第一章 巧言令色
令くんと仁くん(1)
九月。
文化祭準備期間であるためか、どことなく浮ついた空気漂う
「ずっ、……ずっと前から好きでしたっ! つっ、付き合って下さい!」
一重まぶたに面長な顔をした素朴な雰囲気の少女が、まるで校長先生から卒業証書でも受け取るようなポーズで、両手を突きだした。その手には卒業証書ではなく、きらきらと光るハートのシールが貼られた、ピンクの可愛らしい封筒が握られている。
――ぎゅっと目をつぶり頭を下げる少女の頭上に、これみよがしな溜め息が降った。
「あのさぁ」
「はぁっ、はいっ」
少女は顔を上げることも出来ず、まだ卒業生のポーズで固まっている。
「この封筒、一体何?」
「……え? あ、あの、」
少女は恐る恐る顔をあげ、溜め息の主である長身の少年を仰ぎ見た。
眼鏡の奥の切れ長の目に、理知的な光を宿らせている。どこか冷たい印象を与える顔立ちは、それだけ整っている、ということなのだろう。
「あの、こ、これは、その、ラブレター……です」
少女の声はかすかに震えている。徹夜して何度も書き直したラブレターだった。少年の機嫌を損ねるようなことでもあったのだろうか。不安のためか、少女の首がかしぐ。
「ラブレター。ラブレター、ね」
そうつぶやたまま険しい顔をしている少年に、少女は愛想笑いを浮かべてみせる。
――眼鏡の奥の鋭い眼をぴくりとも動かさずに、少年が口を開いた。
「それってさぁ、――意味、あんの?」
「え……?」
少女は少年の言葉が理解できない。
「だってさ、今告白したばかりなんだから、想いを告げるという目的はすでに達成されているわけじゃん? なんで、さらにラブレターまで用意してんの?」
「――は、はぁ」
あまりと言えばあまりの言葉に、少女の思考が一瞬停止した。
「その中に書かれていることだって、おそらく、いかにボクのことが好きなのか、とか、どこが好きなのか、とか、結局、『あなたを好きである』ということよりも重大な情報は書かれていないんだろう? ――だとしたら、その手紙は無駄じゃないのか」
想いのたけをこめたラブレターを「無駄」の一言で片づけられて、少女の顔色が途端に蒼白になった。そんな少女の心中など察するそぶりも見せず、少年はなおも続ける。
「キミがボクのことを好きであり、お互いに他の異性との交誼を結ばない、身体的接触を図らないという条件においてボクとの交際を始めたいという、最も重要な情報はすでに伝わっているんだから、それに付随する情報は、交際の申し込みを拒絶された場合――ありていに言うなら、キミがフラれた場合、伝えるだけ無駄になるということだよね。なら、先にボクの答えを聞いてから、必要に応じ、適宜、情報を開示した方が無駄がないんじゃないか。もちろん、ボクの答えは『NO』だ。ボクはそういう無駄が大っ嫌いなんだ」
玲瓏とした顔立ちの少年をまじまじと見つめ、少女は何も言えずにいた。
「それから、キミはさっきボクのことを『ずっと好きでした』と言ったよね? だけど、おかしいな。ボクの記憶じゃ、キミと出会ったのは高校に入学してからのはずだが。五か月というのは、『ずっと』っていうのかな?」
「そ、それって……」
少年の指摘に、少女は口ごもる。
「それとも、キミは中学時代からずっと、ボクのことをストーキングしていたのかな。だとしたら、元々『NO』だったけど、さらに、断固として、答えは『NO』だ。そもそも、キミは月初の実力試験で、あまり誉められたものじゃない点を取っているだろう。あの試験、五教科の平均点は三〇三点、中央値は二九九点だったけど、キミはそのどちらよりも低い点数だったはず。学生の本分は勉学のはずであり、ボクらは義務教育を終えて高校生になったばかりだろう。勉強する気がないなら、高校に通う意味はないと思うんだが。キミに色恋沙汰にうつつを抜かしている余裕があるんだろうか、ってボクは言いたい。それに……、」
「ひどい……」
少年の言葉を最後まで聞かないうちに、少女の目から大粒の涙がこぼれた。
「
「ひどいだって? キミだってフラれる覚悟はあったんだろう? ならば、覚悟していた予測が現実になっただけだろう。ボクはただ、キミが納得するよう、キミと付き合えない理由を説明してあげているだけだ。キミは、自分の思いどおりにならなかったら、原因となった相手を非難するのか?」
顔を覆って泣きじゃくる少女に向かって、少年――巧厳
「泣いたところで、キミの思い通りには――、」
巧厳がむすっとして呟いた、その時、
「きぃ――――ひっひ!!」
猿の鳴き声にも似たかん高い笑い声が、体育館裏に響いた。
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