二次元妹・色(1)

 妹の写ったポスターを見せられても、巧厳こうげんはどうしていいか分からない。


「はぁ……? それで、妹は……どこだって?」


「あの、その、これが……、妹さんです」


 女はそう言って、しきの写る紙を押さえながら答える。


「いや、だって、それ……、紙じゃん」


 巧厳が至極まっとうな反応を示した。


 すると、女は慌てて、


「あ、あのっ、色さんからも、お兄さんに何か言って下さい」と言う。


 女がわたふたしていると、ポスターの中の色が動いて、深々と溜め息をついた。


「うおっ、動いた!」


「……おい、インキャ。ウチはここだよ」


 びっくりする巧厳に呆れたように、ポスターの中の色は頭をかく。


「お、おい、あんた! それで、妹は、今どこにいるんだ!?」


「いえ、だから、これが、妹さんで……」


「だから、それは分かってる。どこかに監禁されてる色を、ぺらっぺらの有機ELディスプレイに投影してるんだろ」


「ちげーよ、インキャ! ウチはここにいるの!」


 ポスターの中の色が怒ったように眉を吊り上げ、巧厳をにらみつける。


 しかし、巧厳には妹の言うことがさっぱり分からない。


「さ、さっきから何を言ってるんだ? そもそもお前、本当に色なのか? ――よ、よし。じゃあ、妹だというなら証拠を見せてみろ」


 ポスターの中の色が、しぶしぶ口を開いた。


「……んじゃ、ウチの彼氏の名前聞いてみろよ」


 巧厳はしばらくポスターと見つめ合っていたが――、やおらと尋ねる。


「お前の、彼氏の名前は」


「智紀。松宮まつみや智紀ともきくん。丸子まるこ小学校六年三組」


「そうだったか? 桜田さくらだとか言わなかったっけ」


「それは一つ前に付き合ってた彼だろ。同じ六年三組の桜田翔真しょうまくん」


 色と名乗るポスターは、鎌かけにも引っかからなかった。巧厳はさらに鎌をかける。


「いや、違った、二葉ふたばくんとか言わなかったか」


「それはもう一つ前に付き合ってた子。二葉和斗かずとくん」


「ハッ、語るに落ちたな。二葉くんは五年のとき付き合ってたやつだろ。クラスが離れて別れたはずだ。その後にもう一人と付き合ってるはずだから、三つ前だね」


「違ぇーよ。いっぺん別れたんだけど、もう一回付き合ってたの。運動会のとき、ウチと付き合ってた生野いくの潤也じゅんやくんに徒競走で勝って、告ってくれたの」


「え……、じゃ、二葉くんは三つ前じゃないの?」


「違う。二つ前と四つ前が二葉くん」


 妹の乱れっぷりに、巧厳は思わず頭を抱えた。


「はぁ……、これで分かった? ウチが本物だって」


 くずおれる巧厳を、ポスターの中の色が見下ろす。


「確かに、ここに写っているのはうちの不肖の妹のようだけど――。なぁ、あんた、一体うちの妹はどこにいるんだ?」


 顔を上げた巧厳に、スーツ姿の女は困惑した表情を浮かべた。


「ややや、やっぱり、実際に体験してもらわないと信じてもらえなさそうですね。えと、じゃあ、巧厳さん、ちょっとその壁際に立ってみて下さい」


「……なんだ?」


 言われるがままに、巧厳は壁際に立つ。


 すると、女はポスターを丸めてベッドに置き、巧厳の前に立った。


「なんだ? 何が始まるんだ?」


「それじゃ、あの、失礼して……」


 女が「えいっ」というかけ声とともに、巧厳を背後の壁に押しやる。そのとき、何やらとても奇妙な感覚が、巧厳の背中から全身に走った。例えて言うなら、背中からプールに飛びこんだような――、飛びこんだ途端、自分も水になってプールの水面に広がっていくような、そんな感覚である。


「なんだ、一体何をした?」


 巧厳が問うと、女は困ったように笑う。


「あ、じゃあ、自分の体を見てみて下さい」


 そう言われて、自分の体を見ようとする。だが、顔を下に向けた途端、視界が上下から急速に狭まっていき、線のように細くなった。完全に下を向くと、視界も完全に消失して何も見えなくなる。


「うわわわっ!」


 慌てて顔を上げた。


 何度か挑戦したが、どうあっても自分の姿を見ることが出来ない。


 巧厳は女に向かって手を伸ばそうとするが、手が肩とくっついたようなおかしな感覚がするばかりで、手を伸ばすことも出来なかった。


「えっと、色さん、鏡ありますか?」


 女がベッドの上の丸まったポスターに尋ねる。


「鏡台のとこの一番広い引き出しに、手鏡とスタンドミラーが入ってる」


「あ、はい。じゃあ、お借りします」


 女は鏡台からスタンドミラーを出し、巧厳に向けた。


 そこには――、壁に描かれた絵のようになった、巧厳れいの姿が映っている。


「え? は? えええええ!?」


「これで分かってもらえました? こちらにいる――このポスターで動いている像そのものが妹さん本人だって」


「お、おい! ちょっ、早く元に戻してくれ!」


「はい、ではお戻ししますね」


 女はそう言うと、壁に貼りついた巧厳の肩に手をかざす。――すると、巧厳は体が急に重くなったように感じた。巧厳は壁から飛び出し、どさっと音を立てて床に座り込む。


「分かっていただけました?」


「お、お前、何者なんだ? 一体、ボクと妹に何をした!?」


 指を差して、女を問いつめる。


 女は慌てて頭を下げた。


「そ、そうでした! 申し遅れました。わたし、真壁まかべ彰子しょうこって言います。枯恋かれんちゃんに連絡をもらって、巧厳さんのご家族を人質にと……」


 顔を上げ、困ったように微笑む女に、巧厳は言葉を失った。

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