【オファーの瞬間】『めんとりさま Faceless Summer』|カクヨム甲子園からはじめての書籍化

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。今回話を聞いたのは、8月25日にメディアワークス文庫から発売される『めんとりさま Faceless Summer』を担当した、電撃メディアワークス編集部のYさん。カクヨム甲子園2018にて奨励賞を受賞した作品「めんとりさまー」が書籍化されたもので、カクヨム甲子園からはじめての書籍化作品となりました。どのような経緯で作品を読んだのか、長編化するうえでのポイントとは。同じくメディアワークス文庫を編集するSさんにもご協力をいただきつつ、話を聞きました。

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「作家になる才能を持っている」と感じさせる文章

――Yさんが「めんとりさま」を読まれたきっかけを教えてください。

Yさん:私は2019年4月に新卒でKADOKAWAに入社したのですが、入社前に内定者のアルバイトという形でカクヨムのお手伝いをさせていただいていました。その時にカクヨム甲子園2018の応募作品を読む機会があり、「めんとりさまー」もそのうちのひとつでした。その後、電撃メディアワークス文庫編集部に所属して編集の仕事をするようになり、2022年の春にお声掛けをして今回の刊行となりました。

――2022年に打診されるまで、ずっと気にされていた作品だったということでしょうか。

Yさん:ずっと心にひっかかっていた作品であり、作家さんでした。ただ元々が2万字(※カクヨム甲子園ロングストーリー部門の応募要件は6000字以上、20000字以下)の作品ですので、メディアワークス文庫から刊行するうえでは長編に改稿する必要があります。大改稿になってしまうので、作家さんにどう受け止められるかも検討がつかず、いつかお声掛けしたいなと思うにとどまっていました。お声がけに至った直接のきっかけは、カムリさんがカクヨムで別の長編作品を執筆されているのを拝見したことです。受賞後も継続的にご執筆されていることを知り、長編化も前向きにご検討いただけるかもと思い、ご連絡しました。

――書き続けることがアピールの一つになるということですね。

Yさん:カムリさんに関しては他の作品を拝見しても、楽しんで書かれていることがよくわかります。書き続けることが苦にならない方なのだとわかったことは、お声がけするにあたってかなり背中を押してくれました。

――『めんとりさま』へのオファーの決め手はどこにありましたか?

Yさん:一番はカムリさんの筆致です。些細な点にいたるまで描写が本当に巧みなので、不思議な話ですが、現実よりもリアルな印象を持ちました。たとえば『めんとりさま』は静岡の田舎が舞台になっていますが、私はその場所をまったく知らないはずなのに、どこか懐かしい場所のように感じさせられます。「田舎の祖母の家ですごす夏休み」のイデアみたいな、大きなものを捉えることができる方なんだろうと思います。

――甲子園応募作の中でも文章力が抜けていたということでしょうか?

Yさん:当時の応募作品すべてを拝読したわけではないのですが、2万字だったら2万字の中で起承転結をしっかりと作ることができている物語も多く、面白いと感じる作品は少なからずありました。ただ、その中でもカムリさんはすごく「引っかかる文章」を書く方だと感じました。この作品の如何に関わらず、いつか作家になる方のような気がしたというか……。当時は編集部に配属されることも決まっていませんでしたし、この作品の担当をしたいという感覚はなかったのですが、とにかくカムリさんと会ってお話してみたいと思ったのを覚えています。

――カムリさんに会ってみて、最初はどのようなお話をされたのでしょうか。

Yさん:懸念だった書籍化にあたっての改稿については、メールでのやりとりで既に、「めんとりさまー」はカムリさんにとっても特別な作品の一つであり、改稿も是非前向きに検討できれば、とお返事をいただいていました。なので最初のおうちあわせではすぐに、具体的にどうやって改稿を進めていくかというお話をしたと思います。短編作品にストーリーラインとして足りない要素があるとは思わなかったので、こちらから大きなご提案はしませんでした。ただ、2万字の制限に収まりきらない広がりがありそうだと感じていたので、まずは当時、書きたかったのに書ききれなかった部分は無いか、うかがうところから始めました。

――書籍化された『めんとりさま』は民俗ホラーの要素が強まっていますが、これはカムリさんのアイデアでしょうか。

Yさん:短編作品では姉と弟の関係性というパーソナルな話の比重が大きく、それが魅力的でもあったのですが、長編化にあたっては「めんとりさま」という怪奇をもう少しつくりこむ必要があると思い、そういうお話はしていました。カムリさんからは伝承の作りこみを前提にオムニバス形式・短編連作形式など様々アイデアをいただいたのですが、ご相談するなかでやはり魅力的なストーリーラインはそのまま残し、地元の伝承と絡めて民俗ホラー要素を強化するという方針に落ち着きました。その後、カムリさんが一から改稿された10万字前後の原稿が早速、これだ!という内容になっていましたので、そこからは細かな部分を検討して詰めていく作業でした。

光る個性を大切にするメディアワークス文庫

――Yさんの現在までのキャリアを教えてください。

Yさん:2019年に新卒で入社し、1年目から電撃メディアワークス編集部に配属されて、今年で5年目になります。 数としては電撃文庫作品を担当することが多いのですが、メディワークス文庫や電撃の新文芸の企画を出すこともあります。

――レーベルの読者マーケットを意識するよりは、作家さんや作品主導で良い形を探っているような形でしょうか。

Yさん:読者層は意識せざるを得ないのですが、レーベル選びについては作家さん・作品を中心に考えます。電撃メディアワークス編集部の部員は、電撃文庫・電撃の新文芸・メディアワークス文庫という3つのレーベル横断で本をつくっているので、担当している作家さんが書きたいものはどこで良さを発揮できるか、作品ごとに検討しています。

――現在のメディアワークス文庫について教えていただけますか。

Sさん:こちらについてはメディアワークス文庫を主に編集している私からご説明させてください。メディアワークス文庫は電撃文庫を長年愛読された方や一般文芸読者に向けて創刊され、来年15周年になる文芸レーベルです。『ビブリア古書堂の事件手帖』『神様の御用人』のようなキャラクター文芸と呼ばれるジャンルから、『今夜、世界からこの恋が消えても』などの若い子たちの支持を集める青春小説系など幅広いジャンルを展開しています。読者が楽しめるというのはもちろんですが、光る個性や新しさのある作品を輩出しているレーベルです。

――Sさんはカクヨムコン6の大賞受賞作である『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』を担当されていますよね。話題の作品で、カクヨムで読まれる方もすごく増えています。

Sさん:ありがとうございます。メディアワークス文庫では2021年頃からWeb発作品の書籍化が増えていまして、ほかにも、『黒狼王と白銀の贄姫』といったカクヨムコンの受賞作、魔法のiらんど大賞の受賞作である『薬師と魔王』など、「Web発溺愛ロマンス系」が盛り上がっています。今までレーベル内にはなかった新しいジャンルですが、違うジャンルでもそれぞれの読者が獲得できることがメディアワークス文庫の強みだと感じています。

メディアワークス文庫で人気のWeb発溺愛ロマンス作品

――Yさんへのご質問となりますが、改めて『めんとりさま』の個性や新しさはどのような点だと思いますか。

Yさん:ほんとにただただ面白い作品なのですが、個性という点ではやはり文章だろうと思います。作品に吸い込まれるような、読んだ人の心にざらっとこびりつく独特の質感がある文章にぜひ触れていただきたいです。
物語の面白さについては最後まで読まないとわからない部分も当然あるのですが、試し読みで数ページ読んでいただくだけでも、この作品を好きになってくださる方は、素敵な読書体験の予感がすると思います。

――装丁にもどこか怪しげな魅力がありますね。

Yさん:先ほど言ったような「ざらっとこびりつく」ような、脳や心にやすりがかけられるような感覚を、パッケージでも意識しました。コタチユウさんが手掛けてくださったカバーイラストは青春っぽいさわやかな雰囲気の中に、不穏さが見え隠れしていて最高です。

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Sさん:YさんはTVアニメ化が決まっている『ユア・フォルマ』、重版が続いている『竜殺しのブリュンヒルド』など話題作をたくさん担当されています。いずれの作品もYさんならではの感性で編集・プロデュースをされていて、今回の『めんとりさま』もYさんらしい作品だと感じました。

Yさん:ありがとうございます……。自分の感性に特別なものがあるとは思わないですが、好んできた海外文学や純文学の読書体験から得たものは、編集に少し影響しているかもしれません。カムリさんもスティーブン・キングなど、海外作家ふくめ広いジャンルの読書をされる方です。ひと夏の冒険の中で明らかにされる怪異、紐解かれる鍵をかけていた過去、というストーリーラインはジュブナイル小説の王道でもあり、そういう文脈でも手に取っていただけると嬉しいです。

――カクヨム甲子園に参加している高校生へ応援のメッセージをお願いいたします。

Yさん:書籍化を前提とした10万字の賞だけだとハードルが高く感じてしまう人も多いと思うので、文字数を限定した高校生のためのコンテストは、「書いてみたい」人にとって素敵な機会だと思います。1万字や2万字の作品も、初めて執筆される方にとっては大変な挑戦です。カクヨム甲子園でも注目作はカクヨムの方からご案内があって編集者が読むこともあるそうなので、ぜひ自信作を投稿してください。

――最後に、Web小説の世界で書籍化を目指す方へ一言お願いいたします。

Yさん:私自身はWeb発の書籍化を手掛けるのは本作がはじめてで、普段からWeb小説サイトをチェックしているわけではないのですが、Web発をメインにしている電撃の新文芸はもちろんのこと、電撃文庫やメディアワークス文庫でもWeb発作品は増えています。
商業作家となった方々にお話をうかがうと、大事なのは「書き続けること」だとみなさんおっしゃいます。ぜひ書くことを楽しんで、書き続けてください!

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