体育館裏(3)

 すると、それまで黙っていた宿梨すくなしが声を上げる。


「……あのよォ。思ったんだけどさぁ」


「なんだよ、"やどなし"。ボクは今集中してるんだ。ちょっと黙っててくれるか」


 だが、邪険な扱われ方にも構わず、宿梨は続けた。


枯恋かれんちゃん、今、超能力者って何人ぐらいいるわけ?」


 枯恋が、暗記した内容を思い出すように虚空を見上げて答える。


「んーっとねぇ。実は、ミライト計画が発表される前から、もう隠せないぐらい増えてたんだよね。数にしたら、数百人はいるんじゃないかな? 血液検査の結果を見て、能力に目覚める確率の高い人には政府が声をかけてるみたいだし」


 始まりのミライトは、存在自体が人類に能力を目覚めさせる触媒となる。政府がミライト計画を推し進めているのも、超能力者が増えるのを止められない以上、一人でも多く管理下に置きたいという思惑があるからだと言われていたが……。


 宿梨がさらに訊く。


「超能力って、具体的にはどんな能力があるわけ? 性別を変えるみたいな、直接、体に作用する能力もあるみたいぢゃんか。もしかして、何でもありなのか?」


「何でもありではないけど、かなり種類があるのは確かかな。基本、現実を否定するって考えると分かりやすいかも。不規則事象イレギュラーを否定したり、性別を否定したり、ね。中には、次元の壁を否定して、二次元にいけるようになったって人もいるね! その人はアニメの世界に入りたかったみたいよ? 実際に力を使ってみたら、影みたいに薄っぺらくなっただけだったんだけどね。ふふふっ」


 さぞかし、無念だったろうと、巧厳こうげんは思った。アニメの世界に入りたいと思ったことはないが、小説の世界になら、巧厳も行ってみたいと思ったことは多々ある。


万骨ばんこつさん。言っておくけど、影は薄っぺらくないぞ。体から地面まで、光の当たらないところがすべて影なわけだから……」


 話の腰を折る巧厳をを無視して、宿梨が尋ねた。


「んぢゃさぁ、枯恋ちゃん。ミライトの中に、どっちも女にならなくても大丈夫っていう能力者とかいねぇの? 例えば、分身とか、合体とかさせる能力者とかさ。結構、無理が通るみたいだし、探してみたら、いるかも知れないだろ」


「それだっ!!」


 巧厳が振り返って、宿梨の肩を叩く。


「よくやったぞ、"やどなし"! それですべて解決だ!」


「おう、こら。"やどなし"って呼ぶんぢゃねぇって、何度言ったらわかる?!」


 顔をめいいっぱい歪め、宿梨はわざわざ下から巧厳をねめあげた。


 枯恋が口に手をあてて笑顔を見せる。


「さっき言ってた、もう一つの解決法っていうのも、能力を使うよ?」


「そ、それは死ぬんだろ? そうじゃなくて、どちらも死なないし、女にならないで済む能力者を、全国から探し出せば……」


 巧厳の言葉に、枯恋は困ったような顔をした。


「う~ん、研究所のおじさんたちは、なるべく早く二人に子供を作ってもらいたいみたいだからなぁ。ミライト計画を発表しちゃったせいで、あちこちの国から目をつけられてるらしいんだ。公式・非公式に、計画の全容を探られまくってるらしいし」


「あぁ……、一か月って言ってたもんな」


「クリスチャンの多い国は、特に反発が強いみたいだね。アメリカじゃ、メガチャーチが一斉に日本を非難してるし。もうすでに日本の輸出は大打撃を受けてるって。バチカンは沈黙を守ってるけど、もし公式声明を出したら、どうなっちゃうことか……」


「まったく! なんで政府は公式発表なんかしちゃったんだ。もう少し、騙し騙し時間を引き延ばしていれば、能力に頼らない解決方法を見つけられたかも知れないのに。まるで理に適ってない……!」


 巧厳が愚痴ると、枯恋はおかしそうに笑う。


「あはははははは! 巧厳くんって頭良さそうなのに、分かってないんだね。政府が理に適ったことなんて、するはずないじゃない」


「そ、それは……」


 ひどい言いようだが、何も言い返せない巧厳である。


「あたしのお腹に移せれば、ひとまずは安心なんだけどなぁ」


「万骨さん。せめて、ボクたちも始まりのミライトに会わせてもらったり出来ないのか? もしかしたら、ボクたちも異能に目覚めさせてもらえるかもしれないし……」


 現状を打破することのできる何らかの異能に目覚めることができれば――。かすかな希望を込めた、最後の願いだった。


「あー、それがねぇ……」


 そう枯恋がつぶやいた、その時――、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る