体育館裏(2)

 枯恋かれんが答えると、宿梨すくなしが口を挟んだ。


「まぢで? 枯恋ちゃんが、ミライトだって?」


「そうだよ~!」


「うおお、まぢか! オレ、超能力者って初めて見たわ。すげぇな、枯恋ちゃん!」


 宿梨がすかさず誉める。


 ――対照的に、巧厳こうげんは気味悪いものでも見るように枯恋を見ていたが。


「それで、それで? どんな能力なん? 確か、人によって違うんだよな?」


 宿梨の言葉に、枯恋はまんざらではなさそうに笑った。


「えへへ。あたしの能力はイレギュラー・キャンセラー。不規則事象イレギュラーをぶつけて、自分を正常な状態レギュラーに保つっていう能力チカラだよ」


「おお、なんかすげぇぢゃん! それで、それで? イレギュラーってのは?」


「んふふっ」


 すると、枯恋は巧厳のほうを振り向き、尋ねる。


「ノイズ・キャンセラーつきヘッドホンの原理、巧厳くんなら知ってるんじゃない?」


「当然。――周囲の雑音と逆相になる音を、オーディオ信号と混合させて出力して雑音を打ち消してるんだろ。ヘッドフォンから出る音がクリアに聞こえるようにね」


「せ~いか~いっ!」


 何が楽しいのか、満面の笑みで枯恋は続けた。


「あたしの能力もそんな感じ。周囲に不規則事象イレギュラーを起こして、あたしの体内を常に正常に保つんだ。だから、あたしは絶対に癌にはならないみたいよ? 老衰で死ぬんだって」


 癌細胞とは、正常な細胞が突然変異したものだ。枯恋のミライトとしての能力が言葉の通りなら、確かに、癌によって死ぬことはないだろう。


「その力って今も働いてるのか? ――つまり、周囲に不規則事象イレギュラーが起こってる?」


「多少はね! でも、周りの人に起こる不規則事象イレギュラーは、マイナスだけじゃなくてプラスの不規則事象イレギュラーも起こってるから、結果的に、そんなに重篤な影響はないそうです。だから、あたしもあんまり気にしないように言われてる」


 巧厳は嫌そうな顔をした。


「……万骨さん、これからはあまり近づかないようにしてくれ」


「巧厳くん、ひっどぉ~い!」


「――それで、その能力はお腹の子供にも効果ある、と、そういうわけ?」


「へその緒で繋がってる間だけね。だから、あたしは第二のマリア様になるんだぁ!」


 聖母マリアは性交経験のないまま、神の恩寵によってイエス・キリストを身ごもったと言われている。ということは、枯恋と八か月以上付き合った男はまだ存在しないらしい。


「んぢゃ、こないだの野球部員たちを沈ませたのも?」


 宿梨が聞いた。


「うん。あれは、ちょっとした異常――不規則事象イレギュラーを体の中に起こしたの。不整脈とか、心不全とか。もちろん、軽いやつをね」


「ふぅむ……」


 今の話に全員が納得する解決方法の糸口はないのかと、巧厳は考え込む。そんな巧厳の顔を覗き込んで、枯恋が尋ねた。


「それで、どっちが女の子になるか、決まった?」


「いや、ボクも"やどなし"も、どっちもなる気はないから」


「じゃ、もう一つの方法にするの? ……でも、あれ、死ぬよ?」


「死亡する確率がどこにも載ってなかったんだけど、何か知らない?」


「まぁ、二人とも、百パー死ぬって思って」


「うう~む」


 悩ましい問題に、巧厳が唸る。すると、枯恋が巧厳の背中に抱きついた。


「あたし的には巧厳くんに女の子になって欲しいけどなぁ! 今もイケメンだし、絶対に美人さんになるよ! 一緒に買い物に行ったりとかしようよ!」


「や、やめてくれよっ」


 慌てて、枯恋の腕を振りほどく。


「でも、巧厳くん。宿梨くんが女の子になったところ、見てみたいと思う? ……それはそれでちょっと可愛い気もするけど」


 巧厳は思わず宿梨の女装した姿を思い浮かべて、身震いした。


「見たくないっ! ……ってか、そういう問題ではないだろうっ?!」


 その時、巧厳の頭に妙案が浮かんだ。


「そうだよ! なんでこんな簡単なことを思いつかなかったんだ? 一度、女になって、卵子を摘出した後で、またミライトの力で男に戻してもらうってことはできないのか?」


「んーっとね、それについては……」


 しかし、枯恋は二人に渡したのと同じ資料をかばんから取り出し、説明する。


「ここのところに、一回しか出来ないって書いてあるでしょ。女の子になったら、ずっとそのままってこと。能力を二回使うと、性別がない人になっちゃうんだって。そうなると、ホルモンの関係とかで、すぐに死んじゃうみたい。もちろん、ミライトの力に頼らずに、外科的な性別適合手術を受けるっていう手もあるけどね。その場合の医療費負担については、ここ。全額負担してくれるみたいよ」


 性別適合手術。乳房を除去し、子宮と卵巣を摘出、腕の皮膚から性器も作るという。


「……でも、外科手術じゃ、体の形だけ男に戻っても、遺伝子は女のままだろ?」


「そうなるねぇ」


「じゃあ、やっぱり、絶対に嫌だっ」


 枯恋が困ったような顔をする。


「研究所の先生が、あんまり長くは待てないって言ってたからなぁ。ミライト計画の裏の目的に気づかれたら、自分の国が消されちゃうって、日本に攻めてくる国だってあるかも知れないし。戦争までは行かなくても、二人とも拉致されて、危険の芽を摘むってことで殺されちゃうかも……」


 その言葉に、巧厳は不穏なものを感じた。


「長くは待てないって、……どのくらい?」


「計画の第二段階が開始するまで一か月以内って、おじさんたちは言ってた」


「い、一か月……。それじゃ、iPS細胞の研究が進むのも待てないじゃないか」


 研究が進んでいる万能多幹細胞も、一か月で実用レベルに到達することは難しいだろう。

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