【オファーの瞬間vol.9】『前略、山暮らしを始めました。』| 決め手になった圧倒的〇〇〇!

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第9回に登場いただくのは3月10日に2巻が発売された『前略、山暮らしを始めました。』を担当した、カドカワBOOKS編集部のYさん。重版もかかって好調な本作は、必ずしもレーベルにマッチしたわけではない作品だったといいます。カクヨムやカドカワBOOKSの立ち上げにもかかわり、『横浜駅SF』なども手掛けたYさんに、書籍化の決め手について話を聞きました。

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レーベルカラーの壁を超えるオリジナリティ

――『前略、山暮らしを始めました。』重版および2巻発売おめでとうございます。これはもともと社内のHさんが推薦された作品だったと聞きました。

Yさん:はい、現役の編集者ではないのですが、社内でカクヨム作品を非常にたくさん読まれているHさんという方がいて、読んで刺さった作品を社内SNSでフランクな形で紹介されているんですね。今回はその方の紹介文を読んで興味を持って読んでみて、ぜひオファーをしたいと思いました。

Hさんが投稿した紹介文
<若い男性が山を買ってニワトリ(っぽい何か×3匹)とスローライフする作品です。お隣の山に住む訳あり男性との友情あり、同じくお隣の山に住む訳あり女性との友情(?)ありで、おもしろいです。>

――読まれて、オファーを出した理由を教えてください。

Yさん:まず作品としてばっちり私の好みで、とってもニワトリがかわいくて癒されました。作品としてこれは書籍化したい!と。
 ただ商品としてオファーできるかは少し考えました。カドカワBOOKSでは最近の刊行ラインナップの大部分が異世界ファンタジー作品です。そのなかで現代日本を舞台にした、リアルな要素もある現代ファンタジー作品が受け入れられるのかどうかは不安もありました。また日常系のほっこりストーリーでもあるため、スカッとしたりハラハラドキドキしたりといった作品に比べて、書籍としてお金を出して買ってくれる方がどこまでいるのか、といったことも頭をよぎりました。
 とはいえ、ウェブ小説としてはスローライフものは非常に人気がありますし、世の中に読んでいて癒される作品を好む方は多いため、カドカワBOOKSのレーベルのファン以外にも興味を持っていただけるだろうと挑戦した形です。
 何より作品が持つオリジナリティ、個性は商品としても売りとして押し出すことができ、パッケージングでは明確に差別化できるなと思いました。

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――そうした作品の独自性が端的に現れているのが、これらのインパクトあるカバーだったと。

Yさん:ベンチマークにした作品が社内で出て人気のある『世界の終わりに柴犬と』というマンガです。こちらにならって人間よりニワトリを大きく描いていただく、そこだけは最初から決めていました。イラストレーターのしの先生には本当に感謝していまして、「ほとんどニワトリばかり描いていただきますが、大丈夫でしょうか」というあまり例のないお願いをしたにもかかわらず、見事に描いてくださいました。2巻ではより躍動しているニワトリたちのイラストを楽しんでもらえると思います。

――とはいえ、こうしたカバーは冒険だったのではないでしょうか。

Yさん:いえ、特に会議などでも異論は出ませんでした。私が自分なりにこの方向性で挑戦することに迷いがなかったので、それを応援してもらった形です。結果関心を持っていただいた方も多くありがたかったです。

毎週編集部にファンレターが届く

――作者の浅葱さんはどのような方でしたか。

Yさん:本当に読者の方を大切に思われている方ですね。びっくりするほどマメに読者さんとやりとりされています。そのこともあってか、1巻を発売してから3ヵ月近くたちますが、ファンレターが毎週届いているんです。SNSを通じた交流を大切にされているからこそ、リアルなところで声を届けたい、応援したい、という方がたくさんいらっしゃるのかなと思います。

――交流というと、読者の声をもとにお話をつくっていく、ということでしょうか。

Yさん:いえ、交流は創作と切り離した形で目いっぱい楽しみながら、創作は自分が思うベストなものを追求している印象です。
 かといって読者をおもんぱかっている部分は作品づくりにも表れています。たとえば本作品は山での生活をリアルに描いているのですが、注意書きをたくさん入れるんですね。人が気軽に真似しないように、というところに気を使っていらっしゃいます。

――自分の書くべき作品はこうである、というのはしっかり持たれている方だと。

Yさん:そうですね、ご自身で「自分の作品の良さはここにある」ということをしっかり認識されていて、そのうえで、いい意見は積極的に取り入れていこうという方です。
 たとえば、お打ち合わせをはじめて間もないころに「ドラム缶風呂をやってみるとか、ハンモックで寝てみるとか、いわゆる『やってみた系動画』にありそうなことを書き下ろしで入れることは可能ですか」とご提案したことがありました。「佐野君(主人公)は疲れ切って山暮らしをしていることもありますし、あまり自分から積極的にそういうことをやってみようという性格ではないので、そういうイベントは不自然になってしまいそうですね」、とおっしゃられてから、「書籍版を買っていただいた方に楽しんでいただけるというのは大事なので、お花見とか、設定からずれない範囲でできるかぎりたくさん書き下ろしを入れます!」とお返事をいただきました。
 「こうしたらいかがでしょうか」というご提案に、「その方向性であればさらにこうしたらどうでしょう」というような逆提案をいただける方で、そうしたやり取りを重ねるなかで作品のよさが倍増したように思います。編集者としては、気楽に何でも相談できるやりやすさがありました。

――ウェブ版と書籍版では大きな改稿が行われることもありますが、本作品では、ウェブ版の良さをより引き出すことに集中されたということでしょうか。

Yさん:はい、素材のよさを出し、アピールすることだけを考えました。
 カドカワBOOKSというレーベルを飲食店にたとえると、普段お店で出している料理とは少し違って、常連のお客さんが好きかは少し自信がない。けれども料理としてすでに美味しいので、少しだけボリュームを増やしたり盛り付けをというイメージです。とにかく世の中にいるこの作品が好きな人がちゃんと気付いてくれるように、ということを心がけました。

――発売前から注目を集めていた印象ですが、発売後には浅葱さんのお兄さんの宣伝で、一般の方にも話題が広がりましたね。

Yさん:浅葱先生からは「家族も微力ながら宣伝協力してくれると言っていました」、とはうかがっていたのですが、びっくりしました。普段ウェブ小説を読まない方々にも作品が広がって、「面白い!」という感想がいただけたことは、編集者としても嬉しいですが、本好きとしても嬉しいことですね。

大喜利的な面白さよりも好きからにじみ出る個性

――Yさんは編集未経験でKADOKAWAに転職されてきたと聞きました。

Yさん:はい、新卒から3年ほどは、SEをやっていました。

――ブラック企業で疲れて転生先を求めて、でしょうか。

Yさん:いえいえ、すっごくホワイトな会社にいました(笑)。ただ作品作りに憧れがあったので、旧富士見書房を受けて入った形です。「小説家になろう」で大人気だった『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』の書籍版が出るタイミングだったと記憶しています。そこからはウェブ発小説の部署にずっといます。
 『デスマーチ』は、当時富士見書房ノベルスというレーベルから出たものだったのですが、発売後すぐに初版部数以上の重版がかかったことを覚えています。そこで『デスマーチ』を看板にウェブ発小説をたくさんやっていく専門のレーベルをつくろうということでカドカワBOOKSが生まれ、その派生でウェブ小説サイトを自社でもとう、カクヨムをつくろうという流れになりました。
 『デスマーチ』は3月よりカクヨム連載も開始していただいているので、ぜひ未読の方は読んでいただきたいです。『デスマーチ』に出てくるキャラクターたちもとってもかわいくて、癒されるんですよね。

kakuyomu.jp

――カクヨムが順調にここまで成長できているのも、初期にYさんが担当し、カドカワBOOKSから出た『横浜駅SF』のヒットがあったからこそだと思います。いわゆる新文芸ジャンルの作品としては少し毛色が違う作品だったと思うのですが、出版に抵抗はなかったのでしょうか。

Yさん:発想に独自性がありましたし、文章としても読ませる圧倒的にすごい作品だと思ったので、ぜひ手を挙げたいと思いました。コンテスト応募作品だったので、どちらかといえばうちの編集部を選んでほしい、という気持ちが強かったと思います。当時はそこまで異世界ファンタジー色の強いレーベルではなかったということもありますが、今でも企画が通る独自性のある作品であるのは間違いありません。

――現在のカドカワBOOKSでは、かなり数字を重視するというようにうかがいました(参考)

Yさん:そこは一概にはいえず、人によるというところでしょうか。私自身はランキングはあまり見ず、中華、モフモフ、グルメ、聖女など検索キーワードで探したり、好きな作家さんがブックマーク・フォローしている作品を読むことが多いですね。昨年実施した「戦うイケメン」コンや「楽しくお仕事 in 異世界」コンではウェブのスコアとしては少ない作品が受賞をしていますし、現在募集中の「賢いヒロイン」コンでも、作品の中身ありきで選考を行います。
 とはいえ、もちろんランキング上位に期待作がある可能性も高いので、カドカワBOOKS全体ではデータ班というか、若い編集者たちが様々な小説サイトのランキングをチェックして日々読み合わせを行っています。そのなかで、私の手掛けてきた作品、得意ジャンルに近いものがあったら、彼らが「Yさん、興味ありませんか?」と推してくれるので助かっています。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/k/kadokawa-toko/20230210/20230210111534.jpg 「賢いヒロイン」中編コンテスト開催中です!

――検索キーワードで中華という話がありました。Yさんといえば、ここ数年は『百花宮のお掃除係』『璃寛皇国ひきこもり瑞兆妃伝』といった中華後宮ファンタジーでヒット作を手掛けられています。

Yさん:実は中華に関しては、私が編集者として「できるようになったジャンル」です。カドカワBOOKSとして、既存の西洋風異世界ファンタジーから踏み出したジャンルにチャレンジしていきたいと考えた時に、女性向けの文庫レーベルでは大人気だった中華ファンタジーが目に留まりました。元々はよく読むジャンルではなかったので、人気な要素を分析して、どんな要素を持つ中華ファンタジーだったら既存のレーベルファンに受け入れてもらえるかを考えました。今は自信を持って、カドカワBOOKSのファンに喜んでもらえる中華ファンタジーかどうかが判断できるようになってきた形です。

――読まれる中で面白いと思っても、書籍化の踏ん切りがつかない作品は何か違うのでしょうか。

Yさん:むずかしい質問なのですが、通勤途中で毎日読む上では楽しい作品であるけれども、本屋さんに並べられた時に手に取ってもらえる個性など、商品として市場で勝てるビジョンがもてない作品はあって、そうするとどうしてもおよび腰になります。編集者が企画会議で売りを明確に語れない作品は、市場に出すタイミングでもうまくアピールできないことが多いと思います。外側だけアピールしやすく尖らせても、中身が面白くなくては続刊を読んでもらえないので、バランスが難しいですけどね。

――レーベルの売れ筋から外れた作品に目をつけてもらう上では、明確な個性があるといいということでしょうか。

Yさん:といっても、レーベルの色に合わせにいったり、無理に個性を出そうとするのは、うまくいかないことも多いと思いますし、楽しんで書いていただくのが一番だと思います。
 個性と言っても大喜利的な面白さよりは、作者の「好き」が滲み出るようなものの方に惹かれますね。
 たとえば生産ばかりやっているけど、その生産技術がとってもマニアックというような作品は魅力的ですから。そういう推しどころがわかれば、我々も「こいつが作ったものに全人類酔いしれる」みたいな、変なキャッチをつくりやすくなりますし(本当に雑なキャッチの例ですみません!)。
 なので「編集者の目に留まりたい」ということはあまり気にせずに書いてみてほしいです。どちらかと言うと、自分の小説を読む人の顔を想像して、どういう人にどういうところを楽しんでもらいたいのかを意識していただくほうがいいのかな、と思います。それがあまりに緩急がないけど泣けるくらいほっこりするものでも大丈夫です。変態的に尖っていたとしても大丈夫です。たくさんの人に届くように売り出し方を考えたり作品の角を丸めたりするのが編集の仕事ですから。作品に惚れた編集がいたら、どんな手を使ってでも書籍にするはずです。