第六章 ネズミ一匹

田中里子

 九月。


 文化祭準備期間であるためか、どことなく浮ついた空気漂う祭文さいもん高校。その体育館裏に少女のか細い声が響いた。


「ずっ、……ずっと前から好きでしたっ! つっ、付き合って下さい!」


 一重まぶたに面長な顔をした素朴な雰囲気の少女が、まるで校長先生から卒業証書でも受け取るようなポーズで、両手を突きだした。その手には卒業証書ではなく、きらきらと光るハートのシールが貼られた、ピンクの可愛らしい封筒が握られている。


 ――ぎゅっと目をつぶり頭を下げる少女の頭上に、これみよがしな溜め息が降った。


「あのさぁ」


「はい、なんですか?」


「田中さん……だったっけ。あのさぁ、クラスのみんながついて来てるの、バレバレなんだけど。何これ、イジメ? 罰ゲーム?」


「はぁ~~」


 巧厳こうげんが問うと、少女は大きく溜め息をついた。


「バレてた~! みんな撤収~!」


 すると、体育館の陰に隠れていた生徒たちが「なんだよ~」「ドッキリ失敗~」などと言いながら、巧厳を取り囲む。


「あ、勘違いしないでよ。イジメとかじゃなくて、巧厳くんが二学期になってもみんなと関わろうとしないから、ちょっとからかってやろうって。キッカケだよ、キッカケ」


 確か、田中里子と言ったであろう少女が冷静に言った。――その口調には巧厳に対する恋心など微塵も感じられない。


(微妙に、世界が変わっている……?)


 将成――巧厳と宿梨すくなしの息子と名乗る少年が能力を使い、気がつくと巧厳は実家の自室で眠っていた。朝起きてテレビを確認し、枯恋かれんと初めて会った日にまで時間が戻っていると知った巧厳は、狐につままれたような思いで登校して、今に至る。


 呼び出されたので校舎裏に来てみたものの、前回のような展開にはならず、巧厳は同じクラスの生徒らにもみくちゃにされることになった。


「おい、巧厳よぉ~。ミライト科の成績が悪いからって、オレらもバカにしすぎたよ。悪かった。謝るから、クラスみんなで文化祭は盛り上がろうぜ」


 一人の男子がそう言って巧厳を叩く。


「ちょっと待って。なんだその、ミライト科って?」


 不審に思って尋ねると、他の生徒が揶揄するように言った。


「お前さぁ、成績が悲惨だからって、なかったことにしようとしてんじゃねぇよ。お前は成績悪いのに、偉そうだから友達が出来ないんだよ」


「まぁまぁ、時々イラッとくるのは分かるけど、そういうのは収めてみんな仲良くやっていこうぜって決めただろ。巧厳だってクラスの一員なんだからさ」


「そうだけどよー」


「それにさ、ほら。巧厳はミライト科以外の成績はいいほうじゃん。人は誰でも一つは良いところがあるもんだよ」


 いぶかしむ巧厳を置いて、勝手に話が進んでいく。


「でも、なんだってあんなに能力が弱いんだろうな、巧厳って。精度も悪いし、使い道がねぇじゃん。本当にミライトなのか? って疑うレベルだわ」


「どんな能力でも価値がある。その価値を見出すために祭文高校はあるって、校長先生も言ってただろ。ソーマのやつだって、エニアに比べたら汎用性ないけど、代わりに精度や効果範囲を上げて、人の役に立とうと頑張ってるし。巧厳だって、努力して精度や効力を上げれば、何かに使えるかも知れないだろ」


「まぁ、可能性がないとは言えないけどよー」


 巧厳は生徒たちに背中を押され、体育館裏から連れ出された。


(どういうことだ? 全人類がミライトになったってことか? でも、その割には大して変化がないようにも思えるが……)


 そこで、ふと気になって生徒たちを問い質す。


「そ、そうだ。"やどなし"はどうなんだ? あいつの成績は?」


 巧厳が聞くと、生徒らは一斉に巧厳を非難するように見た。


「お前なぁ。宿梨くんがその呼び方嫌いなの、知ってるだろ。クラス一の優等生にそんな口の聞き方するから、みんなに無視されてるんだぞ」


「そうだよ、巧厳。宿梨くんはうちのクラスで唯一のエニアなんだから。お前とは出来が違うんだぞ。偉そうにするのも大概にしろよ」


「あ、いや、巧厳も一応エニアだよな。一応……」


 生徒たちに口々に叱られ、巧厳は閉口する。そのとき、校内放送がかかった。


『一年A組、巧厳れい君。一年A組、宿梨じん君。お客様が来ております。至急、校長室まで来て下さい。繰り返します。一年A組、巧厳令君。一年A組、宿梨仁君~……』


 話題の二人が校長室に呼ばれ、生徒達が不思議がる。


(この二人が呼ばれるってことは……)


 そもそもの発端になった枯恋の持ってきた封筒を思い出し、巧厳は一瞬震えた。


 巧厳の肩を男子生徒が叩く。


「何やらかしたか知らんが、頑張ってこいよ~」


「羨ましいなぁ~。校長先生と話せるの。超美人じゃね?」


「ほら、さっさと行って来い!」


 そんな軽口に見送られて、巧厳は校長室へと送り出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る