者として意識しています。
 その点、この作品はバディ物の学園ライトミステリーである一方、歴史や古典のやや難しい話も出てきますので、対象年齢がやや上がるかなという意味で読書タイムというレーベルから出していいのかについては少し迷いました。編集部会議で相談してみると「やってみなよ」と受け入れてもらったので、オファーを決めました。ですから十代の読者のみなさんはもちろんのこと、ぜひ大人の読者にも楽しんでほしいと思っています。



――読書タイムではふだんからカクヨムや他のウェブ小説サイトで作品を探したりしているのでしょうか。

Iさん:毎日、というわけではないんですけれども、定期的に探してはいますね。特にランキングを気にせずに探していることが多いです。タグとあらすじを見て、「おもしろそう!」と思ったら読むという感じなので、けっこう「一期一会」的な探し方かもしれないです。編集部全体としても、カクヨムでは「5分で読書」シリーズのコンテストを開催させていただいたり、カクヨムコンに参加させていただいたりしていますので、若年層というくくりでわりと満遍なく読んでいます。

――「安吾先輩」の場合も、タグから探されたんでしょうか。

Iさん:はい、「ミステリー」で調べていたと思います。カドカワ読書タイムを手掛けるのは本作が初めてだったので、ジャンルがはっきりしていて、内容がわかりやすいものをまずは作ってみたいと思っていて、恋愛とミステリーの二つの軸で探すなかで本作を見つけました。カクヨム連載名は「俺さま暗号屋と召使いな私」でしたが、バディもののミステリーというニュアンスはすぐ伝わってきました。

読書タイムは誰でも楽しめる本の造りを意識

――Iさんが読書タイムの編集部員として企画を作る際に意識しているのは、どのような部分となりますか。

Iさん:子どもたちが読んで楽しめるかどうかと、何かしらの学びがあるか、という2点を意識して作品を探しています。とはいえ、ここ数年の若年層向けの本の市場では、エンタメ要素が強い作品が非常に人気を博しているので、エンタメ的な方向性でも今後作っていきたいと考えています。

――十代前半の読書のトレンドも変わってきている、と。

Iさん:はい、最近は恋愛ものもジャンルとしては強いのかなと感じています。昔からの若年層を意識したイメージって、マンガとは全く別の意味合いでしっかりとした、保護者が読ませたい意味合いでの「子ども向け」という存在だったと思うんですが、「イケメンがたくさん出てきて主人公の私のことみんな好き!」といった、ある種王道な逆ハーレムものの小説も目立ってきているように感じます。

――若年層に向けた本づくりには、編集者になる前に学習塾の先生をしていたIさんの経歴も影響していますか?

Iさん:影響はあると思います。昔教えていた子だと、6年生の男の子で角川つばさ文庫の『星のカービィ』シリーズが大好きと言っている子がいた一方で、5年生の女の子が東野圭吾さんの文庫本を読んでいました。
 同い年の子どもでも読むものが全然違うことがある、というのは体感でわかっているので、売り出す側であまり読む年齢層を絞らずに作りたいと考えています。私は帯などに「〇〇歳向け」とは表記したくないタイプの編集者なのかもしれません。読書タイム全体でも、最近は誰でも読める本の造りを意識しています。

――本の造り、というのは、具体的にはどんな部分でしょうか?

Iさん:最近の読書タイムの本、これから出る読書タイムの本は、下から上まで読みたいと思った人が読めるように、原則、全部の漢字にルビを振るようにしています。それだと、逆に大人が読むには邪魔になるのではないか、と思われるかもしれませんが、ゆったりとした行間を取った上で、小さい字でルビを付けると、案外気にならずに読めるんです。
 ただ『安吾先輩』は、どうしても内容的に想定読者が高めの設定なので、全部ではなくて、下は小学校高学年から、上は大人も楽しめますよ、という想定でルビを付けました。

ウェブにある以上、誰かに「届く」

――作品自体が6年前に完結して、以降特に新作を発表されていない作者さんへお声がけすることに不安はなかったんですか?

Iさん:完結日を意識していなかったので、送った段階では特に不安はありませんでした。取り次ぎのお願いをしてすぐ、カクヨムの運営の方から「最近活動されていないようでメールが届かない可能性もあります」とは断りの連絡がありました。とはいえ当時作者の三川三さんはSNSもされておらず、連絡手段がカクヨムに登録されたメールアドレスだけだったので、ドキドキしながらお返事を待つしかありませんでした。実際に連絡がとれたあとに知ったのですが、カクヨムに登録されていたアドレスが携帯電話のキャリアメールだったようです。
 どうしてもカクヨムからのメールが届かない可能性が高くなりますので、特に書籍化を意識する方は常にメールをチェックできるようにしていただいたほうがいいかと思います。

――作者さんからの書籍化打診に対する反応はどうでしたか。

Iさん:「大変驚いております。今回のお話を進めて頂きたいと思います」といった感じで、まっすぐ受け止めていただいた感じでしたね。
 実は『安吾先輩』は、かつて他社で書籍化のお話はあったものの、企画が止まってしまったのを、いわゆる「供養」としてカクヨムに投稿していたというものだったそうです(供養=お蔵入り・不採用などによって公開し損ねた作品などをみてもらうこと)。そういう意味でも非常に喜んでいただけたようです。

――改稿の提案などはされましたか?

Iさん:提案というよりもご相談をした形です。最近はミステリものでも超能力で解く、といった強いフィクション要素を含む作品もあるのですが、この作品は地に足のついた推理が売りなので、コメディ的な演出が多いもともとの原稿だと、リアリティが担保されていないような印象を受けました。がっつり削ったわけではないですが、コメディ感はすこしだけ薄くしていただきました。コメディのバランスの取り方はいつも難しいと感じています。
 また、ウェブ版ではクライマックスの部分が、編集者として少しだけ納得がいかなかった部分でした。物語としての完成度はとても高いと思いつつ、ある登場人物が悪役になりすぎているようにも感じて、もっと読後感を気持ちのいい方向に持っていきたいと考えていました。
 ただ、「こう直しましょう」という具体的な提案は思い当たらず。悩んだ末に率直に思ったことを三川三さんに相談をしたんですね。そのあと出てきた改稿がものすごくて。起こった事件や暗号はウェブ版のままで、ストーリーもほとんど変えずに、事件の真相だけをガラッと書き換えてくださった。納得感があって、感動できるようなオチにもなっていて、初めからこの展開だったんじゃないかと思えるくらいの見事な完成度になっています。

――すごいですね。話を聞いてるだけでわくわくします。

Iさん:そうなんです! 起こっている事件は一緒なんですが、事件の見え方が違ってくるという……。なので、ウェブ版と書籍を比べて読んでも面白いと思います。

――改稿というのは、作家さんにとってある種センシティブな部分もあるかと思うんですが、改稿に対してのご姿勢などはありますか?

Iさん:基本的に、作家さんには書きたいものを書いてもらいたいのですが、それをいかに読者の心を掴む表現だとか構成に近づけていくか、という部分はこれからも大切に考えなければと思っています。書きたいものと読みたいものをつなげる仕事が編集者の醍醐味ですね。
 また、文芸や純文学の作家さんは校正でされた指摘の取捨選択をご自身でしっかりされると思うのですが、ウェブで書かれていた方は、良くも悪くも指摘を素直に受け取りがちな印象を持っています。こだわりのある表現は守っていただきつつ、より読者に伝わりやすい、おもしろい作品を作るサポートができればと思っています。
 今回の『安吾先輩』では、素直に意見を伝えたことで、想像を上回る鮮やかな改稿を行っていただけました。とにかく、作品を良くしたい一心で改稿をご提案しているというスタンスをきっちり伝えた先に、いい結果が生まれると信じてこれからも相談していきたいと思います。

――最後に、ウェブ作家さん、特にウェブ小説を公開して書籍化を目指すような方へメッセージをお願いします。

Iさん:商業作家のどなたかのツイートですごく心に残ってるものに、「小説作品というのは、誰か一人に向けたとても長い、十数万字の手紙みたいなものだ」というような言葉があります。
 自分の創作でどんなことを届けたいのか、それをいちばんに喜んでくれるのはどんな人なのか、その人におもしろいと思ってもらうにはどう書けばいいのか。自分の小説を読んでもらう相手の反応を想像しながら執筆していただけると良いのかなと思います。
 また、ウェブで公開した作品に、いつ誰が出会うかわかりません。読んだ方のメッセージが届くように、定期的にチェックしている連絡先のご登録をぜひ!

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