夜羽大学病院
なし崩し的に、
「広いし、綺麗な病院だね。あ、ホラ、あそこ。天使の絵が飾ってある」
「巧厳、テメェが女になれよ?」
「何を! さっき思い出したけど、ボクは気絶する前に、
「オレは真壁ちゃんに抱きとめられた記憶があるんだがな。意識が薄れて、意識より先に能力が弱まったんぢゃねぇのか」
「むぅ……」
巧厳がうなったそのとき、
「やっぱり……、やっぱり、無理です!」
途端、巧厳が持っていた
「きゃっ!」
色がポスターから飛び出して、尻餅をついた。
「やっぱり、わたしできません。いくらお父さんの命令だからって、お二人とも望んでもいないのに、性別を変えられてしまうなんて。その手伝いなんて、できません」
彰子は「逃げて下さい」と二人をうながす。
「で、でも……」
「考えてる場合か。逃げねぇと」
躊躇する巧厳を、宿梨が引っ張った。
「そもそも、時間を操るミライトになんか頼らず、政府も問題なら自分たちで解決すればいいんです。例え戦争になって、無政府状態になったって、国民の不満が高まれば、必ずクーデターが起きてちゃんと政権を自分たちの手に取り戻してるんです。他の国ではそうしてます。日本だって、きっとそうなります。お二人だけに責任を押しつけて終わらせるようなこと、絶対に間違ってます!」
「それは……」
力説する彰子を、巧厳は思わずぼんやりと見つめていた。
そこへ、受付に行っていた枯恋が戻ってくる。
「ちょっとぉ~、おかしいよ。ここの人たち、話しかけても誰も反応しないんだけど」
尻餅をついた色を助け起こしながら、宿梨が「どういうこっちゃ?」と聞き返した。
「なんか、わたしたちが見えてないみたい。みんな、どうしちゃったんだろう」
枯恋が不安そうにあたりを見回す。
「あ、あれ?」
そのとき、巧厳は周りの人々がぼやけたように感じた。
しかし、そうではない。奥からくる超越的な存在感に圧され、人々がかすんで見えたのだった。病院の奥から、見知った二人が歩いてくる。
「宿梨。そのほう、余に忠誠を誓ったのではなかったか?」
その問いかけに、すくんだように宿梨が硬直した。
「――
たっぷりと二呼吸ほど置いて、宿梨が呼びかけの主に応える。
奥から現れたのは
「
「師匠……。わりぃな。決着がつかなくてよ」
宿梨の言葉に、枯恋が噴き出す。
「宿梨くん、今、師匠って……」
「あぁ。泰山の爺さんにこてんぱんにのされてから、鳴さんの隠れ家でちょっと稽古とかつけてもらったりしてよ。弟子入りってわけぢゃねぇが、勝手にそう呼んでる」
それでか、と、巧厳は呆れながらも納得した。
宿梨はやはり、動物のように強い者に従っていたのである。
「まったく、単純な……」
「うっせぇぞ、巧厳。つええ人を尊敬して何が悪い」
話が逸れそうになったところで、泰山が大きく一つ咳払いした。
「この病院に来たっちゅうのは、寝返った、っちゅうことじゃの?」
「別に、そうぢゃねぇよ。ただ、オレにもどうしたらいいか分からなくてよ」
宿梨が答えると、鳴は抑揚のない調子で告げる。
「悪いが、予定が変わった。そのほうらには、死んでもらう」
「なっ」
巧厳は絶句した。
鳴はどこか淋しそうにも見える表情で続ける。
「政府は、余の存在自体をなかったことにしたいということであろうの。余の射殺命令が出ておることが、何よりの証左であろう」
「そ、それはちょっと、結論が早すぎるんじゃないかな?」
巧厳の言い分に、鳴はしかし残念そうに首を振った。
「そのほうらが生きている限り、余の存在を消される可能性は残る。天寿を全うできたとしても、余が産まれる前に戻ってしまえば終わりなのだ。これ以上、政府とそのほうらを奪い合うだけの余力も、残念ながら我らにはない。死んでもらうしかないのだ」
「そういうことじゃ。観念せぇ」
泰山が無表情に告げる。
そのとき、彰子が「走って!」と叫んだ。
瞬間、病院の床が盛り上がり、巧厳たちと鳴たちの間を阻む壁となる。
「真壁さんの能力って、そんな使い方もできるんだ……」
巧厳が驚いたのも束の間、盛り上がった床の一部が、まるで巨人に踏み潰されでもしたように、ベキベキと音を立てて平らになった。
「泰山。女どもは任せた」
「承知」
頭を下げた泰山が手を向けるのと同時に、枯恋、彰子、色の三人は、まるで廊下の奥が下になったように水平に『落ちて』ゆく。
「さて、残るはそのほうらだが……。そのほうらには、余が直々に死をつかわす」
鳴が笑った瞬間、巧厳と宿梨の体が、何もない空中に放り出された。
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