ミライト計画

「あのね、二人とも『ミライト計画』って知ってるでしょ?」


 普段ならば「質問に質問を返すな」とでも言うだろう巧厳こうげんは、口から魂でも抜けたかのようにまったく反応を見せない。枯恋かれんの問いに宿梨すくなしが答える。


「ええっと、確かあれだろ。今年の始めごろ話題になった、超能力者を探すとか育てるとかっていう政府の計画。あれのおかげで、みんな健康診断で血を抜かれたんだよな」


「そうそう、そんな感じ! もうね~、国内では結構見つかってるんだよ、ミライトさんたち! すごい人だと、炎の剣とか振り回しちゃったりするんだから! 他にも、一瞬でけがを治しちゃう人とか、他人を動物に変えちゃう人とか、いろいろ!」


「ほぇーっ。ミライトっつうんだっけ? 超能力者たちのこと。あれな~。いかにも、役人のオッサンがその場のノリで考えましたっつう、意味不明なネーミングだよな」


 ――その言葉を聞いて、巧厳が霊界から舞い戻った。


「分かってないな。あれは『未来人』と、未来を照らす『ライト』の二つを組み合わせたダブルミーニングだぞ。別に悪くないネーミングだと思うが」


「はぁ? お前って、センスねぇな!! そんなの、単なるオヤジギャグぢゃねぇか」


 その言葉に、巧厳の片眉がぴくりとつり上がる。


「ふん。喧嘩ばかりしてニュースも見ていないんだろう。知らんだろうから教えてやる。あれは人類の未来を切り開くべき、一人の異能力者のことを指している。ホモサピエンスの一九万五千年の歴史、そして、現代の人類七〇億人の多様性は、たった一人の『ミライト』を産むための、果てしないトライアンドエラーの副産物だと言われている」


「あははっ、巧厳くん、頭いいねぇ~!」


 枯恋が嬉しそうに手を叩いた。宿梨が怪訝そうに巧厳の顔を見つめる。


「……トライアンドエラー? 意味分かんねぇよ」


「要するにだ。DNAのイタズラによって、"偶然"、異能力者が産まれるのを、人類は二十万年も待ち続けていたっていうことだ。いや、今までにも何人か異能力者は生まれていたのかも知れないけど、彼らの力は一代限りでしかなかった。しかし、『ミライト』は違う。――彼は自分以外の者にも、異能を目覚めさせることができた。彼の力によって異能に目覚めた人間もまた、人類の未来を照らす『ミライト』と呼ばれるのさ」


 訳知り顔で巧厳が説明を終える。すると、宿梨がぷっと噴き出した。


「……だから、そのネーミングがセンスねぇな、って言ってんぢゃん」


「分かってないな、キミは。その言葉に込められた遠大な意味を」


「お? やるか?」


 宿梨が歯をむき出しにして巧厳を威嚇した。すると、枯恋が楽しげに笑う。


「ふふっ。おじさんたちは『ミライト』って名前気に入ってるっぽいけど。あたしたちはもっと他の呼び方をしてるよ!」


 巧厳と宿梨の視線が枯恋に向けられた。


「あたしたちは、もっと単純に、打ち破る者キャンセラーって呼んでるよ! 神さまが決めたプランをキャンセルできる人っていう意味だって」


「"あたしたち"? どういうこっちゃ?」


 宿梨が首をかしげる。……巧厳が、静かに問うた。


「……そろそろ教えてくれないか? 二人の子供って、どういう意味だ?」


 枯恋は笑みを崩さず、ゆっくりと教え諭すように話し始める。


「あのね。『ミライト計画』は人類の究極の目的のために始動したの。人類は始まりのミライトの力によって、神さまの定めた『法則ルール』の壁を打ち破ってみせた。そして――、今度は定められた『運命』の壁を破ろうとしている」


「だからっ! どういう意味だって……」


「もう! ちょっと、黙ってて!!」


 口を挟む巧厳に、枯恋は真剣な調子で声を荒げる。


「ごめんね。せっかく憶えてきたの、忘れちゃいそうなんだもん。あのね、最初のミライトは他人の能力を操ることのできる能力者だったわけでしょ? 次、あたしたちが求めているのは運命――すなわち、『時間』を操ることのできる能力者」


「時間だって?」


 今いちピンときていない様子で、宿梨が尋ねた。


「そう。過去に戻って一つの民族を滅ぼすことも、栄えさせることも思いのまま。人類を消滅させかねない諸刃の剣。だけど、幾度となく繰り返されてきた争いの歴史に終止符を打つことができるかも知れない、あたしたちすべての希望でもある。――その希望が、あなたたち二人のDNAに宿っているの」


 少しばかり潤んだ枯恋の声に、巧厳と宿梨の息がぴったり合う。


「オレたちの?」


「DNA?」


 すると、枯恋は満面の笑みを浮かべて、二人に飛びついた。


「そう! だから、あなたたち二人の子供、ちょうだい!」


 枯恋にほほを寄せられ、宿梨はまんざらでもなさそうな表情を浮かべる。


「ちょ、ちょちょちょちょっと待った!」


 枯恋の腕をひきはがし、巧厳が叫んだ。


「ボクたちのDNAにその力があるとこまではいい。そのボクたちのDNAを引き継いだ子供ってのを、どうやって産むんだよ? だって、ボクたちは二人とも"男"だぞ?」


「うん、だからね。どっちか片方に、キャンセラーの能力で、女の子になってもらって……」


 ――瞬間、二人の声がきれいに調和した。


「「断るっ!!」」


 巧厳が全身に鳥肌を立てながら叫ぶ。


「断るっ! 断固として断るっ!」


 宿梨も、怒りの声を上げる。


「男に手を出すほど、女に困っちゃいねーよ!」


「無理! 絶対、無理! こんなバカとの子供なんて、ボクの遺伝子が穢れる!」


 混乱のためか、巧厳はどこかズレた抗議を口にした。


「ありえねぇ! その選択肢だけはありえねぇ! こいつとだけは、例え美少女になったとしてもヤりたくねぇ!」


「失敬な! ボクだって、キミとなんか肌を合わせたくはないね! 汚らしい。性病でも感染うつったらどうする!?」


「そういう問題ぢゃねぇだろ!」


「とにかく! ボクは結婚までは純潔を守るって決めてるんだ。どんな美少女が相手でも御免なのに、キミが女になったら、さぞかし骨太のオトコオンナになるだろう!? 絶対に嫌だ!!」


「オレも嫌だよ、バカヤロー!!」


 体育館裏に、二人の阿鼻叫喚が響く。


「まぁまぁ。女の子もいいもんだよぉ~。みんな優しくしてくれるし」


「そういう問題ぢゃね――っ!!」


 宿梨が絶叫する。


 それは枯恋が稀に見る美少女だからだろう、と巧厳は心のどこかで思った。


 枯恋は二人の悶絶を無視して続ける。


「でもさぁ~。日本国政府の威信を賭けた、すでに数千億の予算と数万の人たちが動きはじめてる一大プロジェクトの主幹事業だし。多分、逃げられないと思うなぁ。――あ、それで、これ。封筒の中に、詳しいことが書かれた資料が入ってるから」


「ひぃっ!」


 枯恋が手渡してきた封筒を、巧厳は汚いものに触れたように投げ捨てた。だが、枯恋はすかさず封筒を拾って巧厳のポケットにねじ込む。


「じゃ、また来るから、それまでに読んでおいてね! あたし、これから塾なんだ!」


 そう言うやいなや、枯恋は宿梨にも封筒を渡し、にこやかにその場から立ち去った。


「い、い、いやだぁぁぁ~~~!!」


「う、う、う、うぎゃぁぁぁぁぁ~~~!!」


 巧厳も宿梨も、心からの嫌悪を叫びにのせ、互いに別方向へ走り去っていく。


 放課後の体育館裏に、枯恋(と、一人は巧厳)によって転がされた野球部員たちだけが残された――。

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