運命の子
屋上に駆けあがった
「なにあれっ?」
光を中心に暴風が吹き荒れ、枯恋の長い黒髪を後ろになびかせる。
「枯恋ちゃん、あれ!」
枯恋は光の中から現れんとしている、小さな人影に目を奪われていた。
*
光が消えるのと同時に、風もぴたりとやむ。
光が消えた後の屋上には、見慣れない一人の少年が立っている。年齢は七~八歳くらいだろうか。どこか巧厳にも似て、鋭く流麗な目をしている。一方で、豪快な口元は
巧厳は突如現れた少年を、ぽかんと見つめていた。
「初めまして、パパたち」
少年が飛び切りの笑顔を見せる。
「パ、パパたちだって?」
巧厳の間の抜けた声に、少年は嬉しそうに笑った。
「そう。ぼくの名前は
「はぁ、将成……?」
「息子、だと……?」
巧厳と宿梨が呆然とつぶやく。
「では、そのほうが」
「そうだよ。ぼくがアデュナトス。時間を司るミライトだよ。初めましてだね、この時代の鳴オバさん」
「――余を知っておるのか?」
「もちろん。色々と良くしてもらってるからね」
「では、余を消しに来たのか」
すると、将成と名乗った少年はふるふると首を振った。
「消しちゃうだなんて、そんなことはしないよ。ただ、この時代からは消えてもらう」
「ふむ、いっそのこと、人など一人もいない時代に行きたいものよ」
鳴が悲しそうに告げる。少年はいたわるような笑みを浮かべた。
「この時代の鳴オバさんは、まだ子供だったんだよね。お父さんかも知れない人に認めてもらいたくて、でも、できなくて。悲しくて、こんな騒ぎを起こしたんでしょ」
「なぜ、そのように思う」
「だって、本人から聞いたもの」
将成はおかしそうに笑った。
「さぁ、ぼくの存在が確かなうちに、オバさんにはちょっと冒険をしてもらう」
「冒険だと?」
「そう。さぁ、目を閉じて……」
瞬間、鳴の体が薄らと発光し始めた。
再び、暴風が吹き荒れる。その場にいた全員が、目を開けていられないほどに風はどんどん強さを増していった。やがて風がやみ、巧厳たちが目を開けたときには、鳴の姿は屋上のどこにもなかった。
「け、消したのか?」
巧厳がつぶやく。
あれほどの力を誇っていた鳴を、少年はあっさりと、消し去ってしまった。
「鳴様……」
そこで、将成は枯恋に気づいたらしい。嬉しそうに声を上げた。
「ママ!」
「え、ママって、あたしのこと?」
「そうだよ、ママ! ぼくのこと……まぁ、分からないか」
「じゃ、やっぱりあたしが産むの? あなたを?」
「うん、そうだよ。ママ。ぼくはママの息子として産まれるんだ。ぼくね、ママのことが大好きだよ。だから、早く会いたいな」
「いやぁん。可愛いこと言う~」
そう言って、枯恋は将成を抱き上げた。
豊満な胸のふくらみに顔をうずめさせるように強く抱きしめる。
「ちょ、ママ! ぼくもう子供じゃないんだから。抱っこって年じゃないよ」
巧厳から見たらまだまだ子供にしか見えないのだが、子供は子供でも、年齢が一つ違うだけで自我の発達段階が大きく異なる時期である。将成にとっては、抱っこされるような年齢ではないのだろう。
「あいつ、もうちょっと育ったら、もっと抱っこして欲しいって言うだろうに」
宿梨が将成の様子を恨めしげに見ていた。
「あ、あのさ、将成……くんだっけ? 聞きたいことがあるんだけど」
「なに、パパ?」
巧厳の顔を将成が見返す。その顔は、確かに幼いころの巧厳にどこか似ていた。
「ボクと"やどなし"は、やっぱり、どっちかが女になる運命なのか? それで、キミが産まれたのか? ――っていうか、そもそも、どうして今このときに現れたんだ?」
「パパ、質問が多すぎだよ」
そう言って、将成が笑う。
「最初の二つについては、ぼくは答えられない。自分が産まれる確率を減らすかも知れないことについて答えちゃうと、産まれて来られなくなっちゃうからね。どうしてぼくが産まれたかは教えることが出来ないんだよ」
「産まれる確率だって?」
「そう。例えば、どっちかのパパが女の子になるって話をして、そっちのパパが自殺でもしちゃったら、どうする?」
「そうか……」
そうしたら、重大なタイムパラドックスが起きることになる。
「だから、パパたちが女の子になるかどうかも、教えられないんだ。ハイともイイエとも言えないってことになってるんだって。言おうとしたら、多分、戻されちゃう」
パラドックスが生じないように、何らかの力が働くということなのだろうか。
「分かった。一応、納得した。――それで、もう一つの質問だけど」
巧厳はうなずき、もう一つの質問についても答えを促す。
すると、将成は少しだけ困った顔をした。
「アデュナトスでないパパたちにはちょっと難しい感覚だと思うけど。未来はいくつもの可能性が重なりあって存在しているんだ。存在しているというか、存在する準備をしてるって言ったらいいのかな? この世界には過去も未来もないんだけど、可能性という形で、この世界と重なりあっている」
「ふんふん」
相槌を打ってはいるものの、理解できているかどうか巧厳にも自信はない。
将成が続ける。
「それでね、ぼくが産まれる確率が高まった場所と時間にだけ、ぼんやりと作られはじめている未来から、顔を出せるんだ」
「――じゃ、未来はまだ決まってないってことか?」
現時点で、未来はまだ何も決まっていないということだろうか。将成は存在するように見えるが、実はまだ存在しておらず、実体のない雲のような――、まさしく将成が言ったような存在の準備段階なのかも知れない。
「そういうこと。もしかしたら、ぼくが産まれない未来だってあるかも知れない。ぼくはパパたちやママが大好きだから、産んでほしいって思ってるけどね」
「将成」
宿梨が口を挟んだ。
「テメェ、運動は好きか?」
すると、将成は弾けるような笑顔でうなずく。
「うん! ぼくね、柔道を習ってるんだ。
「ちょっと待った、将成。"やどなし"なんかと付き合ってたらバカになるぞ! 勉強をするんだ、勉強を。ボクが勉強を教えてやるから」
巧厳が茶々を入れる。
「ありがとう! ちゃんと、
自慢げに話す将成を見て、宿梨が巧厳につっかかる。
「巧厳、テメェ、将成をなまっちょろいヒョロ坊にするんぢゃねぇよ」
「何を。キミみたいな脳みそスカンスカンの、下半身で思考するような男になってほしくないだけだ。正しい教育方針だと思うけどな!」
宿梨が巧厳の襟をつかんだ。
「ん・だ・と!? テメェ、ぶっ殺す!」
「やれるもんならやってみろ。ハンデなしでも、キミに負けるなんてあり得ないね!」
「言ったな、巧厳!」
「ちょ、ちょっとパパたち! 喧嘩しないでよ」
将成が困った声を上げる。
――瞬間、その姿が、徐々に霞のようにぼんやりと薄れていく。
「「将成!」」
巧厳と宿梨が叫んだ。
将成は仕方ないなぁ、というふうに笑う。
「まったく、もう。この先の未来でぼくが産まれる確率が減っちゃったから、消えはじめちゃった。まぁ、でも、最初から、あんまり長くはいられない予定だったからね。今日のところは消えるとするかな。いい? ぼくが消えたら、パパたちはちょっとだけ昔に戻ってる。そこでは何もかもが良くなってるはずだから、安心してね。じゃ、ぼくはもう行くよ」
「お、おい、もう行っちゃうのか」
巧厳が名残惜しそうにすると、将成は目一杯の笑顔を浮かべた。
「大丈夫。またきっと会えるよ。だから、パパたち、仲良くしてね!」
その声とともに、将成の姿は急激に薄くなっていく。
それと同時に、巧厳もまた急な睡魔に襲われ、立っていられなくなった。
「ま、まさ……なり……」
小さな声でつぶやいたのを最後に、巧厳の視界は暗転した――。
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