体育館裏(1)
――そして、放課後。
「三つ、報告がある」
「おう」
「一つ。資料には文科省の公印が捺してあり、公文書番号まで記載されていた。ご丁寧に大日本国璽も捺してある。偽造でもない限り、これはイタズラでもなんでもなく、正式な日本政府からの通達だ」
「……よく分からんが、イタズラじゃないってことだな?」
「ボクたちを驚かすためだけに、公文書偽造の罪をかぶろうだなんて奇特な人間がいない限りは、そうだろうな」
封筒のハートのシールは、後から
「続けろ」
巧厳はうなずき、続ける。
「もう一つ。文書には『要請』と書いてあったけど、これはほぼ『強制』だ。断ったら、新たに制定された特別法に基づき、ボクらの人権はほとんど制限される。ミライト計画が発表された時に発令された『特定異能力犯罪対策特別措置法』に『特定異能力者の人権に関する特別法』……、他にも色々だな。この人類の一大偉業の実現を妨げるのは、公共の福祉に反する行為ってことらしいよ」
「んだと……!」
犬歯のような八重歯を覗かせ、宿梨が怒りの表情を作った。
「まぁ、待て。最後に、今朝、キミが言っていたことだけど」
「ちっ。早くしろよ」
「……確かに、どちらかが女になる以外にも、方法はあるらしい」
「まぢか!?」
途端に、宿梨の顔が明るくなる。――だが、続く言葉でその表情はすぐさま曇った。
「……けど、その方法をとった場合、死亡しても保証は出来ないってさ」
「ハァァ!?」
宿梨が巧厳の襟をつかみ、吠えかかった。
「どういうこったよ!? ふざけんな! 死ぬか女になるか、どっちかしかねぇのか!?」
「こら、ボクに当たるな」
「うっせぇ!」
「いい加減にしろ! ボクだって困ってるんだ!」
巧厳に言われ、宿梨がしぶしぶ手を放す。
「――あの書き方じゃ、死亡率はかなり高そうだったけどな。その辺のことが書かれた資料はどこにも載ってなかったけど」
「なんだ、それ。わざと隠してるんぢゃねぇのか」
「もちろん、意図的だろうね」
すると、宿梨は何か考え込むように顔を伏せ、その場をうろうろ歩き回り始めた。
「どうした?」
巧厳が問うと、宿梨がぱっと顔を上げる。
「……よし、巧厳。テメェ、女になれ!」
「はぁ!?」
今度は巧厳が叫ぶ番だった。
「キミなんかと肌を合わせるのは死んでもごめんだって言っただろ!?」
しかし、宿梨はまなじりをつりあげ、巧厳を見つめる。
「バカか、てめぇは。今は、人工授精でもなんでもあるだろうが。精子と卵子さえあれば子供は作れるんだから、別に、セックスする必要はねぇだろ」
巧厳は一瞬、言葉につまった。
「そ、それは、そうだけど……。でも、だからって、なんでボクのほうが女になんなきゃいけないんだ?! そっちこそ、股間にぶらさがってる汚らしいモノを切り落として、女になったらいいだろう。これ以上、キミに泣かされる女の子がいなくなるからな!」
「んだと?!」
「なんだよ?!」
二人がにらみ合いを始めた、その時、体育館裏に高く澄んだ声が響いた。
「あ――っ! こんなところにいたぁ!」
巧厳が振り返ると、そこには尻まで届く黒髪をした美少女――枯恋が立っている。
「
枯恋が二人のもとに小走りで近づいてきた。
「まったくぅ。そんなに体育館裏が好きなわけ? また誰かに呼び出されたの?」
すると、宿梨が黙って巧厳を指差す。
「いや、確かに、ボクが呼び出したけど……」
「えっ?」
枯恋が嬉しそうに口元に手を当てた。
「体育館裏に呼び出すなんて、まさか、告白?!」
「違うっ!! 昨日みたいな話、人がいるところじゃできないだろ!?」
背筋に冷たいものを感じた巧厳は、慌てて枯恋の言葉を否定した。枯恋はおかしそうに笑って、手を叩く。
「もう~、冗談じゃん。そんなに怒らないで! ね?」
枯恋は巧厳の腕に自分の腕をからませて、上目づかいで機嫌を取る。このような仕草をナチュラルに出来るあたり、かなり男泣かせな性格なのだろうなと巧厳は思った。勘違いして告白でもして玉砕した男子の数は、おそらく二桁は下るまい。
「いいよ。……それより、聞きたかったことがあるんだ」
「うん。なになに?」
「万骨さんはこの計画にどう関わってるの? 政府の重要な通達を、一介の女子中学生が持ってくるってのが、どうしても分かんなくて」
授業中、他の生徒の目につかぬよう資料をざっと眺めた限りでは、枯恋に関する記述は見当たらなかった。やっぱりイタズラなのではないかと、巧厳は淡い期待を込めて尋ねる。
しかし――、
「あっ、それはねぇ。あたしが志願したんだぁ。あたしの子供のパパになる人たちを、見てみたいから、って言って!」
イタズラではなさそうな答えが、枯恋の口から発せられた。
「万骨さんの子供だって? でも、計画ではボクたちのどちらかが女になるんだろう? 万骨さんは関係ないじゃないか」
「それはねぇ……」
巧厳が問うと、枯恋はその場でくるくる回り、考え込みはじめる。
「んー、そっかぁ。それも説明しなきゃいけなかったか!」
そして、ぱっと脚を開き、回るのを止めた。
「代理出産ってあるでしょ? 他の人の子供を、別のお母さんのお腹の中で育てて、産むっていうやつ。あたしは、その代理母に決まってるんだ」
「代理母?」
「そう、代理母。二人の子供が出来たら、あたしのお腹に移して、産まれるまであたしのお腹で育てることになるんだよ」
言葉の意味は分かるが、なぜそのようなことをするのか意味が分からない。
「なんだって、そんな、面倒なことを」
「それはねぇ~。えっへん! 実はあたしもミライト――キャンセラーなんだ」
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