【オファーの瞬間vol.4】『走る凶気が私を殺りにくる』|「小説」だから活きる表現とは

カクヨム作家の皆様に贈る、編集者・プロデューサーへのインタビュー企画「オファーの瞬間」。第4回で話を聞いたのはメディアワークス文庫編集部のDさん。『走る凶気が私を殺りにくる』へのオファーは「冒頭の数話を読んで決めた」というDさんの頭の中には、タッチの差で獲得が叶わなかった同著者の前作『屍介護』のことがありました。キャラクター文芸のパイオニアレーベルであるメディアワークス文庫の編集者としての視点、また長年マンガ編集者だったからこその小説への想いとは。話を聞きました。

連載開始直後にオファー

――元々は『屍介護』にも手をあげていらっしゃいましたね。

Dさん:はい、今回の企画は、作者の三浦晴海さんがカクヨムで最初に書かれた『屍介護』を書籍化したいというところから始まっています。もともとホラー作品が好きで『屍介護』がカクヨムのホラージャンルのランキングであがっていたので軽い気持ちで読み始めたのですが、一度読み始めたら止まらずその当時上がっていた連載分を一気読みしてしまいました。そこからは正直仕事に関係なく、ただの一ファンとして毎日の更新を楽しみにしていました。

――『屍介護』にオファーを出されたのはいつですか。

Dさん:作品に出会った後、すぐにでもオファーを出したかったのですが、三浦さんがこの話をどう着地させるのかを見たくて完結まで待ちました。最終話を読み、なるほどこういうふうに物語を締めくくったのかと感服し、作品が完結した日の夜、やや興奮気味にオファーメールを書いたのを覚えています。

――ただ『屍介護』はメディアワークス文庫から出ませんでした。

Dさん:残念ながら他の編集部がすでにオファーをかけており、話が進んでいたので成就しませんでした。『屍介護』を手掛けられなかったのは残念でしたが、三浦さんにご連絡をさせていただく機会をいただきました。そこで、もし次回作をカクヨムで掲載される予定があり、かつ内容が良ければの前提で、その時また書籍化を相談させていただきたい、ということはお伝えしました。

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――『走る凶気~』にオファーをされたのはいつですか。

Dさん:冒頭数話を読んですぐに編集長の確認をとり、オファーをさせていただきました。4月半ばに連載が始まり、ゴールデンウィーク前にはご連絡を差し上げていたかと思います。

――書籍化するにあたり、特に「これはいける」と思った瞬間はありますか。

Dさん:まずは冒頭の掴みですね。この作品は、怪しい人物が何かを山中に埋めているような不穏なシーンから始まり(第1話)、第2話でクラクションの音の描写をきっかけに、主人公が介護車を運転しているシチュエーションに読み手を一気に入り込ませます。そこが非常に上手いと感じました。人間の聴覚という感覚的な部分に訴えかけてお話に誘っているんですね。

 また第9話では、主人公の千晶が運転する車と、千晶の身体性を一致させるような描写があります。本来、車という無機質な物体が追われているはずが、その一致によって主人公・千晶が追われているような感覚が生まれ、それを読者が追体験できるようにしているんですね。そこが非常に巧みだなと。

――『屍介護』のストーリーラインを評価されていたという前提があって、新連載でも確かな筆力を確信されたため、当時連載が始まったばかりだったにもかかわらず前のめりにオファーをかけられたんですね。

Dさん:はい、自信をもってオファーしました。社内の会議に出すために、この後どうお話が進むのかプロットで確認させていただいたのですが、それが緻密に組み立てられており、それだけで一冊分の本を読んだ気になるような感じの濃さでした。たとえば主人公が煽り運転の車から逃げる逃走経路は、Googleマップを使ってご自分で作成されていたり、主要登場人物の経歴も十年単位で書き込まれていました。おそらく三浦さんの性分として、そうした設定を詰めるのがお好きなんだろうなと思いました。



――『走る凶気~』の書籍化にあたり内容について提案されたことはどのようなことでしょうか。

Dさん:本作は千晶が午前中に煽り運転に遭遇し、その夜に結末を迎えます。このような構成ですと、どうしても煽り運転から逃げる車の中の描写が中心になります。そうすると、一人語りではどうしてもサスペンスやホラー感が担保できないんじゃないかと思いました。そこで、読み手の中の不安や恐怖を増幅させるために「ある仕掛け」をほどこすことを提案させていただきました。

――作家さんには書籍化には興味あっても「編集者になにを言われるかわからない」「変えられるのが怖い」という方もいるかと思います。

Dさん:そうですね、作家さんは新人であろうとベテランであろうと、ご自身の言語表現の力を尽くしその作品に対する責任を負って世に出しているわけですから、そう思われる方がいるのは当然かと思います。ですので改稿のお願いする際には、こちらも覚悟を持ってやらないと納得してもらえないと思います。 改稿の内容によっては、これまで作品が好きだと言ってくださっていたファンが離れる可能性もあるわけですから。こちらとしては、作者さんに本気の提案であることをご理解いただけるよう、誠心誠意、ご相談します。

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ウェブ発に注目したきっかけはカクヨムコン

――メディアワークス文庫は最近カクヨム発の作品を多く手掛けられている印象があります。

Dさん:仰る通りで、いまメディアワークス文庫編集部では、レーベルオリジナル作品に加えてウェブ発の作品にも力を入れています。カクヨムWeb小説コンテストには、第6回から参加しているのですが、恋愛部門の大賞受賞作である『拝啓見知らぬ旦那様、離婚していただきます』や特別賞の『黒狼王と白銀の贄姫 辺境の地で最愛を得る』が人気で版を重ねていますね。

――作品を探す上で気をつけていることはありますか。

Dさん:☆やランキングはもちろん意識はしますが、メディアワークス文庫の読者に楽しんでもらえそうな作品や、作家さんに将来性を感じればお声をかけさせていただくこともあります。

――具体的にはどのような点を意識して手をあげますか?

Dさん:メディアワークス文庫は電撃文庫を長年愛読された方に向けた一般文芸レーベルとして創刊され、メディアワークス文庫を代表するシリーズ『ビブリア古書堂の事件手帖』『神様の御用人』もそうですが、女性読者に多く支持いただいてきたレーベルです。ですので、大人の女性に合うかどうかをまず重視します。一方でそういったメインの読者層以外にも興味を持っていただきたいので、プラスアルファのある作品かどうかも意識しています。

――すでにウェブから発掘してこれは大注目を浴びるぞ、という作品も準備されているのでしょうか。

Dさん:まだ具体的なタイトルは紹介できないのですが、期待作はいくつか準備しています。まだそれほど数字的な実績がなかったり、書籍化の際にタイトルは再考の余地がありそうですが、あらすじを読んでみるとおもしろそうで実際に筆力もある作品があります。そういった作品は、タイトルを変えたり、ロマンス要素を強化したり、男性キャラをチューニングして書籍化を検討しています。

――投稿して日が経っている作品も読むなかで、実はいけるんじゃないか、という場合もあるということですか。

Dさん:はい、実際オファーした作品には、完結してから1年以上経っているものもあります。ですので、投稿当時にあまり読まれなかったな、と思う作品であっても、ぜひ非公開にはしないでほしいですね。掲載し続けることで、いつか誰かが出会うかもしれないですから。

小説というメディアが向いていること

――Dさんは長らくマンガの部署にいたそうですね。

Dさん:10年ほどマンガの編集者をやっていました。メディアワークス文庫に来てからは2年目です。

――マンガ編集の経験が小説編集に活きている部分はありますか。

Dさん:マンガは他の媒体と比べてもエンタメ要素が強いものだと思っています。もちろん文学的だったり芸術性に特化した作品もありますが、読者を楽しませることに先人たちが長年注力してきて、その手法が確立されている世界です。例えば、マンガは冒頭の数ページの掴みさえよければ、その後の展開で台詞の量が多かったり、多少作画に粗があっても、読者は好感度を抱きながら読み進めてくれることがあります。そうした冒頭の掴みは、小説の世界でも読者を物語に誘う仕掛けとして機能すると考えています。
 あと、個人的なこだわりになりますが、マンガ編集をやっていたからこそ、小説という媒体だからこその「小説ファースト」な作品を手掛けたい気持ちがあります。

――「小説ファースト」、具体的に教えてください。

Dさん:活字に向いていて、活字でやる意義がある話、ということでしょうか。たとえば個人的には、いわゆるグルメを題材にしたものは小説よりもマンガや映像で人気を博しているように思えます。料理自体を活字で表現し、美味しいと思ってもらえるのは相当技量が必要ですし、手っ取り早く画や音で表現したほうが早いと思います。
 誤解がないように申し上げると、映像的な、絵や画が浮かびやすい小説はもちろんそれはそれで素晴らしいんです。作品としていろんなメディアに可能性が開かれているのは商業化のチャンスが広がるということですから。ただし、それがシナリオ的なものであれば、小説として出版しなくても、ドラマやマンガにしたほうがいいのかなと思います。
 ですので、あくまで個人的なこだわりとしては、まず小説であるからこその力が発揮される作品を世に出したいという思いがあります。

――でも『走る凶気~』はドライブもので、動きとか移動が伴う作品になりますよね。

Dさん:そういう意味では矛盾されるように聞こえるかもしれませんね。ですが、運転というのは意外と自分と向き合っている時間が長いんです。家族や友人を乗せて走る場合は話し相手もいますが、一人で運転していると、いろんな思考や感情が頭に浮かんでは消えていきます。その状態で、もし煽り運転や敵意を向けられたとしたら――きっと恐怖心や不気味さ、不安な感情に駆り立てられると思うんです。そういう思考や感情の動き自体は、かなり小説で描くのに適していると思いました。
 ドライブの疾走感を中心に描くのであればたしかに映像ファーストな作品になります。けれども三浦さんの『走る凶気~』は、あえて主人公・千晶の心に沸き起こる不安や恐怖にフォーカスして見事に小説ファーストの作品になったという感じでしょうか。
 グルメジャンルの話題を出しましたが、料理のシズル感、ご飯自体の魅力や表現するのであれば映像・マンガ向けですが、料理を作る過程の機微や、料理を食べているときに一人で思いを馳せる様子、一緒に食べている人たちとのほっこりした関係性を描いたりするのであれば、小説ファーストになると思います。

――つまり、小説というメディアで発表する上では、ぜひ内面を描いていてほしいと。

Dさん:はい、小説はキャラの心情を読者に最も伝えやすいメディアですから。今後もそうした作品に出会っていきたいと思っています。

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