わがままな子供

 彰子しょうこ泰山やすやまの説得を続けていた。


「自分の主が間違った道に進もうとしていたら、それを諌めるのも、部下の務めなんじゃないでしょうか!?」


「知らん」


石動いするぎさんは何かおかしいです。わざわざ政府を怒らせるようなことをして、怒られたら今度は高校生を殺すなんて脅して! そんなの、わがままな子供じゃないですか!」


 すると、彰子の言葉に泰山が怒気をはらんだ声をあげた。


「よくもまぁ、めい様のことを知らんやつが好き勝手言いんさる」


「で、でも、間違ったことは言ってないです!」


 そのとき、彰子の横に枯恋かれんが立って「どうにかして近づかないと」と耳打ちした。


 近づくことさえ出来れば、枯恋の不規則事象イレギュラーを起こす能力で、泰山を無力化できるかも知れない。彰子は小さく頷いた。


「確かに、間違ったことは言っておらんがの」


 泰山が、重いため息をついて目を伏せる。


「しかしのぉ、物心つく前に実の父親に捨てられ、しまいにゃ殺されそうになっとるって人の気持ちを、おどりゃあたちは考えたことがあるんかの。考えたところで、分かるとも思えんがな」


「そ、そんな、それ、どういうことですか?」


 彰子が勢い込んで聞く。


「噂じゃがの。鳴様は施設の育ちじゃけど、本当の父親はこの国を牛耳る地位にいるっちゅう話じゃの。それが誰かは鳴様自身も半信半疑なのか話したりはなさらんがな。実は、国の中枢も中枢、もしかしたら一番上っちゅう話もあるぐらいじゃけぇ」


「い、一番上って――、そ、総理大臣?」


「ふん。総理大臣なんぞ、単なる傀儡じゃわい。紅毛の大統領と違い、国民が直接投票できんからの。この国で総理大臣を決めるのは与党内での総裁選じゃ。しかも、地方票をどんなに取ろうが、最後に決めるのは議員による決選投票。じゃったら、そこに国民の意志なんざちぃとも反映されておらんのじゃねぇか。――その、決選投票の票を操作できるものがおるっちゅう、まぁ、噂じゃがの」


 その時、枯恋が泰山の前に立った。


「でも、それはやっぱり子供の我がままじゃない!」


 自分の親に銃殺の命令を下された鳴の心中は、枯恋には想像もつかない。


 だが、それと巧厳たちの命を狙うのは話が別だ。


 枯恋の肩を彰子が叩いた。


 二人はうなずきかわし、さっと構えを取った。


「なんじゃ?」


 泰山が警戒の声を上げた、瞬間、彰子は二次元化していた長椅子を元に戻し、泰山へと投げつけた。


 廊下をすべりながら向かってくる長机に、泰山はため息をつく。


 手をかざし、再び水平方向へ落下させようとしたところで、彰子が枯恋と手を繋いで、長机を追って駆け出した。


「いくよ、枯恋ちゃん!」


 彰子の手が長机に触れた一瞬、彰子は長机と手を繋いだ枯恋もろとも、前方向に厚みをキャンセルした。さらに次の瞬間、今度はまたまた前方向に厚みを戻す。


 それによって、彰子と枯恋は長机ぶんの距離を瞬間的に移動した。


 彰子が渾身の力で押した長机が泰山の腹に命中する。


 泰山がひるんでいる間に、枯恋が泰山の隣りへと駆け寄っていた。


「これで終わり。泰山さん」


 枯恋は冷酷に告げ、泰山の体に不規則事象イレギュラーを起こした――。

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