24. 再開 1

まだ日も登らない早朝、僕は荷物を背負った。


…。


念のため、もう一回確認しよう。


うん、忘れ物はないみたい。

しばらくはこの家には帰ってこれないから、忘れ物なんてしたらとんでもないよね。

僕はそう思いながら、家の中を見渡した。


昨日まではなんてことなかったこの景色も、なんだかすごく名残惜しい。

家具の一つ一つに、思い出が蘇ってくる。

やっぱり寂しいな。

でも僕は、その感情を表に出さないようにした。


「マリンちゃん…元気でね…」


「元気でな、マリン」


「うん、お父さんもお母さんも元気でね!」


2人はぎこちない笑顔を向けてくれた。

僕もそれに答えるように、笑顔を向ける。


「行ってきます」


「「いってらっしゃい」」


別れは、意外とあっさりとしたものだった。

そうでもしないと、僕の気持ちは変わってしまう。

だからこれでいいんだ。


僕は家を出て、続いてフワリの家に向かう。

扉をノックすると、すぐに彼女が出てきた。


「おはよう、フワリ」


「おはようマリン君」


ユワルも奥にいるようだ。

僕に手を振っている。

心なしか、すごく寂しそうな顔をしてた。


「2人共、今までありがとう」


「私の方こそありがとう。 楽しかったよ、マリン君との日々」


「はは、よしてよ。 泣いちゃうじゃん」


「ほんとに行っちゃうんだね、マリン」


「うん。 ユワルにも、沢山お世話になったね」


「…うん。 辛くなったら戻ってきてもいいの。 私はいつでも居てあげるから」


「ほら、ユワルちゃん。 引き留めるような事を言わないの!」


「ごめん。 でも楽しかったよ、マリン」


「うん、僕も楽しかった」


なんて会話をしていると、フワリが僕をせかす。


「ほら、クララちゃんが待ってるよ? はやく行ってあげなきゃ」


「うん、そうだね。 また会いに来るよ、フワリ、ユワル」


「はい。 いつでも待ってます」


「またね、マリン!」


挨拶を終わらせた僕は、すぐに浜辺へと向かった。


さようなら。


僕の故郷。


亀が来るまでの間、僕はずっと上を見上げていた。

理由なんかないよ。

ただ見上げたいだけ。


気付けば、朝日と共に亀がやってくる。

僕は階段を駆け上がった。

まるで思い出をこの場所に置き去るかのように。


さて。

目指すのは、学び舎の島だ。

あの島、実はかなり広いくてね、一周しようとすると数日はかかるらしい。


僕たちが通っていたのは、島のほんの入口の部分。

そしてクララが修行をしているのは、島の最果て。

ちょうど反対側なんだよね。


ちなみにそこには、亀ではいけないんだ。

岩がせりだしていて、上陸出来ないのだとか。

だから僕は、陸上の乗り物を乗り継いで行きながら目指していく事になった。


乗り物を利用しても、ここから1日近くはかかる道のり。

まるで軽い冒険だよね!

僕はいつのまにか別れの寂しさを忘れ、ワクワクしていた。


2年間の会えなかった寂しさ、そして期待。


クララに僕の成長を見てほしい。

そして彼女の成長を見てみたい。


どれくらい成長したのかな。

僕なんかよりも、比べ物にならないくらいに強くなってたりして。


見た目は変わってるかな?

髪が伸びてたりして。

もしかして、大人びてるのかもしれない!


どうであれ、僕はどんなクララも大好きだ。

楽しみだね!

はやく会いたいよ。


そう思いつつも、まだまだ長い道のりにため息を付く。

ヘンテコだよね。

2年間も待てたのに、今はたったの1日すら待てないなんて。


…。


時刻はお昼を回った。


まだお昼か…。


…。


そして午後。


やっと…午後、もうすぐかな。


…。


最寄りの町に着く頃には、既に夕方になっていた。

そこは海に面した、広い町。


「ここが…クララの居る町か…」


僕は長旅の末、感動を覚えていた。

島の反対まで来ると、町の文化も少し違ってくる。

初めて見る町が、夕陽の光を受けて黄金に光輝いていた。


いい町…。


でも僕は、のんびり眺めるだなんてことはしなかった。

だって、今、この瞬間にもクララが待ってるんだから!


僕は町をぬけ、郊外へとやってきた。

クララが修行をしている場所は、土星の魔術師が教えている場所だ。

土星というのは、土の単属性が星級を取った時に贈られる称号だね。

ちなみに土星以外にも、火星や金星など、属性に合った称号が贈られるらしい。


ともあれ、すごい人達が教えている場所なんだ。


そのため、シュカ大陸では超有名所らしく、紹介状が無いと入らせて貰えないらしい。

クララは学び舎から紹介状でも出して貰ったのかな。

それか、もっと凄い人とか?

いずれにせよ、彼女にぴったりな凄い場所だ。


しばらく歩いていくと、丘の上に大きな建物が見えてきた。

大地から生える無数の巨大な岩。

そして、それを生かすように建てられた美しい建築。


一目で土属性の学校だって分かる。


僕は恐る恐る中に入ろうとした。

しかし、入り口で止められてしまう。


「ちょっと君、どうしたの?」


声のする方を見ると、門番が2人居た。

さすがに部外者は入れてくれないよね。

ここは事情を説明して、呼んできて貰おうかな。


「あの…とある人を迎えに来たんです」


「ここの生徒かい? 名前を教えてくれる?」


「はい、クララという人です」


「クララさん…ねぇ…。 あんた知ってるか?」


門番はもう1人の、若い門番に声をかける。


「俺の同期にそんな人居ましたけど、他は知らないですね」


同期…。

もしかしたらクララ本人かもしれない。

僕はその若い門番さんに、質問をした。


「門番さんは何年前からここに居るんですか?」


「俺はちょうど2年前くらいかな」


「クララも2年前からここで学んでいるんです。 その同期の人、僕が探しているクララで間違い無いはずです。 よろしければ、呼んで頂けませんか?」


僕は早く会いたいという気持ちを抑え込み、丁寧にお願いした。

しかし彼は、肩をすくめた。


「うーん、それは無理な話だな」


「え?」


あ、いけない。

思わず感情が出そうになっちゃった。


「おい、あんまり意地悪してやるなよ」


年上の門番が、若い門番に向けて少し注意する。

しかし若い門番は引かない。


「いや先輩。 呼ぶも何も、もう1年以上彼女の顔見てませんから」


「どういうことだ? その人はもう居ないって事か?」


「そうですね。 色々辛かったでしょうし…無理ないかと」


辛かった…?

クララが…?


あぁそっか。

きっとクララにとって、ここのレベルが低すぎて退屈だったのかな。

何のためにもならない、遊びのような修行をさせられて辛かったに違いない。


きっとそういう事だろう。

絶対にそうだ。


やっぱりクララはすごいんだ。

きっと僕の想像も出来ない場所に到達してるんだ!


…それじゃあ、今どこに居るんだろう。


他の場所で修行してるのかな。

それとも家で自主練しているかもしれない。


きっとそうだ。


僕に連絡もせず、別の場所で修行してるなんてありえない。


とりあえず、クララの家を目指そう。

昔に何度か遊びに行った事があるから、場所は大丈夫。

また1日かけて戻る事になっちゃうけど、きっと会えるはず。


はは…クララは世話がやけるなぁ。


はやく向かおう。


頭がおかしくなっちゃいそうだ。


重い足をむりやり動かして、僕は駆け出した。


「おい待て! 少年!」


「やめておけ」


「…ですけど、あんまりに…」


門番は何か言いたげな様子だったけど、すぐに諦めたようだ。

元の位置へと戻っていった。


…さて、また1日かけて移動かな。

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