希望の光?

 高校へと向かう道すがら、昨日からの災難続きに、巧厳こうげんは毒づき続けている。


「クソ、なんだってボクがこんなメに合わなきゃいけないんだ!」


 野球部員には絡まれるし、妹は貞操観念が崩壊してるし、それに何より――、


 巧厳の登校用のバッグには、昨日渡されたあの封筒が眠っている。本音を言えば捨ててしまいたかったのだが、それすらも怖かったのである。


 うつむいてブツブツと呪いの文句を吐き続けていたら、校門の前で宿梨すくなしに会った。


「んだ? テメェ……」


 どこか戸惑った調子で、宿梨がにらみつけてくる。今朝、しきに言われた「男子と校門で待ち合わせ」という言葉が巧厳の脳裏をよぎった。


「別に。ただ普通に登校してきただけだ。キミにどうこう言われる筋合いはないね」


「んだとぉ?」


 二人は立ち止まって、しばらくにらみあっていた。登校する生徒たちが、不審げな顔で二人の横をすり抜けていく。


「先に行けよ、"やどなし"」


「るせぇ。テメェが先に行け。後ろから掘られたらかなわん」


「なっ!? ボクがそんなことするはずないだろう!?」


 にらみ合いはしばらく続いたが、面倒そうに臨戦態勢を解いたのは宿梨のほうだった。


「んで、読んだか? あの資料」


「……読んでない」


「は、腑抜け野郎が。読まなきゃ、解決策だって見つからねぇだろうが。……テメェに話を聞くつもりだったが、読んでないんぢゃ話にならん」


「話もなにも……。どっちが女になるのも、ボクはごめんだ」


 すると、宿梨はこれ見よがしにため息をついてみせた。


「はぁ~~。ったく。こんな重大なことから逃げ続けたって、仕方ねぇだろうが」


 宿梨に「逃げている」と言われて、巧厳は内心どきりとした。巧厳だって、読もうとはしたのだ。だが、イタズラであってくれと封筒に手をかけるたびに、宿梨ではなく自分のほうが女になるほうが望ましい、とでも書かれていたらと、封を開ける手が止まったのである。


「何だと!? 読んだって無駄だろ。ボクは無駄なことはしない主義なんだ」


 巧厳は精一杯の虚勢を張って、宿梨に怒鳴り返した。宿梨はやれやれとでもいうように肩をすくめて、ため息をつく。


「無駄ぢゃねぇ。いいか。正直、一晩かかってもオレには理解できなかった。だが、テメェなら、分かるかも知れん」


 そう言うなり、宿梨は通学バッグから封筒を取り出して、巧厳へと突きつけた。巧厳はその封筒を見つめ、胡散臭そうに尋ねる。


「……何のことだ?」


「オレの解釈があっているのかは分からん。文章も回りくどいし、『甲』とか『乙』とか書かれてて、何が言いたいのかサッパリ分からんかったからな。……それでも、女になるっつう方法の他にも、もう一つ方法があるって、オレには読めた」


「なんだって!?」


 巧厳はひったくるように、宿梨の手から封筒を奪い取った。素早く中身に目を通して、宿梨が指した箇所に目を走らせる。


「おい、早くしろよ。なんて書いてある?」


 急かす宿梨を何度かいなし、巧厳は難解な文章を読み解いていった。


「これは……」


 徐々に内容が頭に入っていく途中で、ホームルーム開始のチャイムが鳴る。


「後で話す。放課後、もう一回、体育館裏へ来い」


 巧厳は封筒を手に、教室へと駆け出して行った。

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