30. おとぎ話は現実に 2

僕はベルとユワルから、この先の目標を聞いた。

ひとまず当面の目標は、1年後に復活する魔王の討伐だね。

それを成し遂げないことには、その先にもすすめない。


「マリンちゃん、何か質問はあるかい?」


ベルは一通り話し終えたらしく、僕に質問が無いか聞いてきた。

僕はそれに、曖昧な返事をする。


「質問では無いんだけど…」


「何だい?」


「これ、ベル宛てに届いたんだ」


僕はポシェットに手をいれ、その中から手紙を取り出した。

朝、僕の部屋に飛び込んできた手紙だね。


「おやぁ? 手紙かい?」


ベルは首を傾げながら、それを受け取った。

そして差出人を見た途端、彼の表情は今まで以上に明るくなった!


「ほぉ、やっと来たか! これで私たちの作戦も一歩進める!」


彼はそう言うと、すぐさま中の紙を取り出した。

それと同時に、何かプレートのような物が出てくる。

それはなんだか高級そうな素材で作られていて、見るからに高そうだ。


「ベル、それは何?」


「このプレートのことかい?」


「うん、それ」


「なに、大した物じゃないさ~」


「もったいぶらずに見せて!」


「いいとも。 大切に扱ってくれよ?」


彼は少し笑うと、そのプレートを僕に見せてくれた。

それはずっしりと重く、表面はぴかぴかに磨かれていた。

でも汚れや指紋が付かない加工がなされていて、常にぴかぴかの状態が保たれている。


その中心には、何かの紋章。

そして、古臭い文字で何かが刻まれていた。


「勇者…ベル……?」


え?


勇者ベル?


え???


僕は、その文字を二度見する。


いや、二度見なんかじゃ全然足りない。


十度見した。


「え…!? え!?!? 勇者ベル!?!?」


そんな僕の反応を見て、ユワルは眉をひそめた。


「ベルズズ…まだマリンに言ってなかったの? 勇者のこと」


「いやぁ、なかなか機会が無くてね~」


「んもう…ややこしくなるから、あの時に言っておいてって私、言ったじゃん!」


「ははは! あそこで打ち明けるのはもったいないと思ったのさ!」


あたかも、ベルが勇者かのように会話をする2人。

状況が読み込めない。

僕は何度もベルの顔を見返した。

そんな僕に、彼は手を差し伸べる。


「改めてマリンちゃん。 自己紹介をしよう」


「…はぇ…?」


「私は勇者ベル、君の憧れさ」


「……ぁ」


「ほら、どうしたんだい? 勇者ベル、大好きなんだろう?」


「……ぁっ」


「マリンちゃん?」


「うわあああああああ!!!!!!」


「ちょっと!? どうしたんだいマリンちゃん!?」


あまりの耐え難い現実に、僕は目を背ける選択をした。


ありえない。

こんな変な眼鏡をかけた変な人が勇者だなんて、ありえない!!


変な眼鏡…?


そういえば…勇者ベルも変な眼鏡を…。


あ。


勇者ベルって…ベルから名前取ったわけ!?


あ…あああ…あっ!!


本で描かれた勇者ベルの姿と、目の前の変な男性の姿が一致していく。


あっ!! ああああ!! そんな!!!! 嘘!!!!!


「しっかりしてマリン!」


ユワルに抑えつけられるも、もう僕は止められない。


「どうするのベルズズ!? マリンが現実に耐えきれてないんだよ!?」


「それって私が悪いのかい!?」


「そうだよ! 全部ベルズズが悪いだよ!! なんとかして!!」


「参ったね~。 仕方ない、私の武勇伝でも聞かせてあげようじゃないか!」


「おばか! そんなことしたらマリンが死んじゃう!」


「ははは! もうお手上げだね~」


「このバカ眼鏡!!」


「んんん!?」


…。


そんな具合で、今日のキャラバンは朝から騒がしかった。

それからしばらくして。

僕が目覚めたのは、数分後だった。


「……あれ?」


「あ、マリン。 目が覚めたんだね」


「…ユワル?」


「うん、ユワルだよ。 お目覚めの気分はいかが?」


「なんだか僕、すごい悪夢を見てたような気がする…」


僕は、自分の頭の上に手を置いた。

なぜだか分からないけど、頭痛が痛い・

そんな僕の手を、ユワルが握る。

それはそれは力強く。


「…ユワル?」


「あのね、マリン。 よく聞いて」


「う…うん」


「辛いかもしれないけど…それは現実なの」


「…え?」


「あの眼鏡は、勇者なの」


「やぁやぁ。 マリンちゃん」


僕の目の前に、悪夢が現れた。

彼はこれ以上ないほどの笑顔を浮かべ、僕を見つめる。


「…ぁ…ああ…」


「耐えるんだよマリン! 耐えるの! 負けないで!」


僕は目の前の光景から目をそむけようとするも、ユワルに頭を固定されてしまう。

そのせいで、嫌でも変なオジサンが僕の脳裏に焼き付いていく。


「…あっ…あああっ!!」


「マリン、耐えて!」


「……ぁ……ふぅ…ふぅ……。 ユウシャ…コロス…」


「良かった! ちゃんと克服できたんだね!」


「ありがとうユワル…」


僕は、ユワルのおかげもあってなんとか落ち着きを取り戻した。


人生始まって十数年。

僕はいままでずっと、勇者ベルに憧れを抱いていた。

それがまさか、こんな変なオジサンだったなんて。

なんだか、すごく夢を壊された気分だった。


それでも、この風格、立ち振舞いを見れば勇者に見えなくも…。

見えなくも…。

やっぱり見えないなぁ。

おとぎ話は、結局はおとぎ話の中なんだ。

彼は、かなり脚色された姿で描かれたみたい。


それから再び席につき、先ほどの話の続きをしてくれた。

ベルは、僕が渡した手紙をこちらに見せる。

それを、食い気味に見るユワル。


「連盟からの…手紙…」



「そうさ。 連盟によると、魔王が復活する兆しが見えたとのことらしいね~。

それで勇者である私に、魔王の観測、および討伐の要請が連盟から出されたわけだ」


「ついに来たんだね!」


「あぁ、ついにだね~」


嬉しそうな2人。

もちろん僕も、わくわくしていた!


「僕たち魔王と…魔王と戦えるんだね!」


今では大っ嫌いだけど、僕も昔は勇者ベルに憧れていた。

今では大っ嫌いだけどね。


勇者ベルは世界中で人気で、彼が嫌いな子供はまず居ない。

みんな彼を真似して、こっそり親の眼鏡をかけてみたり、勇者ごっこをしたりするんだ。

そう言った人たちは、いつか自分も魔王を倒したいと願って冒険者になる人も少なくない。


もちろん僕だって、そのうちの1人だった。

学び舎時代、いつかは魔王を倒してみたいって思ってたもんね。

それがまさか、こんなに早くチャンスが巡ってくるだなんて!


「…ワクワクする! 頑張ろうね、みんな!」


僕は、目を輝かせながら2人の顔を見た。

しかし。


「い~や? キャラバンで戦うのは私だけさ」


「え?」


「他に4人くるらしいけどね~。 まぁ、マリンちゃんは見てるだけだね~」


ベルはカラったと笑った。

僕はそれに、全力で抗議する。


「笑いごとじゃ無いよ! これを逃したら…次はあと1000年後なんでしょ!?」


「ははは! 世界が続いていればね~!」


「んもう!」


終末ジョークとも言うべき、上手い返しをされてしまう。

僕は、何も言い返せなくなってしまった。


待って。

まだ、手はあるのかもしれない!

僕は一縷の望みをかけて、ベルに再び質問をする。


「…ね、ベル」


「なんだい?」


「魔王戦のあとの4人は、誰が来るの?」


「それを知ってどうするつもりだい?」


「えーと…。 その人の食事に毒を盛り込んで…変わりに僕が参加しようかなって…」


「ははは! 君はバカだね~!」


ベルは僕の言葉がドツボにハマったらしい。

お腹を抱えながら、笑い転げる。


「良いね~! マリンちゃんはやっぱり面白いじゃないか~!」


彼はたっぷり笑ったあと、涙を拭きながらこちらを向いた。


「…だけどねぇ、おススメはしないよ~」


「どうして?」


「他の4人のうち、2人は双星、天王星さ。 下手なことはしないほうが良い」


「双星…天王星…」


双星に天王星。

それは複属性(属性を2つ持っている人)と、単属性の頂点に立つ人にのみに贈られる称号。

文字通り、この世界で最も強い人たちなんだ。

そんな人たちに毒を盛れば、どんな仕打ちが待っているか分かった物じゃない。

さすがに現実的じゃないよね。


「そ…それじゃあ…あとの2人は…?」


「ははは! それも厳しいだろうね~」


「どうして?」


「例年通りなら、1人は回復の魔法使いが来るだろうね。 世界最高の医者さ。

毒なんて小細工が効くと思わない方がいいだろうね」


「ぐぅ…。 じゃ…じゃあ最後の人は…!?」


「最後は…硬い男さ」


「え?」


「硬い男だとも。 文字通り、本当に硬い男なんだよ~」


勇者に、双星に、天皇星に、世界最高の医者。

ここまで見れば、これ以上ないほどの完璧なパーティだ。

でも…硬い男…?


「な…なんか弱そう」


「なにを言うんだい、マリンちゃん。 前回の魔王戦では、彼は何度つぶされようが、何度飛ばされようが、ピンピンしていたとも。 あれは立派な盾だったね~」


ベルは遠い目をしながらそう語った。

そして続ける。


「確か彼はドワーフ族だったかな。 寿命からすれば、今は生きちゃいないだろうね~」


「えっ。 じゃ…じゃあどうするの!?」


「安心しておくれ。 ヤツの子孫も、それに劣らないくらいの頑丈さだとも。

仕事はしっかりこなしてくれるはずさ」


「そっかぁ、良かったぁ…。 じゃないよ! 僕の出る幕がないじゃん!」


「ははは! まぁ、今回は安心して見ていておくれ」


「むぅ…」


1000年に一回の大きなイベントだ。

僕みたいなマウ族の寿命を考えれば今回しか無いのに、

ベルはまるで次があるかのような物言いをしてくれる。

そりゃぁ…ミガ族からすれば何度かチャンスはあるだろうけど…。


僕は少し、落ち込んだ。

そんな僕の肩に、ユワルがぽんっと手を置いてくれる。


「マリン。 魔王を倒す世紀の瞬間が見れるんだよ? それだけで満足だと思わない?」


「…たし…かに。 そうだよね!」


「うんうん! そうだよ!」


「勇者ベルのおとぎ話が、目の前で見れるんだ!」


そう考えると、なんだかワクワクしてきた。

過去の自分に自慢してあげたい気分だよ。


「がんばってベル!」


「ははは! これは負ける訳にはいかないね~!」


僕の言葉に、ベルはカラと笑う。

その余裕な表情に、僕はすこし憧れを抱いてしまった。


最初こそ僕の理想の勇者像と、ベルの姿がうまくかみ合わなかった。

でも、こうして受け入れた今なら分かる。

これはこれで、案外カッコいいのかもしれない。

誰もが憧れるようなカッコよさはないけども、

誰もが頼ってしまうような安心感が彼にはある気がした。


かくして僕らは、魔王討伐に動き出す。

魔王の出現が予測される場所はトロン大陸。

いま僕らが居るシュカ大陸の、西側に位置する大陸だ。

まずはトロン大陸に入ることが、最初の目標だね。

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