万骨枯恋
気を取り直すのが早かったのは、
「……お、おぉ。話が早くていいね。ぢゃ、今からホテル行く?」
そう尋ね返す宿梨の表情も、まだ戸惑いの色を隠しきれていない。その時、
「いや、待った。その子はボクに『用事がある』と言ったんだ。つまり、さっきのあの言葉はボクに向けて言った言葉だろう。お前に言ったんじゃない。――もっとも、ボクはお断りだけどな。高一なのに子供なんて、人生終了だ」
巧厳がそう言うと、宿梨は大げさに驚いてみせた。
「ハァ?! ないないない。いい、
「お前は本当にバカだな。お前は子供が出来ても最悪トンズラすればいいと思ってるかも知れないけど、この子は逃げられないんだぞ。女に冷たいのはどっちだ」
「ハ? テメェのほうこそ、子供作るって言葉を深読みしすぎてんだよ。単にそんぐらい激しくエッチしたいって意味だろが。オレは避妊ミスなんてヘマはしねぇ。コンドームをつけんのは挨拶と同じだろ」
「バァカ。百パーセント確実なんて避妊方法なんかないんだよ。現に、コンドームの避妊失敗率は一四パーセントにのぼる」
「テメェがバカだろ。それは正しくつけなかった場合、しかも、一年普通にセックスして失敗する確率が一四パーセントって意味だろーが」
巧厳は宿梨の言葉に驚いた。危機感を煽るため、わざと「一年以内の」避妊失敗率とは言わなかったのだが、宿梨は巧厳の欺瞞を暴いてみせた。説得するには、攻め手を変える必要があるかも知れない。そのように考えたところで、巧厳は思い直す。
(……いや、中二でセックスしたいなんて言ってるバカ女を、わざわざ助けてやる必要はないかもな。こんなやつら放っておいて、さっさと帰るか?)
巧厳と宿梨がにらみ合っていると、枯恋がおずおずと「あのォ」と口を挟んできた。
「ん? どうしたの、枯恋ちゃん」
剣呑な表情をすぐさま隠し、宿梨が枯恋に向き直る。すると、枯恋は申し訳なさそうに次の言葉を続けた。
「あのね、その、『あなたたち二人の子供が』欲しいんだけど……」
「え、それって、どういう……?」
宿梨が、笑顔のまま再度固まった。一方、巧厳は純情そうに見える少女の発言に、心底呆れかえっていた。
(中二でボクら二人とセックスしたいだなんて、どうかしてる。そもそも、なんでボクらなんだ? 今日会ったばっかりだって言うのに)
吐き気でもこらえているように口元を隠し、不快感をあらわにする巧厳の横で、宿梨が拳骨で手のひらを叩くという古典的な『理解』のジェスチャーをする。
「あー! 要するに、3Pってこと? こいつと、オレと? んー、まぁ、こんなやつと一緒ってのは最悪だけど、三人で楽しみたいってんなら、オレは……」
巧厳の片眉がつり上がった。
「バカなのか、キミたちは!?
「おー、おー、破廉恥ときたかよ。いつの時代の人間だ、てめぇは。そんなのぁ、本人の心がけ次第だろ。若いうちに子供産んでも、立派に育ててる母親だっているだろうが」
「そんなのは一握りだっ」
思わず怒鳴る巧厳を、揶揄するように宿梨は笑う。
「枯恋ちゃんがその一握りになれないって決めつけるのは、失礼なんぢゃねぇのか?」
「リスクの期待値を計算しろ。その一握りになれたところで得られるのは、『他の母親も授かる子供を、少々早く授かることができる』というメリットだろ。一方、その一握りになれなかった多くの母親は、『青春を犠牲にする』というデメリットを得る。果たして、その一握りになれるかどうかというのが、分のいい賭けだと思うか?」
「あ・あ・あ!! さっきから、っせぇな、クソが!!」
ついに手が出た。
宿梨が巧厳のワイシャツの襟をつかみ、眼鏡の奥をねめつける。
「んふふっ。まったくもう、二人とも何言ってるのっ!」
その時、それまで事の成り行きをおかしそうに見つめていた枯恋が、二人の間に上体をすべりこませた。
「二人ともエロすぎ! あたし、キスは三か月以上、そぅゆうのは八か月以上、ちゃんとお付き合いした人とじゃなきゃしないって、決めてるんだからっ!」
枯恋がいたずらっぽく笑う。
そもそも、結婚まで性行為は慎むべきという考えの巧厳は、八か月という数字に微妙な表情を浮かべた。一方の宿梨は、あからさまに落胆した表情を浮かべて、物欲しそうに枯恋の顔を見つめている。
「んぢゃ、子供が欲しいってのは?」
宿梨が問うと、枯恋はにっこりと笑って、右手の人差し指を口元に当てた。
「あのねぇ。あたしと、あなたたちの子供じゃなくってぇ……、」
「うんうん」
巧厳と宿梨の二人が、枯恋の言葉を待って身を乗り出す。枯恋は二人から離れるようにくるっとターンした。
「巧厳くんと、宿梨くんの、『二人の間に産まれた子供』が欲しいの!」
振り向いた枯恋が、人差し指を立てて、勝ち誇ったように宣言する。
――ぽかーん、と、おそらく誰にも見せたことのないような間抜け面で、巧厳は固まった。
十数秒ほどの間、三人はそのままの体制で停止している。宿梨は、右目と左目を交互に見開き、複雑な表情を作っていた。吹き抜ける風に秋のにおいがする。あ、今日の夕飯は秋刀魚にしよう。ここ数日、家では食事当番の巧厳は、そんなことを思っていた。
「はぁ」
やがて、ため息とも相槌ともつかない声が、巧厳の口から洩れる。
「つまり……、どういうこっちゃ?」
宿梨が、『理解不能』を全面に押し出した表情で枯恋に尋ねた。
それらの反応に対する応えは、しかし、答えではなかった。
「あのね、二人とも『ミライト計画』って知ってるでしょ?」
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