28. 僕らの新しい日常 2

ガチャッ。


テライは甲板の屋内へと通じる扉が、ゆっくりと出てきた。

そうして、一言呟く。


「俺のことよんだか?」


なんと、最悪なタイミングでテライが来てしまったんだ!


「俺のこと呼んだか?」


「よ…呼んでないわよ…!?」


「き…気のせいだって!」


僕とトーニャは、必死に否定する。

このままだと、服を燃やされかねないからね。

しかし、ハルがぴゅーっと彼の元まで飛んでいく。

そして…。


「おう! いまな、お前の話してたんだぞ!」


なんと、空気を読まずに打ち明けてしまった。


「そうか。 俺に何のようだ?」


「あの洗濯物をかわ…んぐッ!!!」


ぺらぺら喋りだそうとするハルを、僕ら三人で押さえつける。


「ちょっとハル! お黙りなさい!」


「んぐぐっががが!! あの…!! 洗濯ものを…乾かして!!」


「テライ! ハルの言葉は聞かなくていいから!」


「うんうん! 悪魔の戯言なんだよ!」


さりげなく、仲間に向かってとんでもない言葉を呟くユワル。

テライはその光景に少し困惑した表情を浮かべるも、僕らの言葉を信じてくれたらしい。


「あぁ…分かった」


彼は、深く頷いた。

そして…。


「俺は服を燃やせば良いんだな?」


「違うよ!?」


衝撃的な言葉を口に出す。

どうやら、ハルの断片的な言葉から察してしまったらしい。

彼は無慈悲にも、洗濯物へと足を進め始めた。


彼はドラゴ族。

体も大きければ、かなり頑丈な作りになっていて、僕らじゃどうにも歩みを止めることはできない。

僕らはただ、言葉で彼を説得することしか出来ないんだ。


「テライ、やめて!」


「そうよ! 服だって貴重なのよ!?」


「大丈夫だ。 俺に任せておけ」


そう言うと彼は、大量の魔力を帯び始めた。


バチバチバチ…!


忘れちゃ行けないのが、彼は火の単属性ということ。

その気になれば、この辺り一帯は地獄絵図にする事だって容易い。


ピリ…ピリ…。


ピリつく空気。

あまり魔力量に、僕らは慌てふためく。

それでも彼は止まらない。

段々と変わっていく空気。


え…本当にヤバい?

みんなが身構える。


「…やるぞ」


彼は満を持して服に手をかざした。

そして。


…ポッ


豆粒ほどの火が灯った。

…かと思えば、次の瞬間には風にかきけされてしまう。

どうやら僕は、壮大な茶番を見せられていたらしい。


「あはははは!!」


トーニャがたまらず笑い転げる!

彼女はこの流れが大好きらしい。

でも結局、服は乾かなかった。


「はぁ…」


今日のパジャマは、びちょびちょなのかぁ。

僕は呆れながら服を触った。

すると、ふわっとしたお日様のような暖かさが服に行き渡っていた。


「…!?」


しかし周りを見ると、誰もそれには気が付かない。

みんなテライを茶化し、笑い転げている。

そのまま彼は誇るわけでもなく、報告するわけでももなく、ただ満足そうな顔で帰っていく。


テライ。

なんてかっこいい男なんだろう…!

僕の中でひそかに、憧れが生まれた瞬間だった。

僕が彼の去ったあとの扉を見つめていると…。


がたがたッ!!


鍋の蓋が吹き飛びそうな、あぶない音が聞こえてきた。

それを聞いて、ハルが慌てふためく。


「トーニャ! 鍋が溢れてるぞ!」


「あ、いけないわ!」


さっきの一件で、完全に夕食の準備のことをわすれさってしまったらしい。

トーニャは慌てて鍋にかけよる。

僕もひさしぶりに料理をしてみたくなったので、彼女のそばまで近づいた。


「トーニャ、手伝おうか?」


「大丈夫よ。 この運命は、私だけで受け入れるわ」


「えっ…。 トーニャ…何の話…?」


「こっちの話よ。 まぁ、じきに分かることね。 …夕食時に」


唐突に、壮大な話をし始めるトーニャ。

話から察するに、今日の料理も失敗したらしい。

というのも、このキャラバンにはまともに料理できる人が居ないらしいんだ。


普段は旅先のお店で食事をとっているらしいんだけど、ここは海の上。

お店どころか、島が見つからないことさえあるんだ。

それでも何も食べない訳にもいかないので、少しだけ経験のあるトーニャが任されてるらしい。


「いいよ、手伝ってあげる。 僕、こう見えて料理できるから」


「ほんとうかしら? 得意料理は?」


「シチュー!」


「し…し…シチュー!? あんなもの、料理のプロしか作れない幻の料理じゃないの!」


「もぅ、大げさすぎるって」


僕はトーニャの言葉に少し苦笑いしつつも、調理器具を手に取った。

そんな時、ハルもこちらにやってくる。


「わたしも手伝うぞ!!」


「ハルは出禁よ!」


「なに!?」


ハルの言葉に、トーニャはきっぱりと断る。


「だってハル。 いつもつまみ食いしかしないじゃない」


「…否定はできない!! でももう改心したから!! わたしもうしないぞ!!」


「ダメよ! 昨日もそう言ってたじゃない」


「えー!! いーやーだー!!」


そこに、遅れてユワルがやってくる。

彼女はハルの体をぎゅうと抱きしめ、ずるずると引きずって行く。


「なにするんだユワル!?」


「ハルはこっち。 私と一緒に木目の数を数えるの」


「うわ~助けて~!!」


そのまま、僕らから離れた場所へと連行されていく。

木目を数えるだなんて…。

常に動き回っているハルにとって、これ以上ない苦痛に違いない。


それは置いておいて。

こっちは料理を完成させないとね!


「トーニャ、今日は何作ってるの?」


「闇鍋」


「えぇ…」


恐る恐る中を覗いてみると、鍋の中は本当に真っ黒だった!


「何入れたの!?」


「ただのイカ墨よ」


「…イカ墨!?」


「あとはハルの出汁ね」


「それは聞かなかった事にしようかな」


とりあえず僕は、スープの味を確認してみる。

これは。


「すごい磯臭い。」


「そうなのよ。 でもね、ここに貝と魚を入れると…ほら、どうかしら?」


彼女はそう言いながら、自信満々に海の幸を追加していく。

するとあら不思議!

磯臭さが、さらに増していく。


「すごい…! 磯臭さが増した!」


「挑戦失敗ね! みんなごめん!」


トーニャは屈託のない笑顔で言った。

状況は最悪だけど、良い笑顔だね。

彼女の笑顔を守るべく、僕は立ち上がった。


「僕に任せて」


「マリン…このスープはもう無理よ。 助からないわ」


「大丈夫。 僕が必ず、救って見せるから!」


ほぼ諦めている状態のトーニャを横目に、僕は次々と具材を投入していく。

まずはキャラバンの倉庫にあった調味料、ワインを投入。

華やかな香りが海の磯臭さを中和してくれるものの、まだまだ磯臭い。


次にネギだ。

ワインの香りを邪魔しない程度に、慎重に入れていく。

しかし、まだ磯臭い。


「マリン…本当に大丈夫なのかしら…?」


トーニャは、心配した表情で鍋を覗き込んだ。

正直、あんまり信頼されていない顔だ。

でも、こういう時こそ燃えてくるよね!


「君に全てをかける!!」


僕は香辛料とトマトを取り出し、見るも無残な真っ黒なスープに投入してみた!

いけないわ! トマトだなんて…!


磯臭いスープへ溶け込む、ワインにネギに、おまけにトマト。

…それと、ハルの出汁。

こんなもの、失敗するのが明白だった。


しかしその日、革命が起きた!


奇跡的な配合。

キツイ磯臭さ。

それを完全に消すのではなく、活かしたのだ。

トマトと海が手をつなぐ光景。

磯臭さが、まるで香草のような風格をまとう。


「おお! 美味しそうな匂いだな、マリン!!」


拘束されていたハルも、思わずこちらへやってくる。

ユワルも気になったみたいで、ハルと一緒にやってきた。


「酷い見た目なのに、美味しそうだね。 酷い見た目なのに」


「そこはしょうがないよぅ…」


「でも、美味しそうだよ!」


相変わらず、褒めてるのか分からないユワル。

でも、彼女はすこし食べたそうな表情をしていた。

そして、ずっと隣で見ていたトーニャは、目をまんまるに見開いた。


「…すごいわ」


「でしょ!」


「…これが…私の作った料理…! 私すごいわ!」


「違うよ!?」



…。


この日の夕食は、みんなから大好評だった。


「やるねぇ、マリンちゃん。 うちの専属コックにならないか?」


ベルズズも感嘆の声を漏らす。

彼は言い回しが毎回独特なんだよね。


「美味しい!!」


ハルがストレートに表現した。

自分の出汁が入ってるとも知らずに、呑気なものです。


「うん、本当に美味しいんだよ!」


ユワルも絶賛。

彼女はニコっと笑う。


「まだ沢山あるから、どんどん食べて!」


こうして、キャラバンでの一日が過ぎていった。

一緒に旅に出てまだ数日だけど、思いのほか楽しい日々が続いている。


そういえば、僕たちって今どこに向かって旅してるんだろう?

思えば、僕って何も知らないよね。

明日ベルズズに聞いてみようかな。

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