オレの女になれよ

「おい、"やどなし"! 真壁まかべさんを口説きはじめるな!」


 しかし、巧厳こうげんの抗議にも耳を貸さず、宿梨すくなしは口説き文句を並べていく。


「どう? 良かったら、オレと付き合わねぇ? 巧厳なんかにゃ、もったいねぇよ」


「そそそそんな、わ、わたしにはアルビオンさまがいますし……」


 そこで自分の名前でなくアルビオンの名前が出たことに、巧厳は不満顔をする。


(なんだよ! ボクが口説いたときも、嬉しいって言ったのに!)


「アルビオンが誰だか知らねぇけど、お前のためならそいつと決闘したっていい。オレの女になれよ」


 リアルに「オレの女になれ」と言う男を巧厳は初めて見た。


 巧厳は声を張り上げ、二人の空気の邪魔をする。


「おいっ! ボクに用があるんじゃなかったのか、"やどなし"!」


「……ちっ。そうだった、今はこっちが優先か」


 宿梨は不愉快そうに巧厳をにらんだ。


 その眼力に一瞬ひるんだが、巧厳も負けじとにらみ返す。


「ボクに女になれって? それに、石動いするぎさんの配下ってどういうことだ?」


「あぁ、てめぇら。もう好きにしていいぞ」


 宿梨が後ろに手を振ると、鳴の配下だというミライトたちが一斉に動きだした。


 スクランブル交差点で信号待ちをしていた人々は、乗用車がいくつも突風に吹き上げられたかのように上空へ消えるのを見て、恐慌を起こしていた。だが、人が多すぎるせいで、思うように逃げられないらしく、いまだ大勢が駅前広場に残っている。


 OLらしき女性が、ミライトの一人に触られた途端、跡形もなく消え去った。それを見ていた女子高生が「はぁっ?」と間の抜けた声を出した。OLを消したミライトが女子高生の腕をつかむと、女子高生の体も溶けるように消え始める。


「え? ――い、いやぁあぁあぁあぁぁぁ~~~~~~!!」


 女子高生は長い悲鳴とともに消えていった。


 その悲鳴が、恐慌に拍車をかける。ミライトの暴動を止めようとした機動隊員たちが、地面から突き上げる突風に次々と吹き飛ばされていった。


「な、何を始める気だ!」


 巧厳の叫びをよそに、ミライトたちは逃げる人々を追いかけ、次々と消し、または吹き飛ばし、または石像のように動けなくしていく。


「……てめぇ、昨日から一度もニュース見てねぇのか? ついに、バチカンが公式声明を発表したのさ。奴らにとっちゃ、ミライトたちは悪魔の手先だとよ」


 巧厳は息を飲んだ。


「そ、それじゃ、日本は、全キリスト教国を敵に回すことになるじゃないか!」


「おう。そんで、鳴さんたちは強硬策に出ることにしたんだと。今日未明、国会議事堂が"何者かの手によって"上下逆さまにひっくり返されてよ」


 そんなことが出来る人間を巧厳は一人しか知らない。


 宿梨は淡々と語り続ける。


「すげぇぞ。オレも、見たときはコラージュとしか思えんかったわ。映像のインパクトが強烈だったんだろうな。中国とロシアが、"隣国の危機を救うため"ってな名目で艦隊を派遣したのがついさっき。アメリカも抑止のために原潜を出すだろうが、太平洋を渡って来なきゃなんねぇから、どうしたって後手に回る。中国やロシアにしてみりゃ、時間との勝負だろうな」


「じ、時間との勝負って」


 巧厳が恐る恐る聞くと、宿梨は皮肉げに笑った。


「――日本をぶんどる、ってことさ」


 目の奥でフラッシュが焚かれたように、一瞬、視界が真っ暗になる。


「な、なんてことだ……」


 巧厳は頭を振って、視力を取り戻した。


 事態が最悪の方向へと転がった場合、日本は戦場と化すだろう。


「石動さんは、何を考えてるんだ? 全人類をミライトにするってのに、これじゃまるでミライトの敵を増やすようなことばっかり」


 巧厳はそう言って、阿鼻叫喚の駅前広場を力なく見渡した。


「さてな、あの人の考えることはオレには分からん」


 宿梨がうそぶく。


「……んで、オレたちのことについても、七〇億人から役に立つミライトを探すなんて悠長なことは言ってられなくなったんだと」


 巧厳は宿梨を見上げる。二人の視線が交錯した。


「覚悟を決めろ、巧厳」


 宿梨がぎょろついた目を光らせ、にやりと不遜に笑う。


 瞬間、


「――巧厳くん、入って!」


 一刹那のにらみ合いを、鋭い叫びが中断した。


 巧厳の乗る車がいきなり数十メートルほどバックする。


「逃げます! 窓を閉めて!」


 彰子が緊迫した声で指示を出した。


「に、逃げるって?」


「ええ! あの人、石動さんの手先なんですよね?」


「い、いや、ボクと同じ高校で、例の、時を操るミライトの父親候補だけど……」


「でも、キャンセラーの集団を率いてたじゃないですか!」


 泰山やすやまに負けて、鳴に忠誠を誓ったのだろうか。喧嘩バカの宿梨のことだ、動物のように強い者に服従するというのも、ありそうな話だと巧厳は思った。


 巧厳の答えを待たず、彰子は車を発進させている。


「真壁さん、車道まで人が!」


「分かってます、しっかりシートベルト締めて、じっとしてて下さい!」


 彰子はそう言うなり、アクセルを思いっきり踏み込んだ。

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