【オファーの瞬間vol.3】 『異世界ウォーキング』|人気作では〇〇を特に重視します!

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第3回で話を聞いたのは、カドカワBOOKS編集部のYさん。2021年7月から投稿が始まり、カクヨム屈指の人気作となった『異世界ウォーキング』を書籍化したYさんは、新卒でKADOKAWAに入社し、2021年3月までカクヨムの運営に携わっていました。ウェブ発の人気作を書籍化していくことを信条とするカドカワBOOKS編集部のミッション、そのなかで元カクヨム運営ならではの作品への目線とは、話を聞きました。

コンセプト明確な世界観に新キャラが出て深みが増した

――『異世界ウォーキング』2巻刊行(8月10日発売)おめでとうございます。

Yさん:ありがとうございます。編集部に異動して1年、書籍編集者としてはじめて作者さんへのお声掛けから担当したシリーズでしたので、読者の皆さんに2巻目を届けられたことがうれしいです。

――『異世界ウォーキング』はいまや押しも押されぬカクヨムの大人気作ですが、最初に見つけたタイミングはいつでしたか。

Yさん:ランキング経由で知りました。まずタイトルとキャッチコピーが素晴らしかったんです。「異世界ウォーキング」という言葉からはのんびりと異世界を旅している情景が一瞬で浮かんできましたし、「歩くだけでレベルアップ!」というキャッチコピーを一目見るだけで、主人公の持つチートスキルの独創性が伝わってきました。
 たくさんのウェブ小説から見つけてもらう上で、ひきがあってわかりやすいタイトルとキャッチコピーは大きな武器だと思いますが、どちらも兼ね備えていた作品でした。

――オファーを決めたのはいつですか。

Yさん:ランキングで上がってきたときはたしか第1部の終わりごろでしたが、第2部である「フリーレン聖王国編」がはじまってからすぐに検討を開始しました。「エレージア王国編」(第1部)を最初に読んだ時は、書籍化する上では少し話が淡々としていて、もう一味足りない印象でした。そこから第2部からの新キャラとしてヒカリという相棒キャラが出てくるのですが、そのパートの読み味がとてもよく、オファーしたいと思いました。

――書籍版では、第1部でも相棒として新キャラが登場していますね。

Yさん:お声がけするにあたって提案した部分の一つです。第2部で相棒キャラの登場により、この作品にぐっと深みが増しましたので、第1部の改稿でも相棒キャラを足していただきたいと。もし改稿が難しければ、書籍版では第1部であるエレージア王国編を収録しないという案も考えていました。幸い作者のあるくひとさんが書籍化と改稿に前向きな方でしたので、相棒キャラを追加するという流れになりました。

――深みを持たせるか、思い切って削ってしまうか。深みを持たせるのであれば、新キャラクターを登場させたほうがいいのではないか、という提案だったのですね。それに対してあるくひとさんは見事に応えてくれたんですね。

Yさん:はい、素晴らしいキャラをつくっていただきました。



――あるくひとさんはカクヨムでの投稿が初めての方だったかと思います。

Yさん:カクヨムに限らず、ウェブ小説の執筆自体『異世界ウォーキング』が初めての方でした。こちらの提案に積極的に乗ってくださる方でどんどん作品が面白くなるので編集作業がすごく楽しいです。
 そしていつも驚かされるのが、筆がすごくはやいこと。書籍版の改稿はされつつも、ウェブ版の連載は止めずにどんどん進められています。
 ほとんど休まずほぼ毎日作品を投稿され続けていることが、カクヨムでも人気を博している理由につながっているのかなと思います。

――2巻のポイントを少しお話しいただけますか。

Yさん:本作品に読者の皆さんが期待していただいているポイントが、大きく三つあると思っています。それは、異世界をあちこち歩き回って旅する観光要素、「ウォーキング」から連想されるのんびりした雰囲気、そうしてたくさん歩くことで「ウォーキング」スキルが強化され、さらに嬉しいことが起きること。
 書籍版では特に観光要素とウォーキングというスキルを活用する部分の加筆修正・改稿を頑張っていただきました。2巻では第2部にあたる「フリーレン聖王国編」が収録されますが、大筋はそのままにしつつ、終盤・クライマックスの展開がウェブ版とは大幅に変わっています。ウェブ版のファンの方にも、この機会にぜひ書籍版も読んでいただきたいと思います。

人気作以外も書籍化する機会が増えた

――Yさんが所属するカドカワBOOKSについて教えてください。

Yさん:カドカワBOOKSはウェブ発作品の隆盛にともない、2015年10月に創刊された「新文芸」レーベルです。新文芸とは、KADOKAWAがつくった言葉で、ウェブ上で発表された作品を書籍・電子書籍化して出版する小説の総称になります。実はカドカワBOOKS編集部とカクヨムはもともと同じ部署にあり(カクヨムは2016年2月29日サービス開始)、KADOKAWAとしてウェブ発の作品を積極的に書籍化していこう、という目的で作られました。
 「ウェブ発の才能がここに集う」というコンセプト通り、ウェブで人気を得た作品を書籍化するということを至上命題としています。ですが、いまは一般文芸の作品がウェブ小説の形で発表されることもありますし、ライトノベルレーベルから刊行される作品も少なくありません。社内にはいろいろな新文芸編集部がありますが、文庫レーベルにそれぞれの色があるように、新文芸編集部にもそれぞれの個性があります。
 ですので、そのままな言い方にはなってしまいますが、現在のカドカワBOOKSでは「カドカワBOOKS読者にマッチしそう」な作品を見つけることを大切にしています。

――カドカワBOOKS読者にマッチしそう、というのはどういうものでしょうか。

Yさん:たとえば「男女問わず読者の方に楽しんでもらえそうな作品」でしょうか。作品によって男性読者向け、女性読者向けを意識して刊行していますが、人気作は両者に読まれていることが多く、読者層の男女比が半々に近くなることもあります。
 加えて落ち着いた話が好まれる傾向にありますね。第4回カクヨムWeb小説コンテストの大賞受賞作である『鍛冶屋ではじめる異世界スローライフ』のようなスローライフ系の作品はもちろん根強い人気ですし、熱いバトルや逆転ざまぁよりは『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』や『レジェンド』のように無双するにしても飄々と他を圧倒する展開のものが多いですね。
 と、このような傾向の分析があるにはあるのですが、でもおもしろい作品はそういう計算を全部ふっとばしてしまうので(笑)、どれも机上の空論に過ぎないのも事実としてあります。最低限、読者にアピールできる作品の売りがあると嬉しいですが、担当がおもしろいと言ったらそれらを全部すっ飛ばして刊行されることもあります。
 結局は「おもしろい」のがすべて、と言えるでしょうか。

――基本的にはレーベル読者に喜んでもらえる、おもしろいウェブ小説を探すことが仕事だと。

Yさん:そうですね。そのために、毎日1時間は費やして主なウェブ小説サイトを巡回し、人気が上がってきた作品がないのかチェックしています。編集部内でも全員でランキングや見つけてきた書籍化できそうな作品を確認し、アタックする作品を検討する会を週1回以上開催しています。他にもカドカワBOOKS編集部では書籍化立候補を受け付けており、そこに応募いただいた作品も読ませてもらっています。

――作品を見極めるにあたり様々な指標があると思いますが、もっとも注目している点は何になりますか。

Yさん人気作において私が一番注目して見ているのは「読者の定着数」です。
 ポイントやランキングもさることながら、直近で更新のたびに読者が読みにきてくれているかというのは、現在の作品の人気をはかるうえで最も大事な要素になると思っています。
 あとは作品のレビューも大切にしています。ファンの数はもちろんのこと、その熱さに注目することが多いですね。

――創刊から今年で7年ということですが、レーベルの方針に変化はありますか。

Yさん:人気作を書籍化する基本方針は変わりないのですが、「現状そこまでウェブの人気がなくても、書籍化したら成功するだろう」という作品に、書籍化のご相談をする機会は増えてきています
 ここ十年でウェブ作品の書籍化が進んだことで、現在は中規模以上の書店さんで、新文芸作品のコーナーを見かけることも増えてきました。そこで様々なウェブ小説が並べられて商品としての結果が出たことで、ウェブ発の小説を書店で買われる方はこういう話に興味があるぞ、という読者の顔がデータとして見えてきたんです。その結果、書店で売れそうな作品に関する知見がたまってきました。

――ウェブの人気指標がそこまで高くなくても、「カドカワBOOKSの読者さんなら関心をもってくれそう」ということで、書籍化を企画できるようになったと。

Yさん:はい。たとえば『異世界ウォーキング2』と同じく8月10日に刊行される作品に、第6回カクヨムWeb小説コンテスト恋愛部門で特別賞に輝いた『璃寛皇国ひきこもり瑞兆妃伝2』があります。読者選考は通過しているのですが、☆が非常に多い作品かといえば、そうではありませんでした。けれども人気シリーズである『百花宮のお掃除係』など、中華後宮ファンタジーを多数手がけている編集部の先輩が「きっと百花宮を好きな人は好きなはず!」という確信から手掛けて、素敵なパッケージに仕上げ、重版につなげています。

――ウェブの読者と書籍の読者の違いを見極めつつ、企画を考えているということですね。

Yさん:それもあると思いますが、ウェブの読者の皆さんにもまだ知られていないおもしろい作品がウェブ上にもたくさん眠っているということでもあると思います。
 実際に『璃寛皇国ひきこもり瑞兆妃伝』はもちろんのこと、元からの人気作である『異世界ウォーキング』についても、書籍化タイミングでカクヨムトップページに掲載されたバナー経由で作品フォロワー数がぐんと伸びました。
 ランキングに載っていなくても、ウェブをメインに回遊されている読者の方、あるいは書籍をメインに読まれている方にも手に取ってもらえる作品はたくさん眠っているはずです。
 カクヨムでもその辺り意識的に取り組んでいて最近の機能改善でより読んでほしい作者さんと読みたい読者さんのマッチングは進んでいるようですし、ランキングというメインストリーム以外からも求めている作品を見つけやすくなっていくと思います。
 私としても、9月1日から始まる「楽しくお仕事 in 異世界」中編コンテストや年末年始のカクヨムコンなどを通じて、まだ見ぬ魅力的な作品に出会いたいと強く思っています。

カクヨムは「好き」が集まる場

――Yさんは元カクヨム運営ですが、編集者としてその経験が活きていると感じる部分はありますか。

Yさん:はい、おおいに役立っています。カクヨムコンの運営や受賞作のプロモーション、特集やキャンペーンなどを通じてカクヨム読者の皆さんがどういうものが好きでどういう風に活動しているかを見てきました。ですのでウェブ小説の流行には人より敏感ですし、これを本にした時にどういう人が喜んでくれるのかなということを、編集経験が長い先輩方に負けないくらい具体的にイメージできている自負があります。

――いまは他のウェブ小説サイトも並行して読まれて作品を探されていますが、特にカクヨムがいいと思う部分はありますか。

Yさん:長年かかわってきたひいき目はどうしてもあると思うのですが、ウェブ小説サイトの中でも、カクヨムは「好き」が集まる場だと思います。自主企画は盛況ですし、レビューも熱いものが多い印象です。
 カクヨムというカルチャー自体を好きでいてくれる方もたくさんいらっしゃいますよね。毎年3月に開催しているカクヨム誕生祭に併せて最初にトリのぬいぐるみをつくった(企画し発注した)のは私なんですが、変わらず人気で、トリグッズにかかわるツイッターのコメントはいまだに目にしたら思わず笑顔になります。

――ぜひカクヨムの「好き」を押し出した作品を書籍化してください!

Yさん:はい、個人的にもぜひもっと手掛けていきたいと思っています。入社後カクヨムに配属された時、カクヨムを知るために、と先輩から5冊書籍化作品をいただいたのですが、その中の一冊が『スーパーカブ』で、好きなものを真正面から書いている、スーパーカブへの愛が溢れている、他にない作品だと思いました。
 ウェブ小説の世界のもっとも素敵なところは、「好き」という気持ちを純粋に出力できることだと思います。
 あるくひとさんも、その名の通りあちこちのウォーキングの催しに参加されている方でしたし、『くまクマ熊ベアー』をはじめとして新文芸作品もよく読んでいらっしゃる方でした。愛があふれる作品を見つけて、どんどん書籍化できればと思います。

――「好き」をわかりやすく作品に落とし込む上でのポイントはありますか。

Yさん:やり方は様々あると思いますし、正解も一つではないので難しいポイントですね。
 共通して言えるのは、タイトル・キャッチコピー・あらすじをどれだけ分かりやすくまとめて、ここが作品のイチオシポイントだぞ、とアピールできることでしょうか。ここが明確だと、本文もだいぶ読みやすくなるような気がします。
 また、ウェブ小説サイト上に回遊しているメジャーな読者を対象としたいのであれば、人気ジャンルに乗っかることで間口を広げてみるのも一つの手だと思います。短い文章で多くのことを伝えられるというのは明らかな強みですが、その点、人気ジャンルならみんなが「お約束」を共有しているので、説明を短くしても伝わるという利点もあると思います。

――たとえば異世界転生の話は、昔はブラック企業に勤めていて、すごい辛い思いをしている、でも真面目な人間が交通事故に遭って、「俺死んだのか」と思うとなぜか女神が出てきて助けてくれる、というお膳立てが必要でしたが、今は一話目に女神が出てきても問題なくなっていますね。

Yさん:そうですね。そのため異世界転生は設定のひと工夫で勝負できるジャンルになっている気がします。加えて異世界という舞台そのものが、SNSのような嬉しいことも辛いことも繋がっていく世界ではなく、本という閉じた世界で現実からちょっと距離を置きたい時にも優れた要素になるのではないかなと個人的には考えています。
 もっとも、異世界転生じゃないからチャンスがないなんてことは全くありません。むしろチャンス自体は無限にあると思います。
 これも個人的な感覚ですが、「ウェブは無限大のチャンスが猛スピードで走り過ぎていく世界」だと思っているので、それが通過するコンマ数秒を捕らえるために、何ができるだろうと考えることが大事じゃないかと思います。

――たとえば「目に入りやすいタイトルを付ける」「人が多いジャンルに置く」「更新頻度を増やす」「ファンとのコミュニケーションを増やす」などでしょうか。自分にあった形でチャンスを増やす方法があると。

Yさん:はい、チャンスの増やし方は個人の得意分野はもちろん、書きたい内容によっても様々あると思うので、 挙げてくださった定石とされるやり方以外でも最終的に多くの読者に「おもしろい」と言ってもらえたらそれがベストですね。そのためにはやはり挑戦は大事だと思います。たとえば現状のウェブ小説界隈では流行っていないけどほかの場所でこんなのが人気だったからやってみた、などでしょうか。軽いノリでもいいと思います。好きなものを書くぞという気持ちは持ちつつ、形にとらわれず、ただ分かりやすく伝えるということには留意しながら、どんどん挑戦していただけるとうれしいですね。

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