29. おとぎ話は現実に 1
朝起きて、窓の外を見るとそこには大海原が広がっている。
その上を流れる潮風を浴びながらベットを整えるのが、最近の僕の日課だ。
現在僕らは、シュカ大陸を移動中。
大陸とは行っても、天変地異のせいで大部分が海の底に沈んでるんだけどね。
だからこんなに、何もない広いだけの海が広がっているんだ。
「…はぁ。 今日も良い朝だなぁ」
それから僕は波の音を十分に堪能し、僕は窓を閉めようとした。
その時。
ぱたぱたぱたっ!!
閉じ始めた窓の隙間目掛けて、小鳥がとんでくる!
「うわっ。 危ないなぁ…」
そのまま小鳥は僕の目の前で手紙へと姿をかえ、地面にぽてっと落ちた。
これは、手紙を送る用の魔法らしい。
一応は木属性なんだけど、初歩の初歩だから誰でも使えるんだ。
もちろん、僕だって使えるよ。
3回に1回は届かないんだけどね。
これが上手い人だと、100発100中で届くんだとか。
それから僕は、手紙に目線を落とした。
あて先は…。
「ベルズズ…。 なんだぁ僕宛てじゃないのかぁ…」
僕は少し落ち込みつつも、手紙をポシェットにしまった。
ちゃんと、後で届けるからね?
魔法で顔を洗って、髪を整えて。
僕は、中央の広間へと向かう。
この場所に行けば誰かしらは居るから、暇な時によく向かうんだ。
ガチャ…。
僕が扉を開くと、2人の人影が見えた。
こちらに気付き、振り向く。
「あ、マリン。 おはよ」
「お~、マリンちゃんじゃないか!」
そこには、ユワルとベルズズが居た。
「おはよう2人とも。 朝から話し合い?」
「うん。 ちょっとだけね」
「僕も一緒に参加していい?」
「うん、いいよ!」
「もちろんだとも! ほら、座っておくれ」
僕は勧められるがまま、椅子に座る。
ちなみにベルって呼び方なんだけど、これはベルズズがそう呼んでほしいって言ったもの。
僕以外にも、テライがこの呼び方をしてるみたい。
僕は席に座ると、卓上に置いてあるカップとポットを引き寄せた。
そのまま、なまぬるいお茶を淹れてすする。
そんな僕の姿を前に、ユワルは微笑んだ。
「マリンもキャラバンに馴染んできたみたいだね」
「うん。 おかげさまでね」
「ふふっ。 それは良かったんだよ!」
ユワルは一言つぶやくと、それからベルの方へと向き直った。
「ベルズズ。 マリンにもそろそろ教えてもいいと思うの、あのこと」
「そうだね~。 私もそう思うよ~」
「…?」
唐突に何かを打ち明けられそうで、少し怯える僕。
そんな僕の顔を、ベルが覗き込んだ。
「マリンちゃん。 これを聞いたら最後、もう後には戻れないけどいいかい?」
「えっ!?」
「覚悟は出来てるのかい?」
「…え!? ちょっと待って! 心の準備が!!」
「はいはい、脅さないの。 ただ旅の目的を伝えるなんだから」
「旅の目的?」
「うん。 私、前に少し話したでしょ?」
ユワルは期待を込めた目で、僕を見つめた。
もちろん、忘れるわけもない。
だってあの日のことは、いろいろと衝撃的だったもん。
「…終末を止める旅でしょ」
「うんうん! よく覚えてたね」
「その通りさ。 私たちの目的は、終末をとめることだね~」
僕の言葉にユワルはもちろんのこと、ベルも大きく頷いた。
この反応を見るに、どうやら本気で終末に立ち向かおうとしているらしい。
とはいえ僕は、未だに半信半疑だった。
「マリン。 その顔、まだ私たちのこと信じてないでしょ?」
「うん」
「おばか!」
僕はユワルに、ぽこんっと殴られた。
「痛っ!」
「もう! 私たち、これでもけっこう頑張ってるんだよ!?」
「ごめん…あんまりに突拍子もない話だったからさ」
「まぁまぁ、いいじゃないか~!」
ベルは、ユワルを落ち着かせた。
そして、僕の目を覗き込む。
「マリンちゃん。 よく聞いておくれ」
「う…うん」
「これから君は、私たちと旅を共にしていく過程で、様々な物を目の当たりにするだろうね。
世界の不合理、崩壊の予兆、そして終末への道筋。 その最中で、納得すればいいさ」
彼はそういうと、カラっと笑った。
彼の目は変な眼鏡に隠れていて見えないけれど、どこまでも深く、底知れない何かを感じた。
それと同時に、絶対的な自信も見えてくる。
思わず僕も、彼に釣られて終末を信じてしまいそうなほどに。
「…よく…分かんない…」
「まぁ、今はいいさ。 そのうち、君は嫌でも直面する運命にあるだろうからね~」
「もう、余計に分かんないよ!」
ベルが言葉を話せば話すほどに、話がややこしくなってくる。
そんな僕に、ユワルが簡単にまとめてくれた。
「ひとまずマリンは行く当てがどこにも無いんでしょ?」
「うん。 今さら…故郷に帰る訳にもいかないし…。 どこにも無いかな」
「それならさ、終末のある無しは一旦置いておいて、純粋に私たちと一緒に冒険しよ!」
「確かに! それなら楽しそう!」
「ふふふ! 決まりだね!」
「そうだね~。 最初のうちは冒険気分でも悪くはないだろう! 終末は、後々で良いのさ」
ベルはそう言って、カップに注がれたお茶を飲み干した。
そして、再び僕を見る。
「ひとまず、当分の私たちの目標をマリンちゃんに伝えようか」
「…それって、終末を止めることじゃなくて?」
「ははは! それは最終目標さ。 その前に、いくつか下準備がある訳だね~」
彼はそう言うと、ユワルの顔を見た。
「ユワルちゃん。 黒板を引っ張りだしてきておくれ~」
「がってん承知丸だよ!」
妙に古臭い言葉を言い放つユワル。
いったい何時の言葉なんだろうね…。
それはさておき、彼女はるんるんと倉庫へ駆け出していく。
それからしばらくして…。
「んぎぎぎ!!」
少しふんばりながら、黒板をひっぱりだしてきた。
そこには、様々な写し絵や図が描かれている。
ちなみに写し絵というのは、ここ最近に誕生した新技術なんだ!
木属性の魔法を使って、目の前の風景をそのまま絵にして閉じ込めるらしい。
すごいよね。
「…ふぅ。 これ重いんだよ?」
「すまないね~、ユワルちゃん。 助かったとも」
「じゃ、私もどるね」
ユワルはそう言うと、ぱたぱたと走って僕の隣に座った。
綺麗に両手を揃えて、ちょこんと座る彼女。
なんだか彼女と一緒に、学び舎の講義をうけているような気分になった。
ベルはそれを見てから、黒板へと目を向けた。
「それじゃあ、マリンちゃん。 当分の目標を発表しようじゃないか~!」
どろどろどろどろどろ…。
どこからともなく聞こえてくるドラムロール。
それが段々と早くなり…。
ぱーん!
何かが始める音がした。
それと同時に、ベルが一枚の絵を指さす。
「じゃじゃーん! 魔王討伐~!」
「いえーい!」
ベルの言葉に、ユワルが拍手をする。
しかし僕は、彼の言葉がいまいち理解しがたかった。
「え? …魔王…討伐…?」
「そうさ! 私たちの当面の目標は、魔王を討伐することだね~」
「うんうん! マリンも、魔王のことは学び舎で習ったでしょ?」
「…習ったけど…」
それでもなお、僕は困惑していた。
魔王が実在していたのは、学び舎の講義で教えてもらった。
でもそれは既に、勇者によって倒されているんだ。
だから、もうこの世界には居ないはずなんだけど…。
「待ってよ。 魔王ってもう居ないんでしょ?」
「いいや?」
僕の言葉に、ベルはにやっと笑った。
そして言葉を続ける。
「確かに、前回の魔王は死んださ。 1000年も前の昔にね」
「…うん。 僕も学び舎でそう習った」
「そうだろう、そうだろう! それでマリンちゃん」
「なに?」
「魔王は復活を繰り返している。 そうとも習わなかったかい?」
「聞いた気がする。 まさか…?」
「そのまさかさ。 魔王は1000年周期で復活を遂げる。 ちょうど来年が、その年な訳だね~」
「ほんとかなぁ」
僕はあまりにぶっ飛んだ話が信じきれず、首を傾げた。
それを見たベルは、またしても大笑いを浮かべる。
「ははは! どのみちそう遠くない未来、君は魔王の復活を見ることができるだろうさ」
「…うん。 それが本当だったら、僕もベルたちのこと信じるよ」
「それでいいとも。 その時ははれて、君も私たちの仲間だね~!」
彼はそう言うと、再び黒板へと向かっていく。
そして、魔王から伸びる矢印を辿っていた。
「それじゃあ、次のステップだ。 マリンちゃん、これを見ておくれ~」
「うん」
その先には、天使の写真が貼り付けられていた。
それは僕らの見慣れた天使なんかじゃなくて、なんだか不気味な雰囲気の天使だった。
錆びついた刃物を持っており、口からは重油の浮いた水のような、虹色に輝く液体が漏れ出している。
「え…なんかその天使、気持ち悪い」
「安心しておくれ~。 マリンちゃんもいずれ、見慣れるさ!」
「安心していいのそれ!?」
まったく安心できない、慰めの言葉をかけてくれる彼。
僕は若干の不安感を覚えた。
それからベルは、言葉を続ける。
「魔王を倒すと、天国に行けるようになるのさ。 次のステップは、天国旅行なわけだね~」
「えぇ…? 意味わかんない」
「分かるも何も、そのままの意味さ! 魔王を倒したら、天国に行ける。 常識だろう?」
「聞いたことないよ!?」
「ははは! まあ、そういうものさ! 私は実際に行ったことがあるから、それが根拠だとも」
「投げやりだなぁ」
ベルからは、まったく説明する気を感じられなかった。
このまま彼に問い詰めても時間がかかりそうなので、僕は隣を振り向いた。
きっとユワルなら、まともな解説をくれるに違いない。
そう思っていたんだけど…。
「えー…? なぁにこれぇ…? 猫は可愛いってことぉ?」
彼女も彼女で、なにも理解していない表情を浮かべていた。
だめだこの人たち。
僕は思わず頭を抱えた。
そんな僕らを無視して、ベルは続ける。
「続いて、天国にいってからの話だね~」
「うん」
「私たちはおそらく、ここに終末を止める手がかりがあると睨んでいるのさ」
「無かったら?」
「ははは!」
僕の質問に、ベルは笑って誤魔化した。
つまるところ、天国に何も無ければ終末を受け入れるしか無いという訳らしい。
「なんだか…行き当たりばったりだね…」
「まぁまぁ、マリンちゃん。 後のことは後に考えればいいとも。
今は、最初の段階である魔王討伐に注力しようじゃないか~!」
「うん。 そうだね」
ベルはそう言った。
千里の道も一歩から。
魔王を倒して、天国に言って、そこで終末を止める手がかりを探し、終末を止める。
なかなか大層な目標だけど、まずは魔王を倒さないとね。
一番はじめをしっかりしないことには、この先にも進めない。
だから今は、全力で魔王に力を注ぎ込めばいいんだ。
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