第9話
新たに来た車はヘッドライトが消えるとともにエンジンが停止し、運転席のドアが開く。
金時計の足は遠くに見える釣り人のほうを向き、それから近くの海のほうを向く。
金時計は地面に倒れるゴミ袋を
金時計はその頭をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
ごんっと男の頭がコンクリートの壁面に激突して、そのまま地面に
やがて男がぴくりとも動かなくなると、金時計は
遠くの釣り人は海のほうを向いたまま振り返ることなく、ゆっくりと背後の坂を上がる車にすら気づいていない。
たとえ気づいたとしても、もう手遅れだった。
七
【8月20日 午後4時43分 県道一号 奈良生駒線】
ぞっと、背中の
最初に頭を
紀豊園で会わなかった矢田部を思い出した感覚。
光景はまるで違うが、同じような
後ろを
また来たの?
千晶は口の中でつぶやく。既視感は数十分前、紀豊園を訪れて龍崎を車に乗せる前まで
見えない圧力を背中に感じながら、千晶は一定の速度で走行を続ける。車を運転していると、自分の体が拡大したように
そして後方のリアウィンドウは運転席のシートを超えて背中と一体になる。すると後続車はまさに数センチほどの背後に迫っているかのように感じられた。時速50キロで他人がぴったりと付いてくる状況は、気持ち悪さを超えて恐怖を
何こいつ、何考えてんの?
千晶は息を吐いて気持ちを落ち着かせると、右足首を曲げてアクセルから爪先を浮かせる。これ以上速度を上げることはない。法定速度を守っている上に二車線の左側を走行していた。早く行きたいなら右車線から追い越せばいい。道もほどほどに
黒い車は、それでも後ろから離れようとはしなかった。
「来るな……」
ふと、左から声が聞こえる。龍崎がじっと正面を見
「やめろ……邪魔をするな。今はそれどころじゃない。どこかへ行ってしまえ……」
龍崎の声は次第に大きくなって車内に響き渡る。一瞬、不気味な後続車に対して訴えているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。龍崎の目はダッシュボードのマスコットをずっと
「龍崎さん? どうしましたか?」
「龍崎……そう、僕は龍崎善三、80歳。住まいは……今は老人ホームの紀豊園で暮らしている。紀豊園の、2階の、205号室。4号室はない。4号室は、死に
「龍崎さん!」
千晶はやや声を大きくして呼びかける。龍崎はわずかに肩を震わすと話を止めて
「龍崎さん、分かりますか?」
「あ、ああ、はい……」
龍崎は首を動かして状況を確認している。まるで寝起きか、初めて訪れた場所でとるような態度だった。
「ここは……どこだっけ?」
「ここは車の中ですね。龍崎さんは車に乗って私とお墓参りに行くところです」
「墓参り……そう、そうだ。僕は墓参りに行くんだったね。うん、千晶さんだ。分かっているよ」
「お疲れですか? ちょっと
「ううん、平気だ。もう収まったよ。停まらなくていいよ」
「はーい、じゃあこのまま行きますね。しんどくなったら言ってくださいね」
千晶は
「千晶さん。僕ね……今、勝手に何か
「そうですね。何かつぶやいておられましたけど、よく聞こえませんでした」
「そう……それならいいんだ。心配させてごめんね」
龍崎はほっと
そう思った矢先、ルームミラーがいきなり
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