超越者(1)

「余に会いたいと申すか」


 どこからか、威厳に満ちた若い声が割り込んだ。


 巧厳こうげん宿梨すくなしが、一斉に声のしたほうを向く。枯恋かれんは頭に手を当てて『あちゃー』という顔をした。声は上空から降ってきている。


「ならば、喜べ。わざわざこちらから会いに来てやったのだ」


 見上げた先にいたのは高校生ほどの少女と、はかま姿の老爺の二人組である。


 顔は逆光になっていてよく見えなかった。


「おい、あれ……」


「いたっ」


 宿梨が巧厳の背中を叩く。


「おい!」


「なんだよ、分かってるよ! 浮いてるって言いたいんだろ!?」


 宿梨の手を振り払って、巧厳が叫んだ。


 突如現れた闖入者は、校内と校外を区切るフェンスの上空に浮遊していたのだ。


「どっちかが飛行能力を持ったミライトなんだろ! そんぐらい分かれよ!」


「うおお、すっげぇ! オレ、初めて超能力者見たわ!」


 その言葉に、枯恋が食ってかかった。


「あぁ~! 宿梨くん、さっきあたしにも初めてって言ったのに!」


「あ、いや、それはホラ、枯恋ちゃんのは能力自体を見たわけぢゃないからさ……」


 浮気男が誰に対しても同じ褒め言葉を使っているのがバレたら、今のようなやりとりになるだろうな、と、巧厳は思った。――話している内容はまったく違うのだが、宿梨の軽薄な性格を考えると、そうにしか思えない。


「……よろしいか?」


 それまで黙っていた老爺が、しゃがれ声で尋ねる。


「あ、どうぞどうぞ」


 自らを常識人と自負している巧厳が、進んで手招きをした。


「では、めい様。降下いたします」


 老爺の言葉と共に、二人はゆっくりと体育館裏に降りてくる。降り立った二人――いや、少女を見て巧厳は驚いた。正確には、その美しさに。単に美少女というだけなら、枯恋やしきで見慣れているから驚きはしなかっただろう。


 だが、その少女は――、


 天上の美。


 そんな言葉がふさわしい、異質の美の持ち主だった。枯恋の匂い立つような美しさとも、色の悪魔的な美しさとも、まるで質が違う。言うなれば、彫像の美だ。その肉に血が通っていると信じられないような、完成された絵画の美しさなのである。大理石のように白い肌に、体の美しいラインを損ねないほどの大きさの整った胸。色素の薄い唇といい、どこか、命の主張が乏しい。


「なんだぁ?」


 普段なら美少女と見ればすぐさま口説きにかかる宿梨が、怪訝そうに声を上げた。


「あのね、あの人がさっき言ってた始まりのミライト――石動いするぎ鳴さん」


 枯恋が遠慮がちに紹介する。


 鳴と呼ばれた少女が、大きく頷いた。


「うむ。紹介、大儀である。余こそが人たる種の未来を照らす者――石動鳴であるぞ」


「おい、なんだあいつ?」


 宿梨が呆気にとられたように巧厳を振り向く。


「知らん。ボクに聞くな」


「愚鈍よの。今名乗ったであろうが。して、そのほう。余と会って何とする?」


 どんどん話を進める鳴に、巧厳は頭を抱えたくなる。


万骨ばんこつさん、あの人が――始まりのミライトだって? じゃ、じゃあ、始まりのミライトって女だったのか?!」


「うん。……ちょっと、性格的に問題があるけど」


 どうにも、理解が追いつかない。鳴はそれを不服そうにして、巧厳に命じる。


「そのほう、余に会いたいと申したくせに、まだ分からぬか。それに、礼をわきまえぬと見える。早う、ひざまずいて頭を垂れよ」


 巧厳は助けを求めて、枯恋を見た。


「ごめんね、ああいう人なの」


 枯恋は片目をつぶり、手を合わせる。宿梨が、巧厳の肩を引き寄せて聞いた。


「なぁ、巧厳! なんだ、あいつ?」


「頼む、ボクに聞かないでくれ」


 二人とも、目は鳴のほうに向いたまま、頭の中は混乱しきっている。


「……おい、巧厳。テメェ、IQ一六〇もあるんだろうが。答えろよ」


「いいか、一六〇って言ったってな……」


 巧厳が知能指数の算出方法について説明しようと口を開いたところで、鳴が嬉しそうな声を出し、それをさえぎった。


「ほう。そのほうも、余と同じ数字とな。先日、戯れにウェクスラー式の成人知能検査を受けたところ、余も全検査IQが一六〇であった。急に親近感がわいたぞ」


「ウェクスラー式だって……?」


 巧厳は顔を歪めて、宿梨の手から逃れる。


「標準偏差は一五。しかも、一六〇となると……、それって最高値じゃないか!!」


「どういうこっちゃ?」


 宿梨がちんぷんかんぷんという表情で聞いた。

 そもそも巧厳のIQ一六〇というのは、ネット上にあった非公式のIQテストで出した数字である。学校のPC室でその成績を叩き出したものだから、噂が噂を呼んで、今ではIQ一六〇の天才ということになってしまった。


 もちろん、巧厳も頭が悪いわけではないのだが、より大きな数字の出るキャッテル式と呼ばれる算出方法で出した数字が一六〇だった。


「でも、あっちはウェクスラー式で一六〇……。これは全然意味合いが違う」


 宿梨はまるで分かっていない様子だ。巧厳は説明を続ける。


「平均点が三〇点と六〇点のテストじゃ、三〇点のテストのほうが難しいだろ?」


「あー、つまり?」


「標準偏差を同じ二四として計算しなおすと、あっちはIQ二〇〇の超天才ってことだ。測定が可能な最高値だから、実際はもっと上かも知れない。パーセンタイルなら、九九・九九七以上。あの人は人類の上位〇・〇〇三パーセントに位置する天才ってことになる。――でも、IQなんて子供の発達度合いを測るテストだし。実際の頭の良さなんて分かんないから。精神年齢を生活年齢で割るだけの単純な……」


 滔々と説明を続ける巧厳に、宿梨が直球を投げた。


「つまり、あっちのほうが頭がいいってこったな?」


「うぐっ! だ、だからっ! 実際の頭の良さなんて分からな――っ!!」


 巧厳が声を張り上げると、そこに鳴の声が割って入った。


「それは違うな。幼な子の発達度合いの検査に使われるのはビネー式だ。ウェクスラー式は、同年齢における知能水準を測るテストであろうが」


「う~っ……」


 冷静な突っ込みに、巧厳が轟沈する。


「――しかし、そのほうの言い分にも一理ある。確かに、IQなど戯れにすぎぬ。数字の大小よりも、何を成したかで人は語られるべきであろう」


 と、鳴は隣に立った老爺を見上げた。

 がっしりとした厳つい体格の老爺は、何も言わず、小さく頷く。

 そして、始まりのミライトは巧厳と宿梨に高らかに命じた。


「だから、そのほうら。余とともに参れ!」


「は、はぁ~?」


 巧厳の間の抜けた声が体育館裏に響き渡った――。

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