100万年後に届く魔法 ~世界に終末が訪れるらしいですが、僕は今日も元気です。~

奈落24丁目

00. プロローグ 

「世界が動くよ、この情報!!」


「でしょ?」


「ああ!! ついにこの時が!!」


彼は、手紙を見ながら興奮していた。

時はさかのぼる事、数分前。


コツン。


船の窓に、手紙を咥えた小鳥がやってきた。

少し幼い少女がそれを受け取ると、ゆっくり開いていく。


「あ。 やっと来たよ」


「何が書いてあったんだ? 私にも見せてくれ」


対面に座る男は、手紙の内容が気になって仕方がないのか、身をよじる。

しかしなかなか手が届かない。

そんな彼に、少女は不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふ~。 簡単には見せないよ?」


「出たよ、君の悪い癖! 少しでいいから見せてくれ!」


「え~。 どうしよっかな」


彼女は窓を見た。

少し悩んだ末、再び顔を向ける。


「創造主を殺した、悪い神様が居たらしいんだよ」


「それは神話の冒頭か?」


「うん」


「そうかそうか。 で、手紙には何が書いてあったんだい?」


「創造主を殺した悪い神様は、新しい創造主となって…」


「無視かい? 私のこと無視したかい今?」


「創…」


「大の男である私が泣きわめくぞ? いいのか?」


「…」


「ほら、見ろ! 目がウルウルしてきた!」


「あぁもう、うっさいな! これから良い所なんだよ! 後で見せるから静かにしてて!」


少女の声に、思わず首を引っ込める男性。

そして、彼は冷静に椅子へと座り直した。


「ほぅ。 よし、待ってあげよう! 私は待てる良い子だからね~!」


「はぁ…。」


男の言葉に呆れつつ、少女は続ける。


「創造主を殺した神は新しい創造主になるんだ。 でもそいつも、またいつかは殺されて…


それがずっと続いていく。


ずっと、ずーっと。





水の神は、名前の通り水から生まれるらしいよ。

私も、例外なく水から生まれた。


でもね。


「すまない水の神よ。 許せ」


私の初めての記憶は、創造主に首を絞め殺される場面だった。


訳も分からず、私は創造主の大きな手に握られていた。

それはとっても息苦しくて。

とっても怖くて。


衝撃的でしょ?


でも結局は絞め殺せなくて、私は生き延びたらしい。

もう何がなんだか分からないんだよね。

この世界は怖い場所なのかな。

私はそんな不安で胸がいっぱいだった。


…でも、意外とそうでも無かった。


この世界は、怖い場所なんかじゃなかった。

みんな優しくて、暖かくて。

他の神の友達も出来たし、案外、普通に馴染めたんだ。


「水の神~」


「何? どうかしたかしら?」


「うん! 私、暇なの!」


「そっかそっか。」


「わ~冷たいよ~。 ねねね! 水の神は暇じゃないの?」


「私?」


「うん!」


「もちろん暇だよ!」


「えへへ~やっぱり~。 遊ぼうよ~!」


そう、暇なんだ!


私たち神の住むこの天国には、初めから全てがそろっていた。

欲しいものは全てそろってる。

知識も、物も、食べ物だって!


そう聞くと、聞こえは良いけどさ。

言い換えれば、自分の手で何かを得る経験が出来ないって事。

暇つぶしは出来ても、私たちは心から満たされる何かを得たことが無かった。


そんなある日。


「水の神! これはどういう事だ!?」


「っうっさいな! 創造主は黙ってろよ!」


私は生まれて初めて喧嘩をした。

それも、相手は創造主!

きっかけは些細な事だったけど、やがて魔法を交えた喧嘩にまで発展した。


結果は惨敗。

産みの親に、まだ幼い私が勝てるはずが無いよね。

でも、その経験は私にとある感情を芽生えさせた。


欲。


手に入れたい。


何かを成し遂げたい。


そんな気持ち。


創造主と魔法を交えた両手に、微かな震えをわたしは覚えていた。

それと同時に、思わずニヤニヤしちゃいそうな高揚感も私にへばりついた。

私は知ってしまったんだ。

初めて、何かに手が届かない感覚を…。


そう。

私は気づいてしまったの!

心を満たす方法を!


それは、創造主に打ち勝つこと。


きっとそれが出来れば、退屈なこの世界を楽しめる。

きっとそれが出来れば、私は幸せに慣れる気がする!


思い立ってからは一瞬だった。

私は創造主から隠れるように、魔法の練習を始めた。

日に日に大きくなる魔力。 魔力! 魔力!!


楽しかった。

本当に楽しかった!


時には地上に降りて、魔王との死闘も楽しんだ。

最初は苦戦したけど、回数を追うごとに私の圧勝になっていく。


「うふふッ!」


あぁ、感じる!

感じるよ!

私の成長を!!


こんな生活を1万年くらい繰り返したかな。


気づけばね。


私は地上の民から畏怖の念を覚えられていた。

別に殺しまわった訳じゃないんだけどね。

友好的じゃなかったってだけでさ。


それに留まらず、あんなに仲良くしてくれた神たちも、今では私と距離を置くようになった。

もう話すら聞いてくれないの。


でもね、もう辞められないんだ。


楽しくて楽しくて仕方がないから。


だから私は続けた。

続けて。

続けて。

ただ続けて。


ふとした時。


私、もう創造主のこと殺せるんじゃない?


そんな考えが頭をよぎる。


違う、違うから。

私はただ勝ちたいだけ。

殺したくなんかない。


でもさ…少しだけ。


…いけない。


分かってる。


でもさ…。


ダメ!!


そんな事は分かってるのに…!


思考が制御できない。


殺せ。

殺せ。

殺せ。


異常な価値観が流れ込んでくる。


私は何?


ぐちゃ


何をしているの!?


分からない!


ぐちゃ


記憶が曖昧。

ふわふわしている!


ぐちゃ


あぁ……


あはは。

楽しくなってきた!!!


………。


ミモル年代記。

その言葉と共に、最悪な夢から目が覚めた。


……。


私の両手にこべりついた、創造主の魔力の残骸。

それは青白い結晶となって、こべりついていた。


私はやってない。

私じゃない…!

こんな事、したくなかった!!


創造主の死んだ世界は、終末を迎えるらしい。

誰かが言った。


どうやら、この世界もそうみたいだね。

ガラガラと、空が崩れ落ちていく。

海が油のように、虹色に輝き始める。


そうやって世界は、終末を始めた。

妙に鮮やかなその光景に、私は不気味さを覚えた。


そして、プツンと悪夢が終わる。


違う。


始まったんだ。


気づけば私が、新しい創造主となっていた。


その時、体に異変を覚えた。

私の体が、勝手に歪んでいく感覚。


グニュ。


「へ?」


グニュグニュ


「やめて!!」


私の体から、世界が生れ落ちようとしていた。

私は体を押さえつけた。

世界が生まれないように。


「やめて! 私は世界なんか作りたくない!」


グニュグニュ…!


「嫌だ!!! やめろよ!!!」


必死に抵抗するも、突如湧き上がってくるミモル年代記という言葉。

そいつに、思考制御されているような感覚。

何が何だか分からない。


やめて!


やめろよ!!


本当に、気持ち悪い。


ミモル年代記。

コイツには逆らえないらしい。

少しでも反した思考をすれば、思考が矯正されていく。


世界なんて作りたくない。

でも、私に拒否権はない。

自然と動き始める体。


私はただ、それを眺めることしか出来ない。

まるで他人の体かのように。


やがて。


私の魔力が、世界の形へと姿を変えた。

月に、火に、水に、木に、金に、土に。


最初に生まれたのは月の神だった。

ハエのような羽を持った、天国で見た事のあるような見た目をしていた。


その次に、火の神が生れ落ちた。

こいつも見たことがある。

やけに頑丈そうな見た目のヤツだった。


そして次は水の神の番。


水の神…そんなのいた…?

私は見た事…。


私はそこで、ハッとする。


違う。

水の神は、私だったんだ。

前の世界では、水の神である私が創造主を殺した。


…そういえば、前の創造主も元は水の神だったなんて言っていたような。


きっとヤツも、私のように創造主を殺したんだろうな。


水の神。

あれも水の神。

あらゆる歯車が水の神。


それじゃあ、この世界の歯車も水の神?

私の世界も、水の神が壊すの?

水の神が、私を殺すの?


そうだ。


きっとそうに違いない。


なんとかしないと。

なんとかしないと、私が殺される。

じゃあどうする?


簡単な話だよ。


生まなければいい。

そうしたら、この世界には私を殺す者はもうどこにも居ない。

だから、仕方のないことなんだ。


今にも形を成そうとする水を、私はバシャンっと潰した。


…。


水は潰れたまま、ぷくりとも動かなくなった。

死んだ…?


そいつはそのまま、生まれようとしなかった。

希望が見えた気がする。


その後、木の神、金の神、そして土の神がそれぞれ生まれた。

私はその子らを、全ての力をふり絞って創り上げた。

もう、力なんて残ってない。

立ち上がることさえ出来ないほどに。


「…ふふっ」


私は、清々しかった。

やっと、休める。

あとはもう、生んだこの子らに任せよう。


私は、疲れ果てて地面に寝ころぼうとした。

その時、嫌な音が近くから聞こえてくる。


こぽこぽ。


水の音。


こぽこぽ。


水の神が生まれようとしている。


想像はついていた。

水を潰してはい終わり、そんな簡単なわけが無い。


分かってた。


でも…。


「残念だったね。 私にはもう、お前を作れるだけの魔力は残ってないよ」


私は、不敵な笑みを浮かべた。

お前に与える力なんてもう無いんだよ。


最後のあがきだ。

残念だったね、ミモル年代記。

お前が何かは知らないけど、私はお前が嫌いだ。


こぽこぽ。


それでも、私に残るゴミ同然の力を目指して水が寄って来る。

生まれよう、生まれようと必死に。


抵抗はした。


ばしゃ。


水の塊を何度も潰す。


ばしゃ。


あわよくば、そのまま消滅して欲しい。


ばしゃ。


…。


分かっていたけど、そんなのは無駄だった。


生まれてしまった。

神と呼ぶのもためらってしまう程の、歪な何かが。


そうして、創造主の元に全ての種族が揃った。


神々は自らの写し身を作り始めた。

自身の姿に似せて作り、神に似たそれらはやがて地上へと降り立った。

そこで、各々の生活や文明を営み始める。

これが神にとって、最初にして最も重要な仕事だった。


しかし1人、写し見を作ることが出来ない神が居た。


水の神だ。


力が無いから、作れるわけが無い。

私が与えなかったから、作れるわけが無かった。


でも水の神は、小さな魔力で頑張って作ろうとする。

そして失敗する。

それでも諦められなくて、また挑戦する。


その光景を前に、私は罪悪感に支配されていく。


仕方はなかった。


…でも、水の神も犠牲者なんだ。


許してほしい。

許して。


「ミモル年代記のせいなんだ…全部……全部!  年代記が悪いんだ!

お願い…許して…。 私も犠牲者なの! お願い…お願い…だから助けてよ…」


あふれ出す、許しをこう言葉。

年代記が、年代記が、年代記が!

そんな支離滅裂な言葉なんかじゃ、何も理解出来るはずもない。

でも止まらなかった。


年代記が。


年代記が…!


年代記が!!!


そんな時。


「ははは」


「…?」


その言葉を、水の神はただ笑って聞いていた。

その不気味さに血の気が引く。


なんで笑えるの?

どうしてこんな状況で笑えるの…?


得体の知れない気持ち悪さに、私は心の底から恐怖した。

そして。


「…あ」


突然、水の神が口を開いた。


そこから出て来たのは言葉なんかじゃ無い。


魔法。

明確に、私に向けた魔法だった。


殺される。


…。


私は思わず身構えるも、すぐに拍子抜けした。

だってそれは、魔法とは言えぬほどのお粗末さ。


私を殺すどころか、私に届きすらしなかったんだ。

それは地面へと墜落し、そのまま大量の水に流され、下界へと流れ堕ちていった。


…。


その後、放たれた魔法は世界中へと散っていった。

魔法を放った水の神は、満足した表情で息絶えたそうです。

自らの写し身すら残せずに。


以前の世界では、水の神は死ぬことはありませんでした。

とても元気に育っていったとか。

そして他の神のように、写し身を作れたそうです。


その写し身は地上へと降り、他の神の写し身と共に生活をしていました。

その写し身の名前を、プルポ族というそうです。


もっとも

プルポ族はこの世界では生まれませんでしたけどね。


そして

これからも生まれないかもしれません。


プルポ族は、神話だけにしか存在しない、幻の種族となったのです。


めでたし、めでたし…。 むふぅ。 終わり。」


少女は語り終えると、満足そうな顔で男性を見つめる。

そんな彼女に、男性は何か言いたい事がある様子だった。


「あら? 私の聞いた神話とは所々違うようだけど? まるで見てきた見たいじゃないか」


「退屈しないためのアレンジだよ! 創造主目線!」


「ほぅ、なかなか楽しめた」 


「でしょ!」


彼女は満足げに椅子に戻ると、再び手紙を取り出した。


「そうそう、話は戻るけどね」


少女はゆっくりと、手紙を開いていく。

そして。

それ、男性に見せつけた。


「プルポ族が誕生したみたい」


「…は?」


その言葉に、男は慌てて手紙を奪い取る。

そうして、貪るようにその手紙を見つめた。

すると、彼の表情はぱあっと明るくなる!


「…ほ! …ほ! 本当じゃないか!!!」


男性は思わず、手を振るわせた。


「世界が動くよ、この情報!!」


「でしょ!」


「ああ!! ついにこの時が!!」


時は暦9980年。


緩やかに終末を迎える世界の片隅で。

昔は陸地だったこの場所も、いつしか海となりました。


さて。


この物語の主人公は、彼女らではありません。


偶然この時代に生まれ、

偶然周りと違う見た目を持ち、

偶然大きな運命に巻き込まれていく少年の物語。


ひょっとすると偶然なんかじゃ無くて、全て必然なのかもしれませんね。


さあ、物語は既に始まっています。

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