破滅の始まり(2)

『彰子か。そこに、万骨ばんこつさんのところのお嬢さんもいるな? それと、マルタイも一緒にいるのか?』


 受話器から緊迫した声を発しているのは、国土交通副大臣の真壁光之みつゆき。真壁障子の実の父である。


「はい、お父さん。みんな揃ってます」


『そうか。――テレビは見ているな。マズいことになってる。先程、北海道沖でロシアの艦隊が確認された。中国が先だって配備したばかりの空母も、接続海域にその姿を現しているみたいだ。総理は緊急閣僚会議を招集したが、妨害にあって果たせずにいる』


「え、それって……」


 かなりヤバい状況ではないのかと、巧厳こうげんは息を飲んだ。


『そこにマルタイがいるなら言ってくれ。もはや、時間を戻って石動いするぎめいの暴挙をなかったことにしてもらうしか、手はないかも知れんと。もっとも、決断してもらっても、二人の子供が能力を使えるようになるまでは十数年かかるだろうが……。それまでに日本がなくなっていなければ、希望はある』


「お父さん。石動さんは、どうなるんですか?」


『ここまでのことをしでかしたんだ。総理もご決断下さった。射殺もやむなしと、政府の見解は一致している』


「そんな……」


 彰子が絶句した。


『とにかく、急いでくれ。青山の近くの夜羽よはね大学病院に異能力者の専門医が待機してる。マルタイが縷々るる主張するようなら、強硬策もやむを得ん』


 それだけ言って、電話は切れてしまう。


「強硬策って……」


 巧厳は呆然とつぶやいた。


「あと十分ほどで病院に着きます。どちらが女性になるか決めておいて下さい」


「そんな……、むちゃくちゃだ!」


 淡々と告げられた言葉に、巧厳は絶望の思いでうめく。


枯恋かれんちゃん! 前に言ってた"死ぬほう"のやり方って、一体なんだ?」


 突如、宿梨すくなしが大きな声を出した。


 すると、枯恋は一つため息をついて、申し訳なさそうに答える。


「あれはね、二人が"肉体をもつこと"そのものを否定するの。意識や遺伝データなどの情報の塊に変えちゃうんだって。そこから必要な情報だけを分離させて、配合し、生物の型に流し込むの」


「よ、よく分からないんだけど、どういうこと?」


 巧厳が聞くと、枯恋は「あたしもよく分かってないんだけどね」と語り始めた。


「巧厳くんっていう人間をデータに変換するの。ゲームのキャラみたいにね。人一人分の頭脳と同レベルの処理ができるコンピュータは現在ではないから、プログラムになって意識だけで生きるってことも無理みたいね。ミライトの力が切れたらそれで終わり。ただし、能力を使うから成功率一〇〇パーセントらしいよ。でも、この方法は"無垢な生物の型"として赤ちゃんを一人犠牲にしなきゃならないっていうから、あたしはヤだな」


「エゲツないことするんだな……」


 非情かつ非人道的な方法である。その方法を考えついた者も、まさか本当に実行すると思って考えたわけではあるまい。しかし、もしかしたらその方法を採らざるを得ないかも知れないところまで、政府は追い詰められているようだ。


「要するに、ほぼ死ぬんだな? 気合いや根性ぢゃ、どうにもならないってわけか」


 宿梨は死ぬかもしれない条件も、気合いで何とかするつもりだったらしい。だが、今の説明を信じる限りでは、術後に存命する可能性は一片もないだろう。


「うん……」


 枯恋が困ったような顔で沈黙する。


「皆さん、着きました」


 重苦しい空気が漂う車内に、彰子の声が響いた。

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