25. 再開 2

伝えられた場所に、クララは居なかった。

きっとそこでの修行は退屈すぎたんだ。

クララはきっと、家で自主練習をしてるんだと思う。


きっとそうに違いない。


…じゃあ、なんで僕に会いにこなかったの?


…。


きっと、理由があるんだよ!

僕を驚かせたかったとかさ!


ね?


僕はそう言い聞かせながら、暗くなった街を歩く。


今日はもう遅いし、移動は出来ない。

この街で泊まろう。


そのまま宿に止まり…。


もう朝だった。


あれ?

なんだか時間の流れが早くない?


そしてまた陸路を行く。


あれ…もうお昼?


やけに時間の進みが早い気がする。

もっとゆっくりでいいよ。

ゆっくり行こうよ。


ゆっくり…。


ねぇ。


瞬きをする頃には、既に夕方。


そして見知った町。


心がキュッとなる。

足が重い。

脳からの警笛。

僕はそれに逆らいながら進んだ。


なんで?


彼女に会えるのが楽しみなはずなのに。


でもなんで?


分からないふりしとけば良いんだよ。

子供のままでいい。

何も分からないままでいい。


たのしみ。

たのしみ。

たのしみ。


やっと彼女にあえるよ。

よかったね。


くらら。


気が付けば、見覚えのある扉の前に居た。

何故だか分からないけど、思わず吐きそうになる。


でもだいじょうぶ。


もうからっぽだから。

吐けるものは全部吐いた。

だからもう、吐ける物は何もない。

だからぜんぶだじょうぶ。


コンコンッ。


扉をノックをする。

まもなくして、中からクララに似た女性が出てきた。

お母さんだ。


…。


「…マリンちゃん…いらっしゃい」


「こんにちは。 クララいますか?」


「えっと…」


「いますか?」


「…」


「居るんでしょ?」


「お願い…そっと…」


「おじゃまします」


「ちょっと待って! マリンちゃん!」


僕は体を無理やり動かし、階段を駆け上がる。


扉。


ただの木の扉。


それなのに、どこまでも重く、どこまでも厚く感じる。


なんで僕との間に壁を作ったの?

僕らは水入らずでしょ?


お願い…やめて?


僕は扉を開けようとするも、動かない。


扉が動かないんじゃない。


僕の手が動かない。


なんで。


なんで。


僕はドアにもたれかかる。


ぎっ


僕の体重で、ドアが押し開かれてしまった。

すると。

中には、知らない少女が居た。


彼女はうつろな目をしながら、こちらを見つめている。

真ん丸な目の少女だ。

でも、髪も服も乱れ、体も大きく痩せ細っていた。


「…なんで」


少女の、かすれた声を出した。


それは。


聞き覚えのある声だった。


クララ。


クララ…!


あぁ…


よかった…。


「クララ!」


僕は今までのことなんか忘れ去って、ただ彼女に再会出来たことが嬉しかった。

我を忘れて、彼女に駆け寄る。

しかし。


「出てって!!!!!」


目の前の少女は、意味の分からない言葉を言った。


「…え?」


「嫌………見られたくない…」


「…クララ…?」


彼女は僕に向かって物を投げてくる。

それは弱弱しく。

それでも、僕に対する明確な拒絶だった。


「…消えて……消えて!」


きえ…て?


なに…


きて


消えて




その時、僕の中で何かが切れた。


僕は咄嗟に部屋を飛び出し、海へと走っていく。

そしてそのまま、海に身を投げた。


冷たい海水が僕を包んでくれる。

幸せってここにあったんだ。


…。


もうどうでも良かった。

なんのために、今まで頑張ってきたんだろう。

全部、無駄だったんだ。

いっそのこと、ここで終わりにしたかった。


しかし。


…っ


「ゴボッ……うえっ…うっ……」


咳が止まらない。

苦しい。


嫌だ


まだ


まだ死にたくない


僕、まだ生きたいんだ。

こんなに辛いのに。

なんでなの。


…。


気付けば、浜辺に寝ていた。

怖気づいたんだ。


はぁ…。


僕って死ぬことすら出来ないんだ。


…。


浜辺に寝転がり、空を仰いだ。

何もしたくなかった。


…。


知らぬ間に、亀に乗っていた。


気が付けば、見飽きた島に帰ってきていた。


そしてここに、見飽きたドアがある。

それを手にかけた時、ふと自分の姿がドアのガラスに反射した。


こんな姿を親にみせるの?

あんなに期待させておいて?

それじゃまるで、クララと一緒じゃん。


一緒にすんなよ。


僕は手を、扉から離した。

もう、どうでもいい。

独りで生きよう。


それがいいよ。

それならみんな幸せだ。

僕は、練習で使っていた島に向かった。

何にもない島。


僕みたいだ。


誰も頼れない。


何も出来ない。


何の価値も無い場所。


僕は寝転がった。


全部無駄だったんだ。


この2年間。


違う。


僕が生きてきたこの10年間、全てが無駄だった。


ゴミ。


ゴミ屑。


僕はただぼーっとしていた。


…。


…。


…。


…。


いつまでそうしてたのかな。

いつの間にか僕は、星空を眺めていた。

それはまるで、僕が宇宙の彼方に投げ飛ばされたみたいで、とても落ち着けた。


ふと、だれかが僕を覗き込む。


「やっぱりここに居た。」


「…」


「マリン。 私だよ」


「…ユワル?」


「うん。 正解。 隣いい?」


「うん」


いい香りがする。

彼女は華奢な体を折り曲げながら、僕の隣に座った。


気づいたら。


僕は彼女に抱き着いた。

ただ存在を認めて欲しくて。

ユワルは一瞬驚くも、やさしく僕を抱きしめ返す。


「辛い…僕…辛いよ…」


「辛かったね。 マリンはよく頑張ったよ」


「ユワル…ユワルは…ユワルは居なくならないで!」


「私は居なくならないから。 安心して」


「死にたい」


「そんな事…言わないでよ」


ユワルが強く抱きしめてくれた。

力が強いのか、ちょっと苦しい。


苦しいんだ、僕。


その瞬間、僕はまだ死んで無い事を実感する。


思わず溢れだす涙。


僕はユワルの小さい胸の上で泣いた。

感情が滝のように溢れてくる。

止まらない。


「僕…ぼく…頑張ったのに…」


「うん…すごい頑張ったね」


「でもっ…でもっ…報われなくて…」


「大丈夫。 私がぜんぶ認めてあげるから」


「ゆわるぅ…」


ユワルは僕の言葉をずっと聞いてくれた。

そして優しい言葉をかけてくれる。

僕って生きてて良いんだ。

そう思えた。


…。


やっと落ち着いてきた。


全部吐き出したからなのかな。

昨日の夜から、僕はずっとふわふわした感じだった。

それが今、やっと地に付いた気分。


それでもまだ、僕は情けない顔をしていて。

そんな僕を、ユワルは優しく導いてくれる。


「マリン。 帰ろ」


「嫌。 みんなに合わせる顔が無いよ…」


「んー。 それもそうだよね」


「…ね、ユワル」


「なぁに?」


「つれてって」


「…?」


「僕も連れてって」


「キャラバンの事? いいの?」


「…うん。 僕…もうどこにも居場所がないから」


「本当にいいの?」


「うん」


「…分かった。 きっとみんな歓迎してくれるよ!」


「…ありがとう。 ユワル」


「ふふふ~。 その、改めてよろしくね。 マリン」


そう言うと彼女は手を差し出した。

僕は迷わずその手を握る。


「よろしく…ユワル」


「うんうん! それじゃ行こ、マリン!」


明かり一つない暗闇の中、彼女は僕の手を引いていく。

でも間違いないことが一つだけある。

それは僕の心に、明かりが灯ったこと。

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