46. 橋の町にて 6

ストン。


突然、誰かが屋根から飛び降りてきた。

その出来事が、和気あいあいとした僕らの空気を一瞬で凍り付かせる。

皆の視線が、一同に集まった。


誰だろう?

キャラバンの人…?

違う。

あんな人、見たことない。


彼女は長い二本の前髪を垂らした、ギザ歯の女性だった。

かっちりとした服装を身に着けた、ドワーフのような少女だった。

でも、ドワーフにしては身長がやけに高い。


「誰…?」


「…」


彼女は僕の問いに耳を貸さず、魔物の亡骸に近寄って行く。

そして、その前に座り込んだ。


「ガーちゃん…さよなら…」


少し寂しそうに、そう言った。

そして、こちらへを睨みつける。


ゾワッ!


その瞬間、ものすごい殺気が僕らを取り巻いた。

足が今にも震えだしそうだ。

そして彼女は、身長の倍はありそうな巨大な槌を担ぎ上げた。


強い。


そんな陳腐な言葉では足りない程に強い。

まだ戦っていないのに、それが身に染みて分かる。


一同に緊張感が走った。

逃げ出す?

いや、逃げ出さないとマズイ。

僕はみんなの手を握り、駆け出そうとした。


しかし、体に感じる違和感。

体が事を聞かない。

動けない、動こうともしない。

それなのに、謎の安心感が体を覆う。


僕らは結局、逃げも隠れも出来なかった。

その時だった。


コツ コツ


後ろから聞こえてくる、誰かの足音。


振り向きたい。

なのに振り向けない。


ピタッ


「ひっ!」


突然、僕の頭の触角を誰かが触る!


やだ!

あんまり触れらたくないのそこ!

敏感なの!


しかし、僕の声がとどくはずもない。

そいつは、無神経にもべたべたと触りやがる。


「この光沢、滑らかさ、いやぁ美しいですね。 これぞプルポ族…いやぁ実に美しい!」


彼は黒い服で身を包んだ、若い見た目の男性だった。

もちろんキャラバンには、こんなヤツ居ない。

僕らの知らない、謎の人物だ。


そしてその背中には、ベルの様な翅がある。

どうやらミガ族らしい。

そいつは舐めまわすような視線で、僕の体を隅々まで見てきた。


何…この変態…。

ミガ族ってみんなこうなの!?

それに飽き足らず、体をペタペタ触れてくる。


もう最悪だよぅ…。


「いやぁ、美しい。 食べちゃいたい。 あーもう…へぶっ!!」


彼はギザ歯の女性に、蹴られて吹き飛んだ。

そして勢いよく、瓦礫の中へと突っ込んでいく。


「ルクシズ。 遊ぶなや」


ギザ歯の女性が、控え目に、それでもドスの聞いた声で言う。

それに男は、ニヤニヤ笑いながら這い上がった。


「ちょっとくらい良いじゃないですか~」


「何も良くない。 こいつ…ウチの非常食を殺しやがった…!」


ギザ歯の女性は、改めて巨大な槌を握りなおした。

その両手からは、ひしひしと殺気が漏れ出す。


「あーちょっ、ストップ。 殺さないで? 状況が変わりましたから」


「あ?」


「見て分からないですか? この子」


そう言うと彼は、僕の肩をポンポンする。

しかしギザ歯の女性は彼の言葉が理解できないらしく、首を傾げた。


「?」


「あーもう、君はどんくさいなぁ。 プルポ族ですよ! プルポ族!」


「プルポ族?」


「ソニちゃん、プルポ族は何て教えられましたか?」


「…プルポ…プルポ族…みんな友達」


「よーしよし、ソニちゃんは偉いね~」


「ぶっ殺すぞ」


なんだこの人達。

そしてプルポ族…?。

男は再びこちらに熱い視線を送ってくる。


「大変失礼おかけしましたね。 私はミモル社所属、ルクシズと申します。 以後お見知りおきを」


ミモル社…?

ミモル年代記と関わりがあるのかな?

どちらにせよ、あまり関わりたくはない。


ルクシズは自己紹介をすると、僕の方へ手を向けた。

ほどける体の違和感。

そして彼は、僕に手を向けた。


「君は?」


自己紹介しろって事?

正直、気はのらない。

でも何をされるか分からないこの状況では、大人しく指示に乗るべきだよね。


「僕は…マリン…です」


「そうですか! マリン君。 これからよろしくおねがいしますね」


彼はそう言うと、ゆっくり立ち上がった。


「いやぁ。 名残おしいですねぇ。 こんな近くに、神話の鍵がいるというのに…」


そして彼は、ギザ歯の女性の手を掴んだ。


「さて、帰りますよ」


「おい、まだ…」


「は~い、良い子はおねんねの時間ですよ~」


「まだ昼間じゃねぇかよ!」


「寝る子は育ちますからね。 いい子はお昼から眠るんです」


「おいルクシズ! 耳ひっぱんなって!!」


「いいじゃないですか。 減るものでもありませんし」


そうして、騒がしい2人は去って言った。


ㇲトン…。


突然解放された僕ら。

思わず、地面にへたり込んでしまった。


「…うわぁ…怖かった…。 僕、連れていかれるかと思ったよ」


「ほんとね…もう、勘弁してほしいわ…」


「で…ですね…。 震えが…止まりません…」


僕ら三人は、恐怖に震えていた。

しかしただ一人、ハルははしゃいでいた。


「楽しかったなあれ!」


「どこが!?」


「んー…あれだ!! 体がぴーんってなる感覚!!」


どうやらハル的には、体が動かないあの感覚が、お気に入りらしい。

また受けてみたいー…なんて言葉を言っている。

僕らからしたら、絶対にごめんだけどね。


でも僕は、ふと気になったことがあった。


「あの人たち、ミモル社って行ってたよね」


「そうね。 ミモル社。 私聞いたことあるわ」


僕の言葉に、トーニャが反応する。


「ベルズズから聞いた話だけど、確かキャラバンと敵対関係の組織だったはずよ」


「おう! 前に言ってたな! ミモル社と教団には気をつけろって!!」


「そうね。 私たちが入団当時は、これが口癖だったのよ」


「えー…。 また面倒くさいのが出てきたね…」


「ほんとよ! キャラバン、敵が多すぎるのよ!」


「あのベルの事だから、仕方ないか」


「それもそうね」


そんな中、ココちゃんが呟く。


「あの……あの人たち…ココには敵には見えませんでしたけど…」


「そう?」


「は…はい…。 敵なら…何もしないのは変だと…思います」


「…確かに」


「ココちゃんの言葉、一理あるわね。 なにか訳アリみたいね」


「これはベルに相談かな」


「えぇ、そうしましょ」


「おう! それじゃ合流だな!!」


「あ、待ちなさいハル!」


1人で突っ走りそうなハルを慌てて止めるトーニャ。


「なんだなんだ!?!?」


「まだ、ココちゃんの事があるじゃない」


「あ!! そうだった!!」


僕ら3人は、ココちゃんの方を向いた。


「ココちゃんはこの後どうする? 私たちと一緒に来るかしら?」


トーニャはそう提案をしたけれど、彼女は少し寂しそうな顔をした。


「えと…私はご主人様に拾って貰った身ですし、ここで待っていようかなと思います」


「…本当にそれでいいかしら? 後悔はない?」


「…はい。 もう決めてました」


「そっか。 色々恩もあるのね。 分かったわ」


ココちゃんは、この場所に残る選択をした。


それでも、心配な気持ちが残る。

さっきの戦闘で屋敷は半壊、用心棒の役目はほぼ果たせなかった。

この状況、ただでは済まないかもしれない。


「ココちゃん、もう一度聞くわ。 本当に良いのかしら?」


「はい…私は良いんです」


「僕たちしばらくこの町に居ると思うから、気が変わったら声を掛けてね」


「はい、ありがとうございます!」


「おし、みんな行くぞ!!」


「あ~早いよハル~」


「じゃあね。 また会いましょ、ココちゃん!」


「また会おうね!」


「さらだばー!!!」


「はい! また会いましょう!」


かくして僕らは屋敷を後にした。


…。


屋敷を出て、すぐにテライと合流する。

音を聞きつけて急いで来たらしい。

そこからしばらくして、ベルとユワルも歩いてくる。

なんか…緊張感ないなぁこの2人。


とりあえず、しばらくはこの町で滞在する事となった。

まだ街を救ったお礼を貰ってないからね!

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