戦闘開始

 しきが声を張り上げる。


「ちょっとー、お爺ちゃん! ウチは関係ないんだから、酷いことしないでよ!」


「そりゃ、すまんかったの。嬢ちゃん」


 泰山やすやまはそれから、枯恋かれん彰子しょうこに目を移した。


「もう、また泰山さんなの!」


 枯恋がおかしな怒り方をする。


「月二お爺ちゃん、二人をどこへやったんですか?」


 彰子が静かに聞いた。


「それにゃ、答えられん。わしの役目は、おめぇたちを足止めすることじゃけえ」


「通してもらいます。幸い、二人とも月二お爺ちゃんの能力とは相性がいいですし」


 彰子の宣言に、しかし泰山は淡々と答える。


「嬢ちゃんらの能力はそんなに遠くまで届かんけ、そげぇに怖くねぇ。真壁まかべの嬢ちゃんはフィジーだから少し広くて五~六メーター。万骨ばんこつの嬢ちゃんはエニアじゃけぇ、ちょいと狭くて二~三メーターちゅうところじゃねぇんか?」


「じゃ、泰山さんは何メートルなのよ!」


 枯恋が聞いた。


「わしか。わしゃ、二〇メーター弱っちゅうところじゃの」


 そう言うなり、泰山は少女たちに手を向ける。


 すると、泰山の後ろに置かれていた椅子や長机が一斉に少女たちに襲いかかった。





 巧厳こうげん宿梨すくなしの二人は屋上に放り出されていた。


「しゅ、瞬間移動した?」


 巧厳がうろたえていると、めいの冷たい笑い声が響く。


「瞬間移動ではない。病棟に、そのほうらを匿うことを禁じたまでのこと」


「どういうことだ?」


 すると、宿梨がそれに答える。


「いいか、巧厳。よく聞け。鳴さんの能力はルール・キャンセラー。神の定めを打ち破る能力の持ち主っつう話だ」


「る、ルールって……!」


 彰子しょうこからミライトの力について多少聞いていた巧厳は慄然とした。


(そんなの、どうあっても勝てないじゃないか!)


 概念を否定できるエニア領域の能力の中でも、ルール否定となるとおよそ"何でもアリ"に近いものがある。巧厳たちが生きて帰れる見込みは万に一つもないだろう。


「いかにも。余こそは石動いするぎ鳴――世界の支配者ルーラーたる者ぞ」


 宿梨の紹介に、鳴が胸を張った。


 そのとき、巧厳の頭にふと邪悪な考えがよぎる。


(宿梨を差し出せば、ボクは助かるんじゃないか?)


 どちらか片方でも死ねば、それで子供は産まれなくなるのである。


 宿梨の背中を見つめていると、宿梨が振り返らずに言った。


「いいか、テメェが自分だけ助かろうなんて考えてるのはお見通しだ」


「うぐっ! ……うっ、うっさいな。ボクにはキミみたいな能力なんてないんだ。自分の保身を第一に考えて当然だろうっ?!」


「まぁ、そりゃ、否定はしねぇがよ。ミライトなんてなまじ何でもできるだけに、鳴さんは念には念をいれると思うけどな」


「んぬ、ぐぅ」


 巧厳の口からおかしなうめき声が漏れる。


「それに、一人で逃げようったって、ドアは開かんぞ。鳴さんはおそらく"病院"自体にオレたちを逃がすなって命じてるはず。誰もオレらに気づかなかったのも、"病院"って存在そのものに、オレらを無視するように命じてたんだろうな」


「そ、そんなことまで出来るのか……」


 存在自体にルールを強要できるとなると、ますます"何でもアリ"だ。


 逆に、巧厳は鳴の今までの行動が分からなくなった。


「石動さん。一つ聞きたいことがあるんだけど。どうして、ミライトたちに渋谷で一般の人たちを虐殺するように命じたりしたんだ?」


「ふむ。もはや教えても差し支えあるまい。余は、騒ぎを起こせと命じただけ」


「じゃ、あの虐殺はミライトたちの独断だっていうのか!? あの、宇田川町に散らばったバラバラの死体を見てないのか!」


 あまりに無責任に思える発言に、巧厳は一瞬鼻白む。


「そうではない。あれも、そういうミライトの能力よ。ただ、余は政府を混乱させるのが目的であっただけに過ぎぬ。配下の者たちはうまくやってくれた。他の場所でも、一人も死人は出ておらぬはず」


「え……?」


 巧厳は勢いをふいにされ、ぽかんと口を開けた。


 鳴の行動は自分の首をしめよう、しめようとしているとしか思えなかったからだ。


「余が手を汚さず、配下の者に手を汚させるわけにもいくまい。余は今日、そのほうらを処刑することで最初に禁忌を侵す。これから余は、死地へと向かう。殺さずという誓いを守り通すことは難しいであろう。ならば、そのほうらをこの手で殺して、余についてくる者たちに覚悟を示さねばならぬ」


「な、なんで、自分から死に急いでるんだ? 自首すれば生き永らえる道だってあるかも知れないじゃないか。それを……」


「余はすでに大義のために命を賭している。それが果たせぬならば、いっそ死ぬまで」


 鳴が宣言した。


 しかし、巧厳はその言葉に欺瞞の匂いを感じ取っていた。


(そうだよ、大義のためだって言うわりには、石動さんのやり方はまるで目的と合致していないんだ……。何か、他に理由が……)


 巧厳が思考に没しかけた、そのとき。


「そのほうらの死こそ、余の決意の証。甘美な声で断末魔を聞かせよ!」


 巧厳の体が恐ろしい勢いで上空にすっ飛んだ。

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