「文芸」で書籍化を目指すには 「オファーの瞬間」特別座談会

2023年4月に、カクヨムに投稿された文芸作品が3作品書籍として発売されます。そのジャンルは、SF、BL、ホラーとバラバラ。はたしてこれらの作品は、どのような過程を経て書籍化が決定されたのか。また編集者たちはどのような思いで作品を探しているのか。「オファーの瞬間」の特別編として開催された座談会では、「文芸編集部カクヨム班」に所属する編集者4名が集まって、自分たちが手がけた書籍のPR、そして作品探しの方法について余すことなく本音で語りました。(構成/柿崎 憲)

「文芸編集部カクヨム班」の編集者たちの素性を初公開!

編集K:カクヨムユーザーのみなさま、初めまして。今日はKADOKAWA文芸編集部のメンバーが集まって、書籍化が決まった作品についてあれこれ話してみたいと思います。名づけて「文芸編集部カクヨム班」がどんな原稿を求めているのかという話ものちほどしたいと思いますが、まずはメンバーを紹介しましょう。私は文芸単行本の編集長で、このチームのリーダーを務めている編集Kです。文芸編集歴は20年弱で、これまでに森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』や少し前に直木賞を授賞した黒川博行さんの『破門』の連載、最近では佐藤亜紀さんや佐々木譲さんの書籍を担当しました。

編集W:Wといいます。私は新卒でKADOKAWAに入社して、最初の3年ほどはスニーカー文庫編集部にいました。それから文芸の編集部に異動して5年ほど経つので、編集者歴は9年目です。スニーカー文庫時代には『スーパーカブ』や『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』シリーズをカクヨムから立ち上げました。文芸に移ってからは、横溝正史ミステリ&ホラー大賞作家である新名智さんの『あさとほ』が最近の担当作の一押しの作品です。また昨年12月には『今昔奈良物語集』というタイトルで、あをにまるさんのカクヨム投稿作を書籍化しました。得意とするジャンルはミステリーと日本文学です。

編集I:編集Iです。私は最初はメディアファクトリーに入社して8年ほどダ・ヴィンチという雑誌の編集をしながら本を作り、文芸の編集部には2015年頃に移ってきました。これまで編集した作品で印象深かったのは、ドラマ化もされた『校閲ガール』シリーズです。それと現在は「怪と幽」というお化け系の雑誌の編集もしています。怖い話は実はそれほど得意じゃないんですけど……。

編集W:えっ!? そうなんですか?

編集I:得意じゃないというか、怖い話そのものよりも、人間が何を怖いかというところに興味があるみたいな感じですね。

奥村:編集の奥村です。僕はTwitterでも担当作の話をしているので、実名で大丈夫です。あとで告知したいこともあるので。僕はもともと富士見ファンタジア文庫編集部にいたんですが、それから早川書房で勤めて、約2年前にKADOKAWAに転職しました。文芸編集部ではまだそこまで仕事をしているわけではないんですけれど、早川書房にいた頃には、先日直木賞を授賞された小川哲さんの『ゲームの王国』や、カクヨムで『横浜駅SF』を書かれていた柞刈湯葉さんの『人間たちの話』、三秋縋さんの『君の話』などを担当していました。なので早川の時はほぼSFをやっていまして、今回はそうした経緯もあって宮野優さんの『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』を担当させていただいています。

編集K:「文芸編集部カクヨム班」は基本的にこのメンバーとあと数人、単行本編集部と角川文庫編集部、それから角川ホラー文庫編集部の人間が集まってやっています。さまざまなバックグラウンドを持った編集者が携わっていますね。カクヨムからはすでに多くの作品が書籍化されているのですが、その中でも我々はライトノベルや新文芸といったジャンルではなく、「一般文芸」の作品を書籍化するチームで、今回は4月に書籍化する作品の紹介と同時に、我々がどのような基準で作品を探しているかということも話していきたいと思います。ではWさんから普段の活動の内容を教えてもらっていいですか?

編集Wまずはリスト作りですね。カクヨム編集部の方が「今これが人気ですよ」「注目を集めてますよ」といった情報を共有してくださるので、その中から普段文芸を読んでいる人と相性が良さそうな作品をピックアップします。そのリストを「カクヨム班」内で共有して、みんなで作品をスコップしていきます。他にもカクヨムの書き手の方がオススメしてくれた作品もリストに追加する場合もあります。特に文芸志向の方のオススメは、我々がむやみにスコップするよりも、求めている作品に出会いやすいですね。

編集I:レビューという形で書き手の人がオススメする作品がわかるのはカクヨムならではですよね。そしてレビューが面白い作品はやっぱり面白いです。気合が入ったレビューには私たちも助けられています。

編集Wレビューの数よりも、熱意のあるレビューがついているかどうかの方が参考になりますよね。

編集I:何年か前からテレビでも、「視聴率」より「視聴熱」みたいなことが言われるようになって数字のパーセンテージだけではなく視聴者の反応も重視するようになりましたが、それと同じで、星がいくつかついているかよりも、どれだけ熱のあるレビューが寄せられているかを我々は見ています。

編集K:そうですね。リスト化された作品を読む際にも、単純に星の数が多い作品から順番に読んでいるかというとそういうことでもなく、気になるレビューがついている作品の中から重点的に読んでいく感じです。

編集I:今回私が書籍を担当した『不能共』もレビューの文章自体がとても面白い作品でした。

奥村:星が多い作品から書籍化していくというのも一つのやり方かもしれませんが、それでは文芸編集部的に書籍化したくなるような作品を取りこぼす恐れがあります。ただ今のやり方が必ずしも正しいとは言い切れません。実は我々の中でも作品探しはまだまだ試行錯誤の段階なんですよね。

編集W:「文芸編集部カクヨム班」の活動の紹介に戻ると、そうしてリストに挙がった作品をみんなで読んで、毎月のミーティングの中で互いに読んだ面白かった作品や気になる書き手の情報を交換して、カクヨム内での注目すべきトピックを整理しています。それと我々はカクヨムコンにも関わっていまして、ホラー部門は去年に引き続き参加しています!

ネタにとどまらない「物語」だから書籍化できた『今昔奈良物語集』

編集K:そうした活動の中から初めて誕生したのが、昨年(2022年)12月に発売しました、あをにまるさんの『今昔奈良物語集』です。担当編集のWさんからPRをお願いします。

編集W:出版までの経緯に関してはこちらを見ていただければ幸いです。

kakuyomu.jp

この本は昨年12月19日に発売して、12月24日に奈良の書店でサイン会をすることになりまして、著者のあをにまるさんは「クリスマスイブだし、人なんか来ないよね」とおっしゃっていたんです。でも、当日はお店の外に出るくらいまですごい長い列ができていて。その行列を見たときに「奈良の人たちがこの本を面白がってくれているんだな」と感じられて、この作品はとても広がる余地のある一作なんじゃないかなという確信を得られました。実際その後も重版がかかって売れ続けていますし、近ごろは関東のメディアからもお問い合わせをいただいたりしています。最初は奈良の方々の力でここまで来られたと思うんですけど、特定の人たちを熱狂させてすごく関心を抱かせる作品は、やはり広がっていくものだと感じました。PRというか、ちょっといい思い出の話になってしまいました(笑)。

編集I:やっぱりあをにまるさんの奈良愛が尋常じゃなくほとばしっているのが、この作品の魅力ですよね。

編集W:あをにまるさんはカクヨムのインタビューで、ご当地ものを書く人へ向けて「自分が一番好きなものを絶対入れてほしいですね。狭い地元の人しか知らない名物や名所であっても、思う存分語れば必ず興味持ってくれる方はいらっしゃいます」と言っていて、ご当地小説を書く際には、一部の人しか知らないような情報でもいいから、その地域のことを深く掘るのが面白さに繋がるんじゃないかと感じました。

編集K:『今昔奈良物語集』にはコメディタッチの作品に限らずいろんなタイプの短編が入ってますよね。

編集W:1冊の書籍にすることを考えたとき、似たようなテンションのコメディが連なるとどうしてもワンパターンで退屈な印象を与えてしまうので、バラエティー色を出すことはすごく意識しました。いろんな味のものを入れたくて、ちょっとしんみりする話やコメディでもほっこりする話、逆にオチで駆け抜ける話なんかも。実はあをにまるさんには収録作の3倍ぐらいアイデアの用意があって、その中から一緒に小説にするネタを選んで、多様な一冊にするために手を尽くしました。

編集I:カクヨムで話題になる作品で、面白い「ネタ」の投稿は結構あるんですけど、私たちが文芸書として本にするときには、「ネタ」だけじゃなくて「物語」が必要なんですよね。

編集W:もちろんカクヨムに投稿する時点では物語になりきってなくてもいいのですが、いざ書籍化する時は、Iさんがおっしゃったように、一冊の本として物語に発展できるような「膨らみ」を内包しているかどうかというのは意識しています。

奥村:その「膨らみ」が何かということをカクヨムユーザーは知りたいんじゃないかと思うんですけど、なかなか言語化は難しいですよね。

編集I:毎日更新されてリアルタイムで面白く読める作品でも、それを文芸書として出版できるかって言われたら、必ずしもそうとは言えませんからね。

奥村:もちろんあまりに極端にバズったりしたら、我々の普段の判断基準を全部ぶん投げて書籍化した方がいい場合もあるのでやはり難しい。

編集K:よく聞かれる質問だと思うのですが、書籍化作品を選ぶ場合に特定の作者に注目するということはありますか?

編集W:編集者によってかなり違うと思うんですけど、私はあまり見てません。作品ありきです。

奥村:見てないんですか。

編集W:Web小説の書き手の中にはただ楽しいから書いているという人たちもいるので、書籍化の話を持ちかけるときは結構悩むんです。書籍化の作業って実際には辛いことも多いと思うんですよ。その人にとって必ずしも幸せな展開が待っているとは限らない。それでも私はこの作品がすごい好きだから本にしたいという気持ちで毎回やっています。もちろん今後も一緒に仕事をしたいなとは思うんですけど、そうはならなくても、それも一つの出会いと別れという感じでやっています。

編集I:その感覚はエモいですね。

『今昔奈良物語集』

文芸的なタイトルで目に留まった『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』

編集K:では、4月発売の3作品の紹介に移りましょう。まずは4月28日に発売される『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の紹介を奥村さん、お願いします。

奥村:もともと自分はSFしかやりたくなかったので、「SF作品のオススメを寄越せ、もっと寄越せ……」みたいなことを言い続けてきたんですけど、ちょうどその時『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』をカクヨム運営の人から特集に掲載された作品ですと、紹介されて読んだんです。そこからなんで書籍化まで進んだかというと、「内容が面白かった」に尽きるんですが……。

編集K:もう少し具体的にお願いします。

奥村:実は最初に惹かれたのはタイトルです。『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』というと僕からするとMr.Childrenの曲だし、それをKさんに言ったら「ビートルズでしょ」って言われたんですが、いずれにしても有名な楽曲の題名を使うことにインパクトを感じました。中途半端な内容では名前負けするのに、よくこのタイトルにしたなっていう気持ちがあったんです。でも読み終わった時に「内容に合ってる!」と思ったので、タイトルはそのままにして書籍化しました。

編集I:タイトルは大事ですよね。

奥村:すごく大事です。今回書籍化される『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』も『不能共』も、新文芸やライトノベルなどのタイトル付けのルールからは少し外れているかもしれませんが、文芸作品を探す我々からするとこういうタイトルの方が刺さるんですよ。どの読者層に向けて発信しているのかという話なので何が正しいというわけではないですが、文芸路線に向けて発信するなら、「異世界もの」とは違ったタイトルをつけてくれるとこちらも見つけやすいです。

編集K:ずいぶんと攻めた意見ですね。

奥村:はい。それとこの作品はSFではあるんですが、内容がほぼ現代社会に近い舞台になっています。どこかの遠く知らない銀河や、未知の物理法則を扱った別世界が舞台ではないんですね。現代社会にみんなが大好きなループものを組み込んで、「ループが繰り返された社会の中で人間がどう生きるか」というテーマを描いているんです。ここに普段SFを読まない人が読みたくなる普遍的なフックを感じて書籍化を決意しました。

編集K:『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』はカクヨムに投稿されたのが昨年の8月でした。文芸書籍としては、書籍化までの時間は割と短かったですね。

奥村:急がないと他の出版社に取られるかもしれないと思って、すぐに決断しました。この作品はそれぐらいのレベルの作品だと思っています。それと元の分量も書籍化にちょうどよかったんですよね。カクヨムのSFものも普段からチェックはしているんですが、やはり物語がどこまでも続くシリーズものが多いんです。そういう作品は分量の都合もあって書籍化しづらいというのはあります。シリーズものが悪いわけではないんですが、最初の一冊にするうえで、どこで切ったらいいか見えない作品の書籍化は難しいと感じています。

編集K:ただ、ある程度まとまった分量で完結した作品であるならば、カクヨムに投稿するのではなく、新人賞に送られるケースの方が多いかもしれませんよね。

編集I:それは確かにそうなんですが、新人賞で受賞するためには、一次選考や二次選考を経て、最終的には小説家の方々や編集者の最終選考など複数の人間から支持を得なければいけない。でも今回『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の書籍化にあたっては、奥村さん一人の支持だけで、そのまま短いスパンで書籍化に至ったわけで、そういう意味では夢のあるルートだとも言えます。

奥村:それと僕は基本的に(カクヨム班では)SFしか担当したくないんですが、現在SFの長編を専門に扱っている新人賞ってハヤカワSFコンテストだけなんです。今SF小説の作家としてデビューするにはこの賞を取るしかない。その現状を何とかしたいという気持ちもありますので、これはと思うものがあれば、新人賞だけではなく、カクヨムにもぜひ投稿してほしいですね。

編集K:奥村さんに読んでもらうために必要なことはありますか。

奥村:確かに僕もカクヨムに投稿している全部のSFをチェックできるわけじゃないのですが……ただヒントがあるとすれば僕は実名でTwitterをやっていて、DMも開放しています。DMで持ち込まれたからと言って、もちろん絶対書籍化するわけではないし、必ず返事をしたり感想を言うわけではありませんよ。でも、それが何かのきっかけになることはあるかもしれません。

twitter.com

編集K:この発言で奥村さんのスタンスがよくわかったかもしれません。奥村さんは作品を探すときはどのようにしていますか。たとえば、SFタグの完結済みから目を通していく、とか。

奥村:全然違いますね(キッパリ)。僕は普段は変わった作品というか、あまりカテゴリー化されていない作品や他のスタッフが拾わないような作品をチェックしています。他の人が注目している作品は逆にいやだというあまのじゃくな部分もあるのですが、部署の中で競合しても仕方がないと思っているので。なので、最近は不倫相手同士の往復書簡や金融詐欺を扱った作品を読んでいました。不倫ものも金融ものもWeb小説ではまだ確立されていないジャンルだと思いますので。あと、カクヨムにはたまにガチの歴史小説もあるんですよ。最近読んだのはファンタジー要素ゼロの、中世のイングランドが舞台のものです。そういう、他の人が目をつけないような作品を書籍化できればとも考えています。

『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』

熱いユーザーレビューが書籍化につながった『不能共』

編集K:では4月24日発売の『不能共』にいきましょうか。これは先ほどから話題に上っていますが、とにかくユーザーレビューが熱いということで我々が注目した作品ですよね。BL作品で、性的描写とか暴力描写とかもガンガン入っています。だけれども、登場人物たちがみんなギリギリで生きている切迫感が最初から最後まであって、異常な緊張感がある文芸作品だと思いました。担当のIさんからアピールポイントをお願いします。

編集I:まず『不能共』がどういう流れで書籍化に至ったかというと、我々がミーティングをやっていた際に、文芸編集部出身のカクヨムのスタッフの方から草森ゆき(草食った)さんの作品がめちゃめちゃ面白いという声が上がっていたんです。それで作品を読んだのが最初でした。草森さんは実際文章がとにかく上手くて、その中でも『不能共』は登場人物それぞれの人生がしっかり書かれていて物語がありました。あと、やっぱりレビューの熱がすごいんですね。この記事を読んでいる方はぜひ『不能共』のレビューを読んでほしいんですけど、「この作品と私を引き合わせてくれた全ての偶然と奇跡に一つ一つ感謝の五体投地を送りたい」とまで書いている人もいて、私も作品を読んだ時にそれだけの熱を喚起させる作品だと思いました。そしてカクヨムに投稿されていた時点で、一冊の本をイメージさせる構成がすでにできあがっていて、これはすぐにでも書籍化できるなと思い、お声掛けしました。

奥村:僕は普段BLを全然読まないんですけど、本作はBLのスタンダードに分類される作品なのでしょうか? それとも外れている感じですか?

編集I:男性同士の性的な描写もある物語なので、そういう意味では完全にBLですけれど、本作では性的な要素よりも暴力描写の印象が私はむしろ強いです。それでいてものすごい恋愛小説だと思っています。帯の背には、「最悪の出会い そして修羅場、のち、ハッピーエンド」と謳いましたが、ここからどうやってハッピーエンドになるんだよっていう始まりから、見事にハッピーエンドに持っていく小説の構成、そしてラスト以降の未来まで感じさせる二人の人生の物語がしっかり立ち上がっていて、読者も読み終わるとメインの登場人物の二人のことをすごく好きになるんですよね。

編集K:『不能共』は2020年の時点でカクヨムで完結していましたよね。

編集I:『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』は書籍化までが早かったという話がありましたが、逆に『不能共』は今まで書籍化されずに残っていて、編集者としては拾えて運が良かったなって思っています。いわゆるBLレーベルの編集者もチェックしていたとは思うんですが、そこでは出せないという判断があったのかもしれません。そこはちょっと自分には分からないですね。

奥村ジャンル小説にはそのジャンル小説の主戦場になるレーベルがあるんですけど、そういうレーベルにうまく当てはまらなかった作品を、文芸編集部カクヨム班が、言い方は悪いかもしれませんが拾い出せたらいいと思っています。今回の『不能共』はBLでしたが、それ以外のジャンルでも似たような立ち位置の作品を見つけられるかもしれません。

編集I:それから、こうやって草森さんとお仕事をご一緒させていただくことで、草森さんが関連している自主企画などもチェックするようになって、そうやって芋づる式で作品を見つけ出していくことに繋がっていくこともあるなとは思いました。

編集K:先ほどWさんは作品を重視して、作家さん自体にはそこまでこだわらないといっていましたが、Iさんはどうでしょうか。

編集I:やっぱりあくまで作品が主体です。まずはこの作品を本にしたいというところから始まって、そこから今後もご一緒できたらいいなっていうのはわかるんですけど、最初からその人の今後の将来性などありきで作品を本にするかどうかを決めることはないということですね。ただもちろん、一作きちんと書けている人は、これからも書けるだろうと自然に思うところはあります。

編集W:自分も先ほどは作品主体と言いましたが、根本の部分で「この人は書けるな」っていう確信がないと、作品が一定以上には良くならないと思っているので、書き手にある程度の力があるというのは大前提だと思っています。その力が何かと言うのは難しいのですが……やっぱり文章の力でしょうか。

編集I:そうですね。文芸ですので、文で芸を出来る人を求めています。

奥村:今うまいことを言いましたね。

編集I:うまいことを言いたかったわけではないんです(笑)。たとえば「!」や「♪」のような記号で、言葉の勢いやニュアンスを表現したりすることもできてはしまう。そういう表現が効果的に働くジャンルもあると思うんですけど、我々が求めている小説では「!」や「♪」といった記号で表せる部分を、文章を使ってうまく表現してほしいと思っています。

『不能共』

小説好きの心をくすぐる『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』

編集K:ではIさんが担当したもう一作、4月24日発売の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』にいきましょう。

編集I:通称「よみかの」ですね。この作品は昨年のカクヨムコン7のホラー部門にも投稿されていて中間選考まで残った作品なのですが、私は実は編集部で選考を割り振られる前に読んでいたんですよ。というのも、さっき奥村さんがされたタイトルの話とは逆になるんですけど、当時、この作品に「怪談ライター米田学のオカルト事件簿」というサブタイトルがついていたんです。

編集K:書籍版ではサブタイトルをカットしていますね。

編集I:はい。私は『怪と幽』という怪談・妖怪系の雑誌をやっているので「怪談ライターの話なの?」と興味を惹かれました。もしこのサブタイトルがなかったら当時は読まなかったと思うんです。著者の和田さんもその後ご自身でこのサブタイトルを外していましたし、私も本にするならこれはいらないなって思うんですが、カクヨムに投稿する段階では内容や設定が伝わる感じのタイトルやキャッチコピーがあると、こちらも作品を見つけやすいなと思います。

編集K:先ほど奥村さんは文芸的なタイトルの方が刺さりやすいともおっしゃっていましたが、Iさんはいかがでしょうか。

編集I:そこは投稿者の方としても難しい悩みですよね。ただ私はカクヨムに投稿する時点では別にそこまでこだわらなくてもいいような気もちょっとしていて、メインタイトルとサブタイトルで使い分けるようなやり方も良いのかもしれません。確かに文芸好きの人を狙って、そちらに刺さるようなタイトルをつけるのもいいかもしれませんが、Webで読まれることを考えると、タイトルをわかりやすくして、より多くの読者を集める方が完全な一本釣りよりも書籍化の可能性は高いかもしれません。

編集K:カクヨムはタイトル以外にキャッチやタグでも作品の内容をアピールできるので、そちらでフォローするというのもいいかもしれませんね。

編集I:今回の和田さんの作品は最初に『怪談ライターのオカルト事件簿』という引っ掛かりのあるサブタイトルをつけて読者の目を惹きながら、最終的に『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』という、エモくて青春っぽいタイトルのみに落ち着かせたのは作戦勝ちだと思います。「怪談×青春」という作品は、うちの編集部では『ホーンテッド・キャンパス』という人気を博している先行作品もあるので、いけるのではないかと思ってお声がけしました。書籍化するにあたって、冒頭部分を追加してもらったり、番外編の話を本編に組み入れてもらうなど、だいぶ改稿していただきました。

編集K:自分も初めて読んだ時から好きな作品だったので、こうして本にできてすごく嬉しいです。カクヨムコンのホラー部門に応募されていた作品ではあるんですが、自分はこの作品を今っぽい青春恋愛小説だと思っています。とんがり具合では『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』や『不能共』には勝てないかもしれないけど、非常に小説好きの心をくすぐるような読み心地の良さやエモさがあるんですよね。

編集I:書籍の帯のキャッチは私が作っていて、〈オカルト雑誌編集部で働く大学生ライター×異界へ行くことを夢見る「赤い女」〉になっているんですが、この「赤い女」は現代怪談のトレンドなんですよ。本作はこれ以外にも現代怪談のいろんなガジェットを取り入れていて、そうしたサンプリングが大変上手いと感じます。そして、ラストまで読むとタイトルが沁みる青春恋愛ホラーになっていて、すごく新時代感がある作品になっています。ちなみにカバーはこんな感じです。

『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』

一同:かわいい!

奥村:僕はこれを見るまで、ヒロインはもっと劇画調でおどろおどろしいビジュアルだと思ってた(笑)。

編集I:これは本作りの面白さを感じた部分なんですが、私が当初考えていたのは、もうちょっと違うイメージだったんです。ですが、作者である和田さんにどんな本にしたいですかと尋ねたら「可愛くてオシャレな感じが良い」という意見をいただいて、このような装丁になりました。このカバーは和田さんが自分の本に対して、こんなふうにしたいというイメージを明確に持っていたから作れたのだと思っています。

編集W:Web小説の場合、著者の方は今まで自分の作品を応援してきてくれた人と共にここまでやってきたって気持ちがあると思うんですよ。書籍化されるまでの過程で、読者の方からいただいたコメントや、やりとりの中で、自分の作品のどのような部分に魅力を感じてもらったかをしっかり理解しているから、本のデザインに対しても明確なイメージを持つことができたんじゃないでしょうか。

編集I今回私が担当した著者二人がTwitterやカクヨムの近況ノートで、公開された書影の話をされていたんですが、カクヨムで読んでいた読者の方が一緒に喜んでくれて、「嬉しいです、予約します」とおっしゃっていて、物語への愛着がすでにあるものを商品化させていただくことの重みと面白さというのを感じました。

奥村:『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』の書籍化が発表されたときも、宮野さんが周りから「おめでとう、おめでとう」って言われていて、「カクヨムってあったかい場所なんだな、これが書籍化することなんだな」と肌身を持って実感しました。普通の新人賞を受賞しても、身の回りの人たちから祝われることはあっても特定のクラスタから祝われるというのはあまりないですからね。

編集K:カクヨムに限らず、Web小説のいちばんの特徴ってそこにあると思っていて、本になる前にもうすでに読者がいるんですよね。すでにコミュニティができていて、ある程度作者と読者でイメージが共有されたなかで、我々はそれをどうすくい取って本にするべきか。その世界観をそのまま本にするもありだし、編集者個人の感覚であえて違うものを持ち込んでみることで新しいものが生まれるかもしれない。でもどちらにしろ、すでに読んでいる読者の人たちに喜んでもらいたいと思って書籍化するというのは、今まで自分たちがやってきた仕事にはなかったような新鮮な驚きと発見があって、そうした部分が面白いなと思い始めています。

超直球! 文芸編集者が今カクヨムに求めている作品

編集K:みなさんはカクヨムで今後どんな原稿が読みたいですか?

奥村:SFが読みたい(キッパリ)。あと歴史小説にも期待しています。

編集W:今年から横溝正史ミステリ&ホラー大賞はカクヨムからも応募ができるようになっていて、最終候補4作の中には、大塚さんという方が投稿された『けものの名前』という作品が残っています。私も二次選考で読んだときに、すごく面白いなと思って、大塚さんの他のカクヨム投稿作も気になって次々に読んじゃいました。そんなふうに人をのめり込ませる、パワーある作品に出会えるのがWebっぽいなと。普段カクヨムでどうやって作品をスコップすればいいのかというのは、我々はいまだに模索中なんですけど、結局は自分が好きな作品を求めているんですよね。もちろん面白い作品がいいんですけど、それ以上に自分が好きかどうかが重要だと思うんです。なので、この人の作品は他のも全部読んでおこうと思えるような、大好きな作品を見つけたいなと思っています。

編集I:やっぱり熱量がある作品ですね。自分の好きな世界とかこういうものを書きたいんだみたいな熱意がほとばしってる作品を読みたいです。それと、ちょっとTIPS的なことなのですが、我々は文芸と親和性の高い作品を求めていて、そういうものの書き手は好きな作家がいて文芸の作品を読んでいらっしゃるのではないかと考えています。草森さんからも和田さんからも、好きな文芸作品の話をうかがいました。よく書く人はよく読む人だと思っているので、もし文芸書で好きな作家や好きなジャンルがあるなら、プロフィールに「こういう作品を読んできました」みたいな紹介を入れてもらえると嬉しいなと思いました。

奥村:今Iさんが言ったことにつけ加えるとしたら、書籍化を目指す方にはぜひカクヨムユーザーの先にお客さんを見てほしいんですよ。カクヨムユーザーに読まれることを主眼に置くのであれば相手なら特定のテクニカルタームやジャーゴンが通じるかもしれないけど、我々はそれを書籍としてカクヨムの外の人たちに届けたいと思っています。なので、カクヨムユーザーを見るのも大事ですが、自分の熱意がその先にいる読者に届くかというのは、常に自身に問うて投稿してほしいですね。

編集W:それはけっこう難易度の高いオーダーですね!

奥村:難しいかもしれませんし、他の編集者とは違うかもしれませんが、僕はそういう部分を見ているということです。実は今回の座談会はたぶん一人一人の意見を聞くと、微妙に矛盾しているんですよ。

編集Kでも、ここにいる全員の条件をクリアしなきゃいけないかというとそんなことはなくて、逆にここにいる誰か一人を落とせば書籍化されますからね。

編集W:なので、こうやって意見が異なるのが「文芸編集部カクヨム班」の良いところだと思っています。

編集I:編集者それぞれの意見は異なりますが、今回書籍化する3作はどれもカクヨムに投稿された時点で魅力的でした。だから私たちは本にしようと思ったのですが、今回の書籍化でさらにグッと魅力的な中身になった自信がありますので、ぜひみなさん読んでください。あと書店・ネット書店で予約もお願いします。

編集W今や文芸書は予約しないと発売日に本屋さんに並ばないこともあって、予約や注文が大変重要ですので、ぜひぜひよろしくお願いします。

奥村カクヨムユーザーの方には「KADOKAWAの文芸から自分の作品が書籍化されるのって面白くない?」と思ってほしいし、そう思われるような書籍を刊行していきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。

編集K:文芸ジャンルの作品を書きたいとか、もう書いているという方、そしてカクヨムで文芸を読みたいというユーザーのみなさまには、これから「文芸編集部カクヨム班」に注目していただけると嬉しいです。私たちが送り出す作品についての最新情報は、文芸編集部のサイト「カドブン」やTwitterアカウント「KADOKAWA文芸編集部」(@kadokawashoseki)でも発信していきますので、チェックしてみてください。