27. 僕らの新しい日常 1

僕がキャラバンのみんなと行動を共にするようになってから、はや数日が経過した。

みんながみんな、僕に話しかけてくれる。

だから、打ち解けるのに時間なんていらなかった。


そんなある日の日常のこと。

僕は服を畳もうと、洗濯された服に手を伸ばした。

このキャラバンでは、数日ごとに担当されている仕事が変わる。

洗濯だったり、料理だったり、日常の業務みたいな物なんだけどね。


僕の今日の当番は洗濯物を畳んで、掃除して、いろいろして…。

いっぱいあるんだ。


「冷た!」


僕は洗濯ものに触れた時、指先をつんざく刺激を感じた。

おかしいなぁ。


…あ。


この服まだ濡れてるじゃん!

誰か乾かし忘れたらしい。

確か今日の洗濯当番は…。


「ハル! 服乾いてないよ」


「あ! ごめん忘れてた!」


「生乾きになっちゃうじゃん」


「ごめんって~」


「もう、ちゃんと当番はしないとダメだよ?」


「新入りのマリンに言われるの、すごく惨めなんだが!?」


僕の言葉を受けて口を大きく開ける、ネクロマンサーのハル。

すると近くにいたユワルが、急に僕の顔を見つめてきた。


「マリンこそ今日掃除した?」


「…え~と、後でやろうかな~って」


「もう夕方だぞ!?」


ハルがここぞとばかりに反撃する。


「まだ夕方!」


「マリンの屁理屈! それじゃわたしと一緒だぞ!!」


僕も負けじと言い返す。

そんな光景を前に、ユワルはニコっと笑った。


「実はね、お掃除。 マリンのために私がやっておきました!」


「え!」


「マリンは来たばっかりだし、忘れてるかなって思ったの」


ユワルはなんとも気が利いた行動で、僕をサポートしてくれた。

しかしそれを、気に食わない子が1人。


「わ! マリンだけずるいぞ!! わたしも!!」


ハルはおねだりするように、ユワルの服をひっぱった。

彼女は見た目こそ大人の女性なんだけど、中身は誰よりも子供っぽいんだ。

でも幽霊だし、僕らとは違う世界に生きてるのかもしれないね。


「手伝えー!! わたしのも手伝えー!!」


「んー…。 もう…ハルのも手伝ってあげるから。 私の服引っ張らないでよ…」


ユワルは、渋々と承諾した。

なんだか彼女は仕事してばっかりで可哀想なので、僕も手伝うことにした。


「僕も手伝うよ。 みんなで一緒にやろ!」


「ほんとか!? 2人とも大好きだぞ!!」


ハルが目を輝かせて飛び跳ねる。

そして、冷たい洗濯ものの積みあがったカゴを抱えるように持ち上げた。


「それじゃあ外にレッツゴー!!」


「ゴー!」


「…ごー」


僕らはそのまま外へと飛び出した!

外とは言っても、甲板みたいな所なんだけどね。

でも土が敷き詰められていて、木やお花なんかも生えちゃってる。

…雑草もね。


だからここは、甲板というよりも動く天空庭園のような場所だ。


そして庭園は、よく洗濯物に利用されている。

常に移動を続けるキャラバンは、地面に降りて天日干しだなんて出来っこない。

そもそも海の上だしね、ここ。

だからこの場所で天日干しをするんだ。


…その、はずだった。


「寒い!」


「なんか今日寒いぞ!?」


外に出た瞬間ひんやりとした空気が僕らにぶち当たった。

よく見れば、そもそも太陽なんてどこを見ても見当たらない。

あるのは満点の星空と、その中心で微笑むお月様だけ。


「2人とも、実はもう日は落ちてるの」


「そうだった…」


「ああぁぁぁぁ!!」


ユワルの言葉に、僕らは膝から崩れ落ちた。

ハルに関しては、幽霊だから膝は無いんだけどね。


「え、また干し忘れ!?」


そんな僕らを、呆れた顔で眺めるドワーフの少女が居た。

彼女はトーニャだ。

料理の味見をしながら、こちらを見つめている。


「助けてトーニャー!!!」


ハルは彼女に、泣きついた。

それを面倒くさそうに振り払うトーニャ。


「離れてちょうだい。 私、今料理作ってるのよ?」


「ドケチ!!」


「ドケチですって!? ……ハル、ちょっとお鍋に入ってくれうかしら?」


「お! いいのか!?」


「いいわよ! そのまま蓋をしめて、じっくり煮込んであげるわ!」


「なんか楽しそうだな!!」


そう言いながら、鍋に入ろうとするハル。

トーニャはそれを見つめながら、くるりとこちらを振り返った。


「みんな、今日の晩飯はハル鍋で文句ないわね?」


「おいいい!!! わたしは食べ物じゃないぞおお!!」


「美味しくしてあげるわ!」


「とーにゃあああああ!!!」


2人はとっても楽しそうにはしゃいでいた。

それを離れた場所から見守る僕とユワル。

その両手には、洗濯物がいっぱいに入ったカゴが抱えられている。


「マリン…これどうしよっか」


「僕に聞かれても分かんないよぅ…」


「マリンの水属性でどうにかならないの?」


「なるわけ…」


「むしろ濡れちゃうか」


「うん。 きっとびしょ濡れになると思うよ」


そうして、ユワルは困ったなぁって顔をした。

眉をひそめて、口をきゅっとつむんで、顔をちょっとかしげる。

なんだかこの子の行動が、全て可愛らしく見えてくるのはなんでだろう。

それから彼女は、何かを思い出したかのようにこちらを見た。


「あ。 そういえばマリンって火属性ヘタクソだったよね」


「言い方…。」


彼女の包み隠さない言い方が僕の心に突き刺さるも、それは紛れもない事実だ。

僕は情けなく顔を縦にふった。


「うん。 僕、水属性以外はぜんぶヘタクソだよ」


「なら丁度いい。 そのヘタクソな火属性なら、服を燃やさずに乾かせると思うの。

ヘタクソで良かったねマリン! ヘタクソ! いくじなし! おたんこなす!」


「あの…後半に関係の無い言葉が聞こえてきた気がするのですが…」


僕はなんとも言えない気持ちになりながらも、服に手をかざした。

すると僕の行動に興味を持ったハル、トーニャが、料理を投げ出してこちらにやっくる。


「なんだなんだ?」


「なにするつもりなのかしら?」


「いまからマリンはね、魔法を使って服を乾かしてくれるみたいなの」


ユワルは、2人に簡潔に説明をしてくれた。

状況を理解した彼女らは、さらに興味津々な目を向けてくる。

僕は少し緊張を感じながらも、目の前の魔法に集中した。

すると…。


ポッ!


なんと、空中に火が灯った。

それは小粒の情けない物だったけど、服を乾かすのはこのくらいが丁度よさそうだ。

僕はそれを、服に近づけようとした。

しかし。


ひゅー…。


「あ」


僕の火があまりに弱すぎて、風に消されてしまった。


「…ふふ…あはははは!!」


それを見て、思わず笑いが抑えられないトーニャ。


「…ふふ…ふふふ…」


それにつられてニタニタ笑うユワル。

僕はそれがとっても恥ずかしくて、何も言えず黙り込んだ。

唯一ハルだけは、僕をかばってくれる。


「おい、マリンの頑張りを馬鹿にするなよ!! 豆粒みたいに小さくてどうしようもないけど、

これでもマリンは頑張ったんだぞ!? これがマリンの全力なんだぞ!?」


「うっ…。 慰めになってないよぅ…」


僕は彼女の慰めの言葉に、トドメを刺された。

もう立ち直れないかもしれない。

ともあれ、もう僕らは八方ふさがりだった。


「テライが来ないかぎり、服は諦めるしかなさそうね」


トーニャが呟く。

僕はその言葉に聞き返した。


「どうしてテライ?」


「テライは火の単属性なのよ。 だから乾かせる程度の炎が作れるかなって思っただけよ」


「待って? 火の単属性なら、服が乾くどころか燃やれちゃわない?」


「ありえるわね!」


「ありえるわね…じゃないよぅ…」


「それじゃ、他の案を考えるしかないわね」


なんて会話を僕らがしていると…。


ガチャッ。


屋内へと通じる扉が、ゆっくりと開かれた。

彼は大きな尻尾などを持った、ドラゴ族の男性だった。

そうして、一言呟いた。


「俺のことよんだか?」


なんと、最悪なタイミングでテライが来てしまったんだ!  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る