男女二人、ベッド一つ
やや薄暗いホテルの一室に、
「バッカ、そっちじゃねぇよ。この童貞! もっと上、上! んもう、下手くそ!」
「えっ? わ、悪い。ここか……?」
「ああんっ! もう、バカ! あせんないで、もっとゆっくりぃ」
その様子を見て、
「うふふ。巧厳くんの格好を見ていると、なんだか、美少女アイドルを物凄く愛している人のように見えますね」
「うぇっへぁ!」
変な咳が出た。
「この調子で、モニターに向かって祝うクリスマスイブとかも再現してみましょうか」
「や、やめてくれよっ」
確かに、ポスターの世話をかいがいしく焼いている今の巧厳は、いわゆるオタク人種と大差ないような行動を取っている。もっとも、巧厳自身も読書オタクであり、アニメ等を見ないだけで、精神性はアニメオタクやアイドルオタクに近いものがある。
「いいね、それ。面白そう。ウチは協力するよ。妹の写っているモニターとクリスマスを祝う兄か……。いい脅しのネタになる」
「色、お前も乗るんじゃない!」
「なによー。じゃ、オメーは可愛い妹がクリスマスを祝えなくてもいいっての? こんな紙の中で、一人淋しく泣いてろって? 智紀とちゅーも出来ないんだからね。きっとすぐフラれちゃう。オメーぐらい一緒に祝ってくれたっていいじゃんね」
「い、いや、まぁ、同情はするけど」
妹に強く出られると、言い返せないところがある兄である。
「……っていうか、キスなら出来るんじゃないか?」
「バカか。舌入れらんねぇだろ」
「あぁ、うぅ」
巧厳は言葉を失った。
「お互いに舌を絡めあうちゅーがどれほど気持ちいいのか知んねーの? 智紀はちゅーが大好きなの。出来ないとなったら、きっとすぐ他の女にかっさらわれる」
「わ、分かった。分かったから。ボクが悪かった」
慌てて色の言葉をさえぎり、話の矛先を彰子へと向ける。
「っていうか、
彰子は申し訳なさそうな顔をした。
「ええ、はい。一応、逃げないように監視をしていないといけないので……」
彰子がリザーブしてあったらしいビジネスホテルの一室に、巧厳たちはいる。
「そんなことしなくても、逃げたりしないけど」
「うふふ。大丈夫ですよ、巧厳くん。わたし、変なことしたりしませんから」
「げふっ! い、いや、そういうことじゃなくてさ!」
そのとき、巧厳はあることに気づいて彰子をにらむ。
「そういえば、キミさ、ボクのことを"くん"って呼ぶようになったよね」
「あっ、ごめんなさい! ……その、嫌でした?」
「別に、嫌じゃないけど……」
何だか納得のいかない巧厳である。
すると、やや恨みがましい調子で彰子が巧巌をにらみ返した。
「そういう巧厳くんこそ、さっきからわたしを"キミ"って呼んでますけど、巧巌くんは年下ですよね?」
「え、真壁さんっていくつなの? もしかして、先輩なわけ?」
「ハァ……。さっき、わたしが運転する車でここまで来たの、忘れました?」
普通自動車免許の取得が可能になるのは満十八歳からである。高一の巧厳よりも年上で当然なのだが、『真壁さんはミライトだし、特別なのだろう』などと、あまり深く考えていなかったのだった。
彰子は大げさにため息をついた。
「この春、高校を卒業しました。今は地方公務員をやってます。鈍臭いながらもお仕事を頑張ってたら、お父さんに呼び戻されて、小間使いみたいにされてますけど」
「そ、卒業? じゃ、社会人じゃん」
巧厳の目が自然と彰子の体のある一点に向く。
「み、見ないで下さい! 高校でも良く言われてたんです。真壁の胸は壁みたいって」
彰子が貧乳を隠すようにすると、巧厳は慌てて釈明した。
「い、いや、そういうつもりじゃなくて……」
では、どういうつもりなのかと聞かれても、答えられないのだが。社会人相手なら、彰子に対する接し方を考え直さねばならないかも知れない。
「そっかぁ、じゃ、敬語で話さないといけないな」
「え? べ、別にいいですよ? 巧厳くんなら、敬語じゃなくても……」
そう言って、彰子が顔を赤くする。
(あれ? 何だその反応。――でも、さっきフラれたはずなんだけど)
ほんのついさっきフっておきながら、顔を赤くしたり、くん付けで呼んだり、気があるようにも思える行動をする。その心理が、巧厳には分からない。
なんだか釈然としないものを感じむすっとする巧厳に、顔を赤くしたまま彰子が告げる。
「じゃ、そろそろ寝ましょうか……?」
「え、でも、ここベッド一つしかないじゃん」
「あの、ツインとダブル間違えちゃって」
巧厳たちの泊まるダブルの部屋には、クイーンサイズのベッドが一つあるのみだ。
ベッドに座っていた巧厳に、彰子がゆっくり近づいてくる。
「ど、どうするのさ。ベッド一つに、男女二人って」
巧厳がうろたえていると、彰子はうるんだ目をして巧厳の目を真っ向から見つめた。
「はい、ですから……」
彰子の手が、巧厳の頬へと伸びる――。
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