第二章 魔王編

26. ようこそキャラバンへ

島のはずれの海岸で、僕はユワルに手を引かれていた。

ここは民家のある島の表側じゃなくて、誰もこないような島の裏側だ。

僕は誰にも挨拶せずに島を出ていくつもりだった。

お母さんにも、お父さんにも、もちろんフワリにもね。

元々、別れの挨拶はしてたし。


僕はクララと旅に出てる。

みんなそうやって勘違いしていればいい。

それなら皆幸せでしょ?


そんなことを考えていると、ユワルはこちらを振り向いた。


「マリン。 もう少しで着くよ」


「この島にキャラバンが居るの?」


「うん。 ちょうど私のことを迎えに来てるの」


「え。 そんな偶然ある?」


「偶然もなにも…。 マリンの旅立ちに合わせて、私もこの島を立とうとしてたから」


「そっかぁ」


「たぶん今頃、待ちくたびれてると思うの。 本当はもっと早く合流する予定だったから」


「あっ、ごめん! 僕のせいで…」


「んーん。 気にしないの! そんなことより、急ご!」


彼女はそう言うと、少し駆け出していく。

僕も彼女に置いていかれないよう、後をついていった。

ふと遠くに目をやると、そこには明かりのともった船のような物が海に浮かんでいる。


「あれがキャラバン?」


「御名答! あれが私たちの足であり、家となる場所なの」


「へぇ…!」


やがて近くまで行くと、その輪郭がはっきりとしていく。

やっぱり船の形だ。

それを牽引するように立つ、大きなカエルが見える。

でも生き物というには、少し無機質な感じ。

見るからに魔法で造られた、飾りみたいなものだ。


僕らはそのまま、入り口のような場所まで近づいていく。

すると。


バタンッ!!


勢いよく、扉が開かれた。

そして中から、猫耳のマウ族の少女が飛び出してくる。


「ユワル!! 遅いぞー!」


「ごめん、ハル。 いろいろあったの」


彼女は声が大きく、身振り手振りも大げさだった。

それはもう、どこかに飛んで行ってしまいそうなほどに。


でも、どこか違和感を感じる。

暗くて良く見えないけど、なんだか彼女が空中に浮いているよう気がする…。

僕は彼女を無意識に、ジロジロと見ていた。


「…じー」


「なんだお前!?」


僕がジロジロと見るものだから、あっちもジロジロ見てくる。

なんかやっぱり浮いてる気がする。

足どうなってるんだろう。

僕は彼女の下半身に目線を移した瞬間、思わず驚いた!


「幽霊!?」


「失礼な! わたしはネクロマンサーだよ!」


ネクロマンサー、おとぎ話で見たことがある気がする。

たしか不死身で、半透明で…。


「やっぱり幽霊じゃん!」


「違うぞ!!! …わたしは幽霊に限りなく近い何かなんだ!!」


「じゃあ幽霊でいいじゃん!」


「うるさいなあ!!」


「ちょっと、ハル。 落ち着いて」


その少女をなだめる様に、ユワルが声をかける。

そうして、彼女に僕のことを自己紹介してくれた。


「ハル、この人がマリンだよ」


「マリンだと!?」


「そ。 来てくれたの」


「おー! 来てくれたのか嬉しい!!」


彼女は突然表情をコロっと変えて、満面の笑みになった。

そして僕の手をにぎにぎして、握手する。

口ぶりからするに、元々キャラバンで僕の話が上がってたみたい。


「よろしく、ハルさん」


「さんは要らない! ハルでいいから!」


「うん…よろしくハル!」


「おう! よろしくなマリン!」


なんて僕らが挨拶をしていると…。


「なに? 誰か居るのかしら?」


キャラバンの空いた扉から、また誰かが顔を覗かせた。

それは小柄な少女で、暗い金髪の髪をお団子状にまとめた可愛らしい子だった。


見たところ、ドワーフなのかな?

僕と同じくらいの、子供のような見た目だ。

全体的に細い印象だけど、胸が大きいのがドワーフらしい。

ハルは彼女に向かって、またしても元気よく手を振った。


「トーニャ! こっちだぞ!」


「そんなところで油を売って…なにしてんのよハル…」


トーニャと呼ばれた少女は、そのまま周りを見渡した。

そして、僕と目が会ってしまう。


「あれ? どなた」


「あ…えーと…」


僕は話す準備が出来ていなくて、一瞬戸惑ってしまう。

しかし、すかさず隣に居たユワルが紹介をしてくれた。


「マリンだよ。 前に話したでしょ?」


「まり…え! 嘘!? 君がマリン君!?」


トーニャが慌てて、こちらに駆け寄って来た!

そしてそのまま、息が当たりそうな距離まで顔を近づける!

緊張しちゃうなぁ。

身長が同じなのか、目の前に顔があるんだよね。


「マリン君! 来てくれたのね!」


「う…うん…」


「君…なんだか不思議な匂いするのね」


「あ…あの…近いでし…」


「あ、ごめんなさい!」


彼女は濁すように笑って、一歩後ずさった。

そして、天真爛漫な笑顔を咲かせる。


「私はトーニャ! よろしくね、マリン!」


「よろしく、トーニャ!」


2人握手をかわす。

目線が同じというだけで、すごく親近感が湧いてきた。

僕は彼女ともっと話したい気持ちだったけど、ユワルが間に割って入った。


「はい、そこまで。 皆、もう出発の時間だよ!」


「そうよ! …もう数時間は遅れてるのよ!?」


「忘れてたぞ!! 乗れ乗れ!!」


そうして、ハルはトーニャをキャラバンの中へと押し込んでいった。


「あ、ちょっとハル! 押さないでよ!!」


「いいじゃんかトーニャ!! こっちの方が楽しいだろ!?」


楽し気なトーニャとハル、とても雰囲気のいい場所らしい。

そんな2人を眺める僕の手を、ユワルが握った。


「私たちも行こ!」


「うん!」


僕は彼女に引かれるように、キャラバンの中へと入った。

まるで僕が、もうキャラバンの一員になったみたいな気分だった。


「…おじゃまします」


船の中は、木造が中心の作りだった。

中心に大きな広間が広がっており、そこから廊下や扉など、他の部屋も沢山あるみたいだった。

今日からここが、僕の新しい居場所。

そう思うと急に愛おしく感じてくる。


そんな広間の片隅に、誰かが座って本を読んでいた。

彼をよく見てみると、黒い角が生えていて、しっぽや足はたくましく、鱗で覆われていた。


「…もしかしてドラゴ族!?」


僕はすかさず彼に近づく。

なんだか近くで見てみたかった。


「あの…初めまして…」


「誰だお前?」


「マリンです。 …話に聞いていませんか…?」


「あぁ。 マリンか」


「よろしくお願いしますぅ…」


見た目通りの強面な性格に、僕は思わず縮こまった。

話しかけなきゃ良かった。

そう思っていたんだけど、彼は少し口角を上げ、僕に手を差し出してくれた。


「よろしく。 俺はテライだ」


僕はそれに、優しく握手をした。

そして、気になっていた質問を投げかける。


「あの…ドラゴ族ですか?」


「あぁ、そうだが」


「あの…しっぽ触ってみてもいいですか?」


「触らない方がいい」


彼は少し強く、そう言った。

なんだか逆鱗に触れたみたいで、僕は怯えてしまった。


「…ごっごめんなさい!」


「俺の鱗は鋭い。 怪我をするかもしれない」


「…」


「だから、無闇に触ろうとはするな」


「はひ…」


「だが、どうしても触りたいのならば手袋をしろ。 それなら怪我はしないだろう」


そう言って彼は、分厚い手袋を渡してくれる!

この人…意外と根は優しいのかもしれない!


「テライさん!」


「テライでいい。 短い方が便利だ」


「うん! テライ!」


パッと見は怖い人だけど、意外と優しさで溢れる人なのかもしれない。

僕はしっぽを触りながら、そんな事を思った。

ちなみに尻尾の感触は、カッチカチだった。


続いて僕ら、ユワルたちに連れられて部屋の1つに入って行く。


ガチャ…!


「おじゃまします」


「入るぞベルズズ!!」


「入るわね」


ここは船首のような場所で、外の様子がよく見える作りだった。

この場所でキャラバンを操作をしたりするのかな。

その部屋の中心に、とある男が外を眺めていた。


「お~、来てくれたようだね~!」


彼は僕らに気がつくと、ゆっくりこちらを振り返った。

それは、見覚えしかない男だった。

忘れるはずも無い、あの特徴的な変な眼鏡。

黒い服に身を包んだ謎多きミガ族!


「やあマリン君! 君は必ず来てくれる、そんな気がしてたとも!」


彼は両手を大きく広げ、歓迎している事を全身で表現していた。

僕も彼に会えたのがなんだか嬉しくて、笑顔を向けた。


「久しぶりだね、ベルズズ」


「私はとっても寂しかったよ~。 マリン君、君もじゃないかな?」


「僕は心穏やかでした」


「そんな事を言わないでおくれ!」


相変わらず彼は、大げさな人だった。

胡散臭い人だけど、僕自身もどこか憎めないと感じてる。


「これからよろしくね、ベルズズ!」


「あぁ! ようこそ我がキャラバンへ。 歓迎するよ、マリン君!」


その言葉と同時に、ハルとトーニャが歓声を上げた。

ユワルもニコニコ笑ってる。

かくして、僕はキャラバンの一員になった。

僕含めて6人。


人数は決して多くないけど、これからの冒険を思うと胸が高鳴った。

嫌な過去なんて忘れてしまおう。

これからの事だけを見てればいいんだ。


さよなら。

クララ。


僕は君の事を思い出さない。

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