【オファーの瞬間vol.6】『レゾンデートルの祈り』|読者レビューが生んだ超話題作

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第6回に登場いただくのは『レゾンデートルの祈り』(カクヨム版タイトルは『レゾンデートル』)を手掛けた、株式会社ドワンゴのⅡⅤ(トゥーファイブ)編集部のTさん。共感が共感を呼び、賞を経由していない新人作家の文芸書としては異例のヒットとなった本作ですが、Tさん自身もカクヨムユーザーの熱いレビューがきっかけで本作を読んだといいます。作品が「推される」ことの連鎖について、話を聞きました。

「今」を捉えるテーマ、熱量の高いレビューが目に留まる

――『レゾンデートルの祈り』、評判を呼んでいますね。既に知名度のある作家さんが注目されることの多い文芸ジャンルで、ウェブ発の新人作家のデビュー作が話題になるのは素晴らしいことだと思います。まだ読んでいないカクヨムのユーザーに向けて、少し内容を紹介いただけますか。

Tさん:『レゾンデートルの祈り』は、安楽死が認められた未来の日本を舞台に、「人命幇助者(アシスター)」の遠野眞白(とおの・ましろ)が安楽死を望む人々と面談を重ね、ともに人生に希望の光を見出そうとする物語です。
「安楽死」という重たいテーマを扱っていますが、各エピソードが短編で完結する章構成となっている上、とても繊細で優しい筆致の文章ですので、非常に読みやすい作品になっているのではないかと思っています。

異例のヒット作となった『レゾンデートルの祈り』

――最初にカクヨムで本作品――カクヨム版タイトルは『レゾンデートル』――に出会ったきっかけを教えてください。

Tさん:トップページのランキングだったと思います。転職して編集者となって半年、仕事の流れを覚えてそろそろ自分で作品を手掛けたいと思っていた時期に、カクヨムをのぞいて本作を見つけました。
 その当時、本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんの『流浪の月』(東京創元社)などの作品に感銘を受け、形は違ってもどんな人にもその人だけの「生きづらさ」みたいなものがあるんじゃないか、と考えていたところでもあり、本作の「安楽死」というテーマの切り口や、入りの文章の美しさに興味を持ちました。

――『レゾンデートル』が、現代という時代に響く作品を求めていた、編集者としてのTさんの目線にマッチした作品だったということですね。

Tさん:そうですね。加えて、特に「読みたい!」と思ったきっかけとして、『レゾンデートル』に寄せられた数々のレビューから、読者の方々のとても強い熱を感じたからというのもありました。中でも作家の蒼山皆水さんのレビューを拝見したことも大きな後押しでした。読み始めようと思ったのは夜中だったんですが、そのまま朝方まで夢中で読みました。最後の一章は寝不足で読むのはもったいないからと、翌日の楽しみにして床についたのを覚えています。

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――やはり、レビューの内容は参考にされますか?

Tさん:もちろんレビューや☆の数だけがすべてとは思っていませんが、熱量の高いレビューには惹きつけられますし、それだけ作品への期待値も高まります。そういったレビューは「この作品が好き」「とにかく読んでほしい」といった純粋な気持ちがあるからこそ書いてくださっていると思うので、私としてはそこにある気持ちの大きさを大切に受け止めたいと思っています。

編集者自身の想いが企画通過のきっかけに

――『レゾンデートル』の作者の楪一志さんにオファーされたのは読み終わってすぐだったのでしょうか。

Tさん:はい、夜通しで読んだ翌日には、編集部の先輩に「すごい作品を見つけました」という報告をしていました。

――とはいえ、フォロワー数や☆の数が特別多いわけではなく、まだ新人だったTさんが企画を通すのは難しかったのではないでしょうか。

Tさん:いえ、そんなことはありませんでした。むしろ、「一読者として強く引き込まれ、涙が出るほど素晴らしい作品にカクヨムで出会えました。絶対にこの作家さんにお声がけしたいです」と想いのまま話したところ、編集長からは「Tさんが感動したのであれば、すぐにお声掛けしてみよう」と言っていただきました。

――作者の楪一志さんとの打ち合わせはいかがでしたか。

Tさん:初めてお話しした時から、楪さんは編集のこちらが気後れしてしまうくらい物腰が丁寧な方で、「本作の持つ繊細で優しい空気感は、楪さんご自身の中から自然に生み出されてきたんだな……」とストンと腑に落ちたことを覚えています。楪さんからも「ぜひこの作品を本にしていただきたいです」と当初からとても前向きなお返事をいただいておりました。

――楪さんは、もともと作家活動をされていたわけではなかったと聞きました。

Tさん:ご趣味や同人誌の範囲では長編の小説を一作書かれたことがあったそうですが、ウェブでの発表はカクヨム上での『レゾンデートル』が初めてだったとうかがっています。
 お話をする中で、楪さんご自身は、作品への思い入れが非常に強いという印象を持ちました。特にキャラクターへの愛着が強く、それぞれの誕生日や名前が、単なる設定ではなく楪さんの中で作品の世界が生きているんだな、と感じることが多々あります。キャラクターが楪さんの中でしっかり息づいているからこそ、強度の高い作品を創り出せる作家さんなのだと思いました。

――作品に対してどのような改稿の提案をされたんでしょうか。

Tさん:すでに完成度が非常に高かったので、打ち合わせの中で私がご提案したのは細部を詰める作業が中心だったと思います。重いテーマであるからこそ、誤解を生みかねない表現には気を付けました。特に、作中の安楽死希望者はほとんどが主人公の眞白よりも年上で人生経験も積んでいるので、「安楽死を考えたことがある方や読者の方からみて、眞白が失礼な態度に見えないようにする」という点は楪さんと一緒に、慎重に気を配った点でもあります。誰でも入りやすく、少しでも不快に思われることのないように、ということは意識していただきました。

語りたくなるような作品の力が「バズ」を生んだ

――文芸書としては異例のヒットを記録していますね。

Tさん:ありがたいことに現在、重版11刷まできております。本当にたくさんの方にお読みいただいています。

――やはりけんごさんによる小説紹介動画の影響が大きかったのでしょうか。

Tさん:本当に大きく、けんごさんのTikTokの投稿が明確にこの作品が広がっていったきっかけになりました。
 献本の連絡を取り合っていた頃から「装幀も綺麗ですし、キャッチコピーにも惹かれました」とお返事をいただいていたので、本作を気に入ってもらえたなら嬉しいなとは思っていたものの、まさか発売後すぐのタイミングであんなにも素敵なご紹介をしていただけるとは……本当にけんごさんには感謝してもしきれないです。

@kengo_book レゾンデートルの祈り|楪一志さん 著 #本の紹介 #おすすめの本 #小説 #小説紹介 ♬ オリジナル楽曲 - けんご📚小説紹介

――動画によって、10代の方から大きな反響があったと聞いています。

Tさん:はい、10代の方々からここまで反響をいただけたことにはとても驚きました。『レゾンデートルの祈り』は特に中高生に読まれることを意識して書かれた作品ではありませんでしたし、楪さんも私も20~30代前半ぐらいの方々が主な読者層になるのかなと思っていたのですが、TikTokという媒体から始まって、TwitterやInstagramへ拡散されるなかで、想定を越えた広がりとなりました。
 また、読者の方々の反応を見ていると、読書感想文やビブリオバトルの題材としても本作を取り上げていただいているようです。そういった、読んだ感想を語りたくなるような魅力があることが、ここまで多くの方に本作が受け入れられた要因ではないかと思います。

――9月5日に発売された続編の『レゾンデートルの誓い』も、感想を語りあいたくなる作品になっていると期待してよいでしょうか。

Tさん:もちろんです!『 レゾンデートルの誓い』は『レゾンデートルの祈り』より一章あたりのボリュームが増えている分、さらに一歩踏み込んだ内容になっています。今作では『レゾンデートルの祈り』で安楽死を望んでいた女の子が、今度は自分がアシスターとなって安楽死希望者と面談を重ねていくことになります。かつて自分も安楽死を望んでいたからこそ直面する困難や、相手が自分にとって許せないような人であっても正面から向き合うことが出来るのか――といった「アシスターとして人に寄り添うことの難しさ」に焦点を当てている点も注目していただきたいポイントです。続編ではありますが、前作を読んでいなくても読みやすいように工夫しているので、ぜひ今作からでも手に取っていただきたいですね。

2022年9月5日発売

書籍化は作品に触れてもらうきっかけの一つ

――ⅡⅤ編集部では、主にウェブサイトで活動されている方にお声掛けするという方針なのでしょうか。

Tさん:いえ、特に部署の方針ではありません。私個人としては、ウェブ小説で活動されている方や新人作家さんのデビューに携わりたいなと思っているので、ウェブで作品を探す方が多いですね。ただⅡⅤの出版点数自体が多くないこともあり、たくさんの方にお声がけするというよりは、テーマをもってじっくり時間をかけて探すことにしています。

――ⅡⅤの仕事としては、出版以外はどのようなことをされているのでしょうか。

Tさん:ⅡⅤでは、一般的な編集部の、いわゆる「編集者」としての作品の企画・検討・プロモーションに加えて、ドワンゴが自社で持っているコンテンツのプロデュースや運営、契約している作家さんのエージェント業務も行っています。

――新しい時代の編集者像ですね。

Tさん:そう捉えていただけるとありがたいです(笑)。

――楪さんのほかにウェブ経由でお声がけされた方はいらっしゃいますか。

Tさん:たとえば3月に刊行した『お化けのそばづえ』というホラー小説の場合だと、Twitterで著者の後谷戸隆さんの短編小説を拝見したことがお声がけの最初のきっかけでした。『お化けのそばづえ』についてもカクヨムで試し読みを公開しています。本格オカルトホラーでありながら、とても個性的な霊能者たちや、後谷戸さんの作品特有のどこか緩みのある空気感に、終盤の怒涛の展開等、独自の魅力をたっぷり持っている作品ですので、ぜひこちらも読んでいただきたいと思います。

――最後に、ウェブで活動されている作家のみなさん、特にウェブ小説の世界で文芸作品の書籍化を目指しているような方に向けてメッセージをお願いします。

Tさん:前提として、ウェブ小説の世界だとついつい書籍化が箔として捉えられがちですが、そもそもゼロから作品を生み出して、世に出せているということ自体が決して誰にでもできることではない、本当にすごいことだと思っています。
 自分自身もまだ学ぶべきことが多い中、書籍化についてなかなか画一的なことは言えないんですが、ウェブ小説が読まれるための戦略として、カクヨムのようにジャンルが細分化されていて、自分の強みがちゃんと反映できる場所で公開していくのは良い手段なのではないかと思います。自分の強みを意識することは作品の魅力の向上にも繋がりますし、個人的には、そういった強みやこだわり、作者自身の思い入れがあらすじやキャッチコピーからにじみ出るような作品に出会うと、すごく読んでみたいなと感じます。
 併せて、ご自身の作品はもちろんですが、素晴らしい作品に出会ったらぜひ推していただきたいですね。誰かの紹介が、別の誰かの出会いのきっかけになりうるというのは、ウェブの世界ならではの醍醐味ではないかなと思います。

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