超越者(3)

「だが、余には時間がない」


 そう言って、めいは目を開け、ひたと巧厳の目を見すえた。


「ミライトの力は基本、一代限り。余の力で人々をミライトに変えることは出来るが、その力が子孫にまで受け継がれるかどうかは分からぬ。今まで、能力者同士の婚姻は例がなかったからの。能力者同士の子に必ず能力が受け継がれるならば、よし。だが、そうでなかったとしたら――、この機を逃せば、人類は"進化"の機会を半永久的に失う」


 巧厳こうげんはついに、鳴のやろうとしていることを理解してしまった。


(この人は――、たった一人で人類全体を"進化"させるつもりなのか!)


 話のあまりの壮大さに、巧厳は愕然とした。


 仮に、能力者同士の子供に能力が受け継がれるとしても、それだけでは人という種全体の進化には至らないだろう。能力者の絶対数は緩やかにしか増えないためだ。それでも、能力者の血脈を保つことが出来れば、未来にその課題を託すことが出来るが――、


(だけど――、人はそうなったら必ず能力者を迫害する)


 能力者たちがその能力を絶やさぬよう、能力者同士の婚姻を繰り返していれば、彼らは姻族になり、やがては"民族"となる。


 異質なものを排除することで、人類は身の回りの安全を保ってきた。異能を受けつぐ民族は迫害され、いずれは排除されるだろう。


「六二億人目で余が産まれたから、よし。しかし、余が産まれたこと自体がどれほどの確率であるかは、余にも分からぬ。もしかすると百兆人に一人の確率であったのが、たまたま運よく六二億人目で当たりを引いたのやも知れぬ。余が死ねば、次はないやも知れぬ」


 他人をミライトに出来る能力者が生まれるなど、一体どれほどの確率なのか、巧厳にも予測がつかない。能力が一人一種なのだとしたら、次はないかも知れない。


 巧厳は、鳴に問う。


「全人類がミライトになれば、迫害されることも、血が絶えることもないってことか。七〇億人もミライトがいれば、子孫に能力を継がせられる能力者も現れるかも知れない。そういった能力者が一人でも多いほど、人類の進化の可能性は残る。――いや、全人類がミライトになれば、それはもはや人類全体の課題になっているか。全世界で一斉に研究が進められ、解決策が導き出されるかも知れないと、そういうことだな」


「ようやく分かったか」


 鳴は満足そうに頷いた。


「余はこの生涯をかけ、一人でも多くのミライトを生まねばならぬ。例えそれが、多くの犠牲を伴うとしても、だ。そのためには、余の時間は絶対的に少ない」


 人が一生涯で出会える人数はどれほどなのだろう。鳴がどうやって他者に能力を目覚めさせているのかは分からないが、七〇億人すべてと会わなければならないのだとしたら、人一人の一生など到底短すぎる。


「あれ……、でも?」


 その時、巧厳は小さな疑問を覚えた。


「ボクたちの子供が、ミライトだって……」


 すると、鳴は嬉しそうに、巧厳に手を差し伸べる。


「左様。だからこそ、そのほうらは人類の希望なのだ。次世代での力の発現が予言された二人として。人類の"進化"の鍵を、そのほうらが握っておるやも知れぬ。それを政府の木っ端役人どもは、諸外国や、余に対する交渉の材料としてしか捉えておらぬ。余とともに参れ。ともに、人たる種の未来を切り開こうぞ」


 ――その言葉に、巧厳の心は激しく揺れた。


 どう考えても、正道は鳴のほうにあるとしか思えなかった。


「ボクは……」


 巧厳が考え込んだ、その時、


「あ・あ・あ・あ・あ!!」


 背後から、思わず身がすくむほど大きな声が轟いた。


「どうした、"やどなし"?」


「……んで、どうなった? 難しい話は終わりか?」


「お前、話を聞いてなかったのか?」


 巧厳は呆れ、宿梨すくなしをつま先からねめあげる。


 すると、宿梨はその場で小刻みにジャンプし、虚空に向かって拳を突き出した。


「おい、石動いするぎさんとやら。悪いが、オレはあんたぢゃたたねぇ」


「何を……?」


 超然とした表情は崩れないまま、鳴のこめかみだけがぴくりと動く。


「オレは枯恋ちゃんみたいに、腰はきゅっと細いのに、おっぱいがデカすぎて逆に太って見えるみたいな、ちょっと残念な女の子が好きなんだよ。生々しいっつうかな。あんたは綺麗すぎて、色気がねぇ。話も女巧厳みてーで、しちめんどくせぇしな」


 枯恋が後ろで「宿梨くん、ひどい!」と抗議の声を上げている。


「だけど、そっちの爺さんなら、オレをた勃たせることが出来るかも知んねぇぞ。イカツイしかめっ面は伊達ぢゃねぇんだろう? 爺さん」


 そうして、宿梨は指をくいくいっと曲げ、鳴たちに挑発のポーズをとった。


「何、喧嘩を売るようなこと言ってんだ!」


 巧厳が非難すると、宿梨は楽しそうに笑う。


「オレは、てめぇみたいに小賢しくねぇからな。難しい話はさっぱり分からん。分かっているのは、オレを捕まえたきゃ、力づくでこいってことだけだ」


 鳴が、一つ大きく息を吐いた。


「呆れた……」


「いえ、鳴様。元よりそのつもりで来たのです。予定通りでしょう」


 後ろに控えていたはかま姿の老爺が、鳴に進言する。


「……そうであったな、泰山やすやま。殺すなよ」


「承知」


 そう言うなり、泰山と呼ばれた老爺は鳴の前に進み出て無為自然の姿勢をとった。


「いやっ、ちょっと待てよ! ボクはもう少し、考えさせて……!!」


 巧厳が叫ぶ。


「諦めろ、巧厳。――いっくぞぉおぉおぉ!!」


 その巧厳の横をすり抜けて、宿梨は泰山に飛びかかっていった。

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