06. 立入禁止区域
カチカチッ…
「いいよ…マリン君。 その調子…」
僕はフワリの言葉を聞きながら、氷の形を成形させた。
あんまり変な形だと、うまく飛ばないからね。
威力を高めるためには、こうしてしっかり形を整えてあげる必要があるんだ。
そして。
パシュンッ!!
僕は氷弾を、思いっきり撃ち飛ばした!
それは岩へと目掛けて飛んでいき…!
岩に………は当たらずに、地平線の彼方へと消えていく!
「ああ! おしい! …また外しちゃった」
「ふふっ、マリン君もまだまだだね」
「ん~、今回は行けると思ったんだけどなぁ」
「でも、氷作るのは大分安定してきたんじゃないかな? 威力も高いし」
「ほんと!?」
「うん、本当だよ。 普通、あんなに遠くまでは飛ばせないからね」
「へへへ…でしょ!」
フワリに少し認められて、僕は思わずにやける。
フワリの元に通うようになってから1年程が経過した。
僕は現在6歳。
12歳が成人のマウ族にとって、6歳というのはそれなりに成長していて良い年齢だ。
身長だって、グーンと伸びてたって不思議じゃない。
でも、僕は未だに小さいままだった。
なんというか、子供みたいな。
海面に移る自分を見て、ふとそんな事を思う。
「また見てるの? 私は別に気にする事ないと思うけどな」
「気になるよ…。 もしかしたら僕、一生子供のままかも…」
「確かに、そうかもね。 マリン君の身長、ぜんぜん伸びてないもの」
「えー」
フワリの直球の言葉が胸に突き刺さる。
きっと優しい嘘という言葉を知らないに違いない。
「でもマリン君、魔法の腕は成長してるじゃない」
「そうだけど…でもなんか慰めになってない!」
「あら、元気戻ってきたみたいね。 それじゃあ練習に戻ろうか」
「フワリの悪魔!」
「残念、人です~」
そんな会話をしながら、今日も疲れ果てるまで魔法を練習した。
そしてヘトヘトにながら家に帰る。
そうすると、家ではお母さんが迎えてくれるんだ!
これがいつもの日常だね。
「今日も頑張ってるわねマリンちゃん! フワリ厳しいでしょ?」
「優しいよ。 僕が追いつきたくて頑張ってるだけ」
「可愛いわね~、うふふ!」
お母さんは笑いながら、僕のお茶にお砂糖を淹れてくれた。
お母さんなりの気遣いだね。
でも、心配なほどに砂糖をドバドバ入れてくれるんだよね。
なんだか、お茶が白く濁り始めるくらいに。
でもね、魔力をたくさん使った後だと、不思議と美味しく飲めちゃう。
なんか…体に染みわたるみたいな…。
表現しづらいね…。
そうそう。
魔力は甘い味なんだ。
だから砂糖には、魔力が濃縮されている。
でもね、多くても10%くらいしか含まれてないらしいよ。
それ以上多くすると、かなり刺激が強かったり、中毒になる人がいるみたい。
魔力濃度100%の砂糖を食べた人は、たちまち死んじゃったんだとか!
怖いよね!
だからお偉い組織によって、10%に制限されてるみたい。
そんな事より、明日は休みの日!
いつもみたいに自主練習も良いんだけど…。
最近は成長も目に見えてるし、何か腕試しでもやってみたい!
何かちょうどいい事は無いかな。
…。
…あ、そういえば。
魔物が出る禁足地に行くなんてどうかな。
この島の森にある、不気味スポット。
そこには下位ランクの魔物が出るみたいで、絶対に近づくなとフワリに言われている。
でも、下位ランクだよ?
一番下の魔物だし、今の僕ならちょちょいのちょい!
もし無理そうだったら逃げればいいしね。
うん、そうしよう!
決まり!
僕は明日に備えて、さっそくお布団に潜った。
…。
そして朝日と共に目覚める。
マリンの朝は早い。
まずカーテンを開け、朝日を浴びる。
そして再びカーテンをしめ、二度寝をする…。
だめだめ!
起きてよ!
今日は初めての魔物狩りなんだから!
僕は寝起きで気だるい体を無理やり起こし、軽くストレッチをした。
そうすると、自然と体も起きてくる。
それから必要な物をリュックに詰め込んで、玄関のドアに手をかけた。
「お母さん、行ってくる!」
「はーい! 行ってらっしゃい!」
お母さんはいつもみたいに、笑顔で送ってくれる。
ふふっ。
まさか、僕が今から魔物退治に行くとも知らずに!
お土産に、魔物肉でも持ち帰ろうかな!
…不味そう。
僕は食べたくないや。
気分はまさに勇者!
まるで自分が勇者ベルになったみたい。
トレードマークの眼鏡でもかけてみようかな。
今回の相手は下級の魔物だけど、僕もいつか魔王を倒せるようになっちゃったりして…!
未来の事を想像すると、思わず胸が弾んだ!
島の中心には小高い山があって、まずはその山を目指して歩いていく。
すると途中で、道のわきに森への道が現れるんだ。
この道には、絶対に通さないとばかりに【立入禁止区域】と書かれた看板が建てられている。
それも1つではなく、びっしりと!
「うへぇ…。 気持ち悪」
あまりに異様すぎる光景だよね。
この場所、昔フワリと横を通った事があった。
その時は、絶対に入っちゃダメって言われてたっけ。
ごめんね、フワリ。
僕は悪い子なんだ!
悪い子だから入って良し!
「出発しんこー! 待ってろよ魔物ー!」
そして僕は、看板を無視して森へと入っていった。
…。
入った瞬間に、ジメっとした空気がまとわりつく。
嫌な場所…。
一面、鬱蒼とした森が広がっていた。
空が木々で覆われて、日の光が入ってこない。
おかげで、朝なのにすごく暗い。
それでいて足場は、気を付けないと転びそうなくらいにぐちゃぐちゃ。
漂う異様な雰囲気。
まるで別世界に招かれたような感覚。
自分だけがふわふわと浮いている感じ。
それだけじゃない。
周りから聞こえる、変な声。
カタカタ。
カタカタ。
意味不明な音。
自然では鳴らないような音ばかり。
なんだか寒気がしてきたな…。
今日はそれなりに暑い日のはずなのに。
ひゅう
「ひっ!」
後ろで大きな風の音が聞こえる。
…。
…。
どうする?
振り返る…?
でも居たら…?
…。
…。
そのために来たんでしょ…?
僕は怯えながら振り返った。
そこには。
…。
…。
何も居ない。
少し…落ち着こう。
心臓がバクバク鳴る。
呼吸を一旦整えなきゃ。
はぁ…。
はぁ…。
あぁ…帰ろう。
…。
…。
正面を向いた時。
ヤツは居た。
「…!!!!」
思わず言葉を失う。
僕は驚いて、何歩も後ずさった。
ヤツは異常だった。
この世の者とは思えないような形状をしていた。
動物のような体から生える、無数の手。
それらは半透明なとうで、中にはいくつもの管が通っていた。
頭がないのに、どうしてかこちらを見つめる感覚がする。
これが魔物なんだ。
僕は恐怖で体が固まってしまう。
足が震える。
今にも吐き出しそうなストレス。
どうしよう。
どうしよう。
ヤツは近づいてくる。
なにかしなきゃ
なにかしなきゃ
なにかしなきゃ
震える手で水を…
コ…。
コ…。
ダメだ、生成できない!
集中しろ!!
はやくしろ
はやく
はやく
はやく
焦れば焦るほど震える体。
は
ヤツは、既に目の前に居た。
「あっ…あっ…ああ!!」
もはや戦える状況では無かった。
にげろ
にげろ
「ああああああああああああああ」
僕は駆け出す。
まだ死にたくない。
震える足を無理やり動かした。
ぐちゃ
「…あ」
ぬかるみに飲まれる僕の足。
無様に、地面に倒れてしまう。
覗き込む無数の手。
魔物は僕を、見逃してはくれなかった。
「どっか行け!! 離れろよ!!!!!!」
僕はとっさに、足元の土を掴んで投げる。
べちゃ。
それは魔物の体に、汚れとして付着した。
ただの汚れであって、それ以上でも以下でもない。
効果なんかある訳なかった。
分かってた。
でも、縋りたかった。
何度も何度も土を投げつける。
「あああっ…!!! ああああああああああ!!!!!!」
ヤツの手が僕を目掛けて伸びてくる。
「ぅぐ」
冷たい手が、僕の首を掴んだ。
僕は抵抗もできないまま首を絞められる。
別の手が、僕の頭を掴んだ。
腕を掴んだ。
体を掴んだ。
全身を絞め殺される感覚。
声が出せない。
もがけもしない。
僕に出来るのは、ただ祈るだけだった。
助けて。
助けて。
ただ心の中で叫ぶ。
でも、誰も来るはずがなかった。
ぎぎぎ
ぎゅ
ただ僕の首が締まる音。
それだけが聞こえてくる。
徐々に力が強くなっていく。
呼吸も出来ない。
…
全身の力が抜けていく。
ピキッ
魔物の腕に入る亀裂。
それが広がって…。
ジュワア!!!
魔物の手が、空中に飛散した。
それは真っ黒いドロドロのヘドロとなって、まわりへと散らばっていく。
僕は、地面に投げ出された。
ぼやけた視界で、必死に周りを見渡した。
女性。
彼女は魔物を宙に浮かし、どこかへと消し去る。
誰だろう…。
分かんない。
…。
…。
…。
気が付けば僕は、真っ暗な空間に居た。
うんん。
体が見えないし、感じもしない。
僕の意識だけは、この空間に居る。
そんな気がした。
その時。
「みもる」
「…ミモル?」
不思議な声が聞こえてくる。
誰なんだろう。
そんな疑問すら思い浮かばないくらい、僕に馴染んだ声。
「ねんだいきの かんりにん」
「何の事?」
「しんじて」
「信じればいいの?」
「みもる いいこ」
「うん。 分かった」
「あのこ だけは なにがあっても…」
「何があっても…?」
「き……ま……」
「待ってよ」
「…………」
「待って!」
…。
…。
ふかふか。
僕はゆっくり目を開けた。
見覚えのあるソファ。
1度寝てみたかったんだよね、このソファで。
あ、この場所。
…そっか。
僕は今、フワリの家に居るみたい。
あの人がここまで、運んできてくれたのかな。
誰だったんだろう。
あの人。
視界がぼやけてて、何も分からなかった。
…。
あ。
窓辺にいたフワリと目が合う。
彼女はこちらに駆け寄ってきた。
「マリン」
彼女は短く言い放つ。
あぁ、怒られちゃうな…。
…。
「ばか」
フワリは、僕に抱き着いた。
「…え?」
予想外の行動に、戸惑ってしまう。
彼女の眼が潤む。
涙で、声も震えている。
彼女は僕を、きつく抱きしめた。
「あんな事、二度としないで」
「ごめん…なさい…」
「約束して」
「ごめん…」
「もうしないって、約束しなさい」
フワリの強い口調。
思わず、感情が溢れだす。
「もう…しません…ごめんなさい…」
「うん、それでいいよ。 怖かったね…」
僕はいつの間にか泣き出していた。
そんな僕の頭を、優しく撫でてくれるフワリ。
「怖いよ…怖かったよ…」
「もう大丈夫だよマリン君」
「もう皆に会えなくなっちゃうって…思って…」
「大丈夫だよ、みんな傍に居るから」
「ふわりぃ…」
「よしよし、私が守ってあげるよ…」
僕はフワリの胸の中で泣きじゃくった。
暖かい。
すごく落ち着く。
…。
しばらくして。
気持ちが落ち着いたころ。
フワリの顔を見上げると、思わず笑みがこぼれてしまった。
「フワリ…目が真っ赤だよ…」
「誰のせいだと思ってるの…」
そう言いながら、彼女は手鏡を持ってくる。
「マリン君も真っ赤だよ。 そんなんで帰ったら笑われるよ?」
フワリが微笑む。
僕は涙をぬぐった。
顔を洗いつつ、もうしばらく居させてもらう事にした。
2人でただお茶を飲んで会話するだけの時間。
ごく普通の日常。
でも、今日はなんだか特別な感じがした。
この日以降、僕はもうあの森には近づかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます