妹(2)
「ウチと
「こないだの時も、運命の恋だって騒いだ挙げ句、二週間で別れてなかったか?」
「ふふん、だ。智紀は今までの相手とは違うもん。ウチらの愛は永遠なの」
自信満々と言った様子の妹を見て、巧厳はふと空しさを覚えた。
「はぁぁぁ~~~」
「なによ、なんなの? ……なんか悩みでもあるわけ?」
重苦しいため息をつく巧厳を見て、色はさして心配していなさそうな様子で問う。
「いや、いい……。お前に話しても始まらん」
「なんだよ、言えよ。おい、インキャ!」
「……別に、ボクはインキャじゃない」
積極的に他人と交流を持とうとはしていないが、特に暗いわけでもないし、インキャと呼ばれるほどでもないと、巧厳は信じている。
放っておいたら、妹の細い脚が巧厳の膝を蹴り始めた。その姿をぼんやり見つめていた巧厳だったが、一睡もしていなかったせいで、判断力が鈍っていたのだろう。他愛のない暴力をふるい続ける色に、巧厳はつい聞いてしまった。
「なぁ、お前……、ボクが女になったら、どうする?」
「え? は? ……はぁぁぁぁ??」
色が目を丸くして叫ぶ。
巧厳も、聞いてから、しまったと思ったが、もう遅い。
「キャアアア!! なに、お前ホモだったの!? マジでマジで? ウケるんだけど!」
どこか嬉しそうな悲鳴を上げて、色は巧厳の膝を再び蹴り始めた。
「ホモじゃねーよ!」
「なんだ、お前。そうだったんだ。なによ、だから女に興味がなかったんだぁ」
巧厳の抗議もどこ吹く風と言った様子で、色は巧厳の全身をバシバシと叩く。
「違うっ! ボクは女の子は普通に好きだ!」
昨日の今日だけに、特にそういった話題には敏感な巧厳である。
高校入学から数えても、すでに十数人からの告白を断り続けてきた巧厳だが、別に女が嫌いなわけではない。基本的には面倒臭がりではあるのだが、普段は、男女問わず、それなりに優しく接しようと努力している。その不器用な優しさが、少女たちに重大な勘違いを引き起こさせてしまうのだが――。巧厳は、女子が嫌いなのではなく、自分に告白をしてくる女子が嫌いなのだ。要するに、倒錯しているのである。
「へぇ~、じゃ、男子と校門で待ち合わせたり、一緒に帰ったりしてんの?」
「違うって言ってるだろう? やめてくれっ」
――その時、巧厳の脳裏に浮かんだのは、宿梨の獣じみたドヤ顔だった。
慌てて頭を振って、そのイメージを追い払う。
「なるほどねぇ、だから童貞だったんだ。ウケる」
「違うって言ってるだろ! っていうか、お前だって処女だろうが!」
「ふっふーん」
しかし、色はなぜか自信に満ちた瞳で巧厳を見つめ返す。
「え、なに……?」
その様子に、巧厳は動揺し、硬直した。
「ふんだ。ウチと智紀の間には、もう愛の絆が結ばれてるんだから!」
「おっ、お前っ、お前、まさか!」
どこか含みのある言い回しに、最悪の可能性が思い起こされる。
「お前っ、まさか……っ、や、ヤったの……か?!」
驚愕の表情を浮かべる巧厳に対し、色は胸をそらし、偉そうに鼻を膨らませた。
「な、なんて、お前、そんな……、だって、まだ、お前……」
二の句を告げられずにいる巧厳に、色は少しだけ顔を曇らせ、
「まぁ、痛くて入らなかったけど」と続ける。
「お、お……、」
「でも! ウチらの大切なところ同士がキスしたんだから、ほとんど成功ってことだし! 童貞のくせに、ウチらのことをとやかく言ってほしくないから!」
「お、お、お……、」
妹の気持ち悪い発言をどこか遠くに聞きながら、巧厳は、酸っぱい濁流が勢いよく喉をせり上がってくるのを感じていた。
「お、お、お、おうぇえええええええええぇぇぇぇぇぇ……!!」
痛みを感じるほど喉の筋肉が収縮したかと思うと、最後の堤防が決壊し、巧厳の口から胃の内容物があふれ出す。
「うぎゃ! きったねぇ!」と、色が男みたいな言葉遣いで叫んだ。
吐しゃ物が水っぽくなるまで、巧厳は吐き続けた。フローリングの床が、黄土色に埋め尽くされる。
色はその場を跳び退って、逃げ出すようにドアに向かった。
「とにかく。スマホででもいいから、内容まとめて送っといて。書き写す時間があんまりないから、急げよ」
そう言い捨てて去っていく妹の後ろ姿を見つめ、巧厳は自分の状況を呪った。
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