05. 100回目の波の音

「マリン君に、今日は新しい魔法を教えよう」


「はい!」


「それじゃあ、よーく見ていて」


フワリはそう言いながら、手をかざした。

そして海に浮かぶ岩を目指して、小さな水の球を打ち出す。


パシュンッ!


見たところ、いつもの魔法とは何も変わりがないようだった。

そのまま岩に向かっていく球。


…しかし、岩には当たらず、その横をすりぬける!

そのまま、空中をくるくる回りだした。


「なんか変!」


「まだまだ、これからだよ」


球は依然、空中を飛び回っている。

しかし徐々に加速、球の大きさも巨大化していって…!


急降下。


ズパンッ!!!


岩に直撃すると共に、大きな水柱が上がった。


「何…あのヘンテコな魔法」


「成長魔法。 魔法に空気中の魔力を吸収させて、より強くする魔法だよ。」


「強そう!!」


「ふふっ。 その変わり、着弾するまでの時間も長くなるんだけどね。」


「…弱そう」


「うーん。 工夫が必要って言ってほしいかな」


フワリは少し笑う。

そして彼女は再び海を見ると、手をかざした。


「こんな事もできるよ」


…スッ


瞬く間に生成される氷。


スパンッ!!!


それは息も着く間に、岩へと着弾する。

早い、ものすごく早い!

みたところ、さっきとは逆のことをした魔法なのかな。


…ただ、岩は砕けていない。

想像以上に、威力が小さくなってしまうらしい。


「すごいでしょ?」


「地味!」


「…地味……地味…かぁ…」


フワリは少しうなだれた。

さすがに言い過ぎた?


その時。


ざぁ…。


波を搔き分ける、亀の音が聞こえてきた。

最近はずっとここで練習をしているから、あの大きな亀も見慣れちゃったなぁ。

なんて思っていると、フワリは急にはっとした表情をした。


「あぁ…いけない。 今日こそお客さんが来るのよ」


「それってこの前、来れなかった人?」


「そう。 マリン君も良かったら来る?」


「いいの? 僕なんかが行っちゃって」


「おいで。 きっと彼女も喜ぶはずだよ」


「じゃあ行く!」


それを聞いて僕は、慌てて服についた砂を落とす。


「いいよ、気にしなくて。 私の妹みたいな人だし」


「フワリにも妹が居たんだね」


「本当の妹ではないけれどね。 歳も離れてるし。 …とりあえず話は後! 私、急ぐね」


フワリは荷物をまとめると、家の方へ走って行った。

バタンッ!と、扉が勢いよく閉められる。

なんて忙しい人。


僕はもう少し練習してからフワリの家に向かおうかな。

なんて思った時。


「…マリン!!」


海の方から、僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。


振り向くとそこには、黒いローブを身にまとった小柄な女性が居た。

真っ白い肌に黒髪が映える、とても美しい女性。

子供ほど幼いわけじゃないし、かといって大人びてるわけでもない。


マウ族かな?

彼女はフワリに似て、目立った特徴がなかった。


彼女は長い黒髪をなびかせながら、僕に駆け寄る。


誰だろう。

初めて会うはずなのに、何度も会っているような気分。

そんな気持ちで彼女を見ていたら。


突然抱きつかれる。


僕は彼女を受け止めきれず、後ろに倒れてしまった。

それと一緒に香る、彼女のいい香り。


「会いたかった…ずっと…」


今にも泣きだしそうな顔で、彼女は僕を離さない。

僕も不思議と、嫌な気分じゃなかった。


…でも。


「く…苦しい…」


「あっ、ご…ごめん」


彼女は僕の言葉を聞き、慌てて離れた!

そのままあとずさるように、浜辺を後ろにあるく。


しかし足が絡まったみたい。

彼女はバランスを崩し…。


パシャンッ!!!


なんとも情けなく、海へと落ちていった。

そこから起き上がろうとジタバタするも、また足を滑らせる。


パシャンッ!!!


なんて忙しい人。

さっきのフワリみたい。

さすがに心配だから、僕は手を貸すことにした。


彼女は僕の手を握ると、ニコっと笑う。


「ありがと、マリン」


「…なんで僕の名前を…?」


「あ…えっと…あれだよあれ! うんうん!」


彼女は慌てて僕から目を逸らすと、僕の質問をはぐらかした。

初対面だというのに、まるで僕を知っているかのような言葉。

思わず彼女に聞かずにはいられなかった。


「…君は誰?」


「ふふふ。 私はね…」


彼女はニコっと微笑むと、僕の両手を握った。


「君の未来のお嫁さん」


彼女は、曇り一つない眼差しで僕を見た。


「…未来のお嫁さん…? 君が…?」


「うん! そうだよ!」


「…」


こういう時って、なんて返せば良いんだろう。

僕は返す言葉が見当たらないので、じっと彼女を見つめた。


無言の時間。


それに耐えられなかったのか、彼女は僕から目を逸らした。

そして、口をきゅっとつむんでそっぽを見始める。

段々と赤くなる彼女の顔。


「……ぇと…あの…ね」


体は小刻みに震え、その姿はまるで挙動不審ようだった。


「…あわわ」


ついに限界が訪れたのか、彼女は自分の頬を両手で抑えた!


「わ…私! よ…用事があるから行くからね!」


そのまま声にならない声を出しながら走り去っていく。


誰だったんだろう。

せめて、名前くらいは聞きたかったな。

走り去っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、そんなことを思う。


あのままどこに行くんだろう。

きっと僕の知らないような場所まで行っちゃうのかな。


長くてまっすぐな黒髪

それをなびかせる姿は、僕の視線を奪ってやまなかった。


そして。


ガチャッ!!


「フワリ。 来たよ」


なんと彼女はフワリの家に入っていった!

もしかしてあの人が、フワリの言ってたお客さん!?


それなら…僕の名前を知ってても…変じゃないよね…。

うん…変じゃない…。

つまり僕は…。


からかわれたらしい。


認めたくないけど認めざる負えない事実。


僕はなんだかやるせない気持ちになって、砂浜に座り込んだ。

下を向くと、彼女の足跡が伸びている。

ちっちゃくて可愛い、ちょこちょこした足跡だ。


僕も行かないとなんだけど…。

でも恥ずかしい。

でも行かないと。

ん~。


悩んだあげく、僕は服についた砂をはたき落とした。

そして、フワリの家へと向かっていく。

なんだか彼女が気になって仕方ないんだ。


せめて、名前だけでも知ってみたい。


コンコンッ

僕はフワリの家をノックした。


「どうぞ~」


声に促されるまま、中へと入る。

そこにはもちろんフワリも居て、


「さ…さっき…ぶりだね。 マリン」


あの人も居た。

まだ挙動不審が治らないのか、お茶の入ったカップがカタカタ揺れてる。


「あら。 2人共はもう会っていたのね」


フワリがお茶を出しながら聞いてきたので、僕はそれに答えた。


「うん。 さっき浜辺で会ったんだ」


「そっか~。 何かお話はしてきたのかな?」


「えっとね、」


僕がさっきの事を言おうとした瞬間、黒髪の子は僕の手を掴む!


「マリン! わざわざ言わなくていいんだよ?」


「大丈夫だって。 変なことされた事は絶対に言わないから」


「そ…それならいいの…うん」


彼女は安心したような、どこか複雑な表情で椅子に戻る。

それでもフワリは見逃さない。


「ユワルちゃん? マリン君に何かしたのかな?」


「あっ。 フワリ、かってに私の名前ばらさないの!」


「あら、ごめんなさい。 まだ自己紹介もしてなかったのね」


「うん…まだ」


モジモジしだす彼女。

そんな彼女の背中を、フワリが軽く押す。


「ほら、マリン君に挨拶」


「う…うん」


彼女は椅子から立ち上がると、少しぎこちない笑顔を作った。


「私はユワルって言います。 …その…よろしく、マリン」


「よろしく。 ユワルって呼んでもいい?」


「うんうん! もちろんだよ!」


彼女はぎこちなさの消えた表情で、僕の手を握った!

そして握ったまま離さない。


なかなか離さない!


そろそろ離してほしい!


その時。


コツンッ


扉を叩く音。

その音にフワリが振り向いた。


「あ、お手紙。 2人とも、私ちょっとだけ席外すね」


「あぁ…待ってよフワリ…。 私だけじゃ心細いんだよ…」


「頑張ってね、ユワルちゃん!」


「むぅ…」


そう言い残すと彼女は外へ行ってしまう。

そして訪れる、初対面の子と2人だけの気まずい時間。


…。


…。


少しの沈黙の後、彼女が声をかける。


「ね、マリン」


「どうしたの?」


「えっとね…」


…。


「…うんん。 やっぱり何でもないの!」


「そっかぁ」


…。


なかなか会話が始まらない。

あまりに気まずいので、僕から質問をする事にした。


「ユワルは何歳なの?」


「…女の子にそれを聞くの?」


「なんか気になっちゃって」


「別にいいけど…。 私こんな見た目だけど、長いこと生きてるよ」


「へ~。 長いこと生きてるんだね」


「うん。 すごくいっぱい長いの」


「30歳とか?」


ベチンッ!


おでこに思いっきりデコピンをされる!


「痛っ!」


「フワリから魔法は教わってるくせに、女の子の扱い方は習ってないの!?」


「…実はあんまり」


「あ、やっぱり!」


「でもこんなに強くする必要ないじゃん!」


「これは、あの時の仕返しですよ~!」


「心当たりないけど!?」


「忘れてるだけじゃないの~?」


「そんな理不尽なぁ…」


「ふふっ。 2人とも仲いいわね」


そのやり取りを眺めながら、フワリが戻ってくる。


「おかえりフワリ」


「ただいま」


彼女の手には、既に開かれた手紙があった。

それを食い気味に見つめるユワル。


「フワリ、それは何のお手紙?」


「あぁ、これね。 マリン君宛ての手紙かな」


「僕宛て?」


「そう。 学び舎から」


「どうして? 僕、入学拒否された?」


「まさか。 マリン君は2年後、学び舎に通う予定でしょ?」


「うん」


「それがね、特別に来年からに早まったみたい」


「え…! どうして!? 僕何か悪いことでもした?」


「マリン君、これは誇らしいことなのよ? 君の努力が認められたってことなの」


「そんなに僕、頑張ってないけどなぁ」


「私と魔法の練習、あんなに頑張ったじゃない」


「んー…そうかな?」


「もう、認めなさい!」


僕らは、ユワルそっちのけで会話を始めた。

それが気に食わないのか、彼女は僕のほっぺをつんつん突き始める。

何故だか悔しいので、僕もつつき返す。


「痛。 マリン、もう少し優しくできないの?」


「ユワルだって爪刺さってるんだけど」


「私は特別に許されてるんです!」


「それじゃあ僕だって特別に許されてます!」


「ずるい! なんだかずるい!」


謎のつつき合い。

もう一周回って僕たち、仲がいいのかもしれない。

そんな謎の光景を前に、フワリは何かを思い出した。


「ところでユワルちゃん」


「なに? 私いま忙しいの」


「今日は話したい事があって来たんでしょ?」


「…あ。 うんうん。 そうでした。」


彼女は手をひっこめると、僕の顔を見た。

そして語る。


「マリン、よく聞いて」


「うん」


「今から15年後、世界は終末を迎えるの」


「うん?」


思いもよらないような言葉が飛び出して来た。

僕はよく分からないので、聞き返す。


「…ごめん、もう一回言って?」


「あと15年で、残念ながら世界は終わります。 ごめんね!」


「…そんなぁ」


「その顔、私のこと信じてないでしょ?」


「うん」


「もう! おばか!」


僕は、軽くユワルに叩かれた。

ちょっと痛い。


「マリンは神話とか知らないの? そこに書いてあるでしょ?」


「神話なら暗記してるけど…」


「なら分かるでしょ! 世界が創られて1万年後には、世界が終わるの!」


「分かんないよ!?」


僕の知ってる神話では、世界は何度も終末を繰り返している。

その部分は、彼女と同じだ。


でもひょんなことから、終末の原因である水の神が死んじゃったんだ。

そのおかげで、終末の訪れない世界が完成したんだね。

それがこの世界。

だから、もう終末なんて起こらないはずだよ。


「神話には、もう終末が起きないって書いてあるじゃん! だから平和なんだよ!」


僕はユワルに言い切った。

しかし、彼女は眉をひそめる。


「だと良かったのだけどね」


「…なんか含みのある言い方」


「そうなの。 聞いてマリン」


「うん」


「今、世界全体で崩壊が始まってる。 いろんな災害の話、聞いたことない?」


「天変地異の事?」


「そそ。 でもそれはほんの一部。 まだまだ異常な現象が確認されてるの。 私も見てきたし」


「そうだったんだ」


「しかもね、年を追うごとに増えてるんだよ。 まるで暦10000年に向かっているかのように」


「それって…」


「やっとマリンも分かってくれたね! この世界の終末は、まだ終わってないの」


「え? なんで?」


「んもう! なんで分かんないの! おばか! ドジ間抜け!」


「だってだって、根拠が少なすぎるもん! 異変だって偶然かもしれないじゃん!」


「もううるさいの! 黙って信じてよ私の話を! 私が言ったら全部ほんとなの!」


「そんな強引なぁ…」


ユワルは痺れを切らしたのか、なんとも暴論を披露する。

そしれから少しため息をついて、彼女は続ける。


「もういいよ。 私、本題にはいっちゃうから」


「え。 まだ本題じゃなかったんだ」


「うん。 これはまだ序章にすぎないの」


「うわぁ…壮大…」


すごく重要そうな話を、突然打ち切るユワル。

なんだか投げ出されたみたいな気分になった。


「本題はね。 私、旅をしてるの。 終末を止めるための」


「うん」


「それで、うちの団長がマリンに会いに来いたいって」


「どうして僕?」


「さぁ?。 フワリと練習を頑張ってるからじゃないの?」


「努力はそんな万能な言葉じゃないよぅ…」


「でも、もう決めて聞かないみたいだから。 覚悟しててね!」


「覚悟!?」


「うんうん。 すごく変な人だから」


「…ぇぇ」


「でも大丈夫! その時は私も一緒に居ると思うし」


「それでも不安だなぁ」


努力辞めようかな。

そんな言葉が頭に浮かんだ。


それから、その人についていろいろと聞かされた。

どうやら、見た目はイケてる叔父様らしい。

しかしながら、性格に非常に難ありとの事。


怖いなぁ。

正直、会いたくはない。


それからのこと。

まだお昼を回る前頃には、ユワルが帰る準備を始めていた。

そんな彼女に、フワリが寂しそうに声をかける。


「ユワルちゃん、もう帰っちゃうの?」


「うん。 まだ私には用事があるからね」


「そうね。 気を付けてね、ユワルちゃん」


「うん」


「またね、ユワル!」


僕は扉の前に立つ彼女に、軽く手を振った。

それを見て、彼女はニコニコした表情を浮かべる。


「うん…またねマリン!」


そうして、パタンと閉じる扉。


…。


なんか寂しいなぁ。

僕は彼女が去ったあとの扉を、しばらく眺めていた。

そんな僕の顔を覗き込むフワリ。


「ユワルちゃんのこと、気になった?」


「…少しだけ」


「可愛いもんね、ユワルちゃん。 あの子もマリン君のこと、気になってるみたいだよ」


「もう、からかわないでよ!」


「ふふっ」

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