第8話
「龍崎さん、ちゃんとシートに座って前を向いていてください。こっちを見ていると危ないですからね」
「千晶さん」
「はい、なんですか?」
「何か、僕にできることはないかな?」
「え? ああ……いえ、大丈夫ですよ」
「遠慮はいらないよ。こんなに良くしてもらっているんだ。僕は何でも協力するよ」
「何もいりません。ありがとうございます」
千晶は左の
夫の話によると、龍崎は元々鉄道会社に勤務していたという。JRなのか他の私鉄なのか、運転士だったのか事務や設備関係だったのかは知らないが、定年退職まで勤め上げたようだ。その後はシルバー人材派遣会社に登録して地域の軽作業を
若かりしころの容姿は想像できないが、歩んできた人生の
「龍崎さんは何も心配しなくていいです。お元気でいてくれるだけで充分です」
「元気。ああ、僕は元気だ。まだ目も耳も手も足も
「大丈夫、しっかりされていますよ。ちゃんとシートに座って前を向いていてください」
千晶は明るい声で注意をうながす。前方の景色は生駒山の
その視界の左上が、黒一色に塗り潰される。
ルームミラーに映る後方に、黒くて大きな車が迫っていた。
六
【■月■日 ■時■分 ■■■■■】
コンクリートで固めた
辺り一帯は
空は太い鉄骨を
大型動物が
頭上から
日が暮れても昼間の
岸壁の途中には上り坂があり、その先は橋の
運転席のドアが静かに開くと、その隙間からちらりと覗く光があった。ドライバーの右手首に巻いた太い金色の腕時計が外のわずかな光を反射させていた。本物の金素材か、見せかけの金塗装かは定かではない。ただ習慣的に、右手に腕時計を着ける者に左
車を降りた金時計は続けて後部座席のドアを開ける。そして上半身を車内に入れると、そこに積んでいた大きくて長い何かを両腕で抱えて外へと引きずり出した。相当な重量があるらしく、車から出されるなり重い音を立てて地面に転がる。扱いかたは乱暴で、その様子は人目に付かない橋の下に大型ゴミを
捨てられたのは、黒いゴミ袋を頭から
やや太り気味の体格に安い
金時計は後部座席のドアを閉めると、海のほうを向いて立ち止まる。満潮に近い時刻らしく、海面はかなりの高さまで上昇していた。それを確認すると男のほうを振り返り、ゴツゴツと固い音を立てながら近づいていく。
男はその場に倒れたままでいたが、地面に響く足音が聞こえると身をよじって逃げるように転がる。金時計は歩みを止めずに追いつくと、両手で男の左足を
金時計は両手を離すと、硬いブーツの底で男の右膝を力一杯踏み付けた。
数秒ののち、男は左足を地面に打ち付けながら背筋を伸ばして激しくもだえる。右膝の下が不自然な形に折れ曲がり全く動かなくなっていた。金時計は構わず男の両足首を掴んで持ち上げる。その時、男の上着からスマートフォンが転がり落ちた。
金時計は男の両足を離すとスマートフォンを拾い上げて起動する。画面ロックがかかっていたので男の人差し指を使って強引に
あらためて金時計は男の両足を
その時、ふと金時計はぴたりと動きを止める。
橋の
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