04. 島の外のまた島で
バシャっと、潰れる水。
魔法が失敗して、僕はすこしうなだれた。
「んー」
まだ上手くいかない。
僕は再び砂浜に手を向けた。
今日もこそ氷の壁を作り上げてやる、そう考えてはや数日。
「頑張ってるね、マリン君」
後ろからフワリが声がした。
「あ! フワリ先生!」
「やめて、先生だなんて堅苦しい」
「ごめん。 でもどうしたの? 今日は予定があるんじゃ無かったっけ?」
「それがさ、相手が今日来れないって。 ほんと、自分勝手な子だよ」
肩をすくめるフワリ。
しかし彼女はまたすぐに笑顔を浮かべ、僕を見た。
「マリン君。 せっかくだし、今日は息抜きしない?」
「する! なんだか楽しそう!」
「そう来ないとね」
そう言うと、フワリは浜辺に座った。
なんだか良くわからないけど、僕も浜辺に座る。
…。
…。
あれからしばらく。
僕らはずっと浜辺に座っていた。
「ね、フワリ」
「なにかな?」
「息抜きって…これ?」
「不満? ただボーっとする日も大事だと思うけど私」
「えー」
「冗談。 今は亀を待ってるの」
「亀って…あのたまに通る大きいの?」
「そ」
僕が砂浜で魔法の練習をしているとき、1時間に1回くらい、大きな亀が泳いでくる。
たまーに止まるけど、またすぐに行っちゃう謎の生命体だ。
思えばあれが何なのか、気にしたことがなかった。
しばらくして。
ザアアア!!
「噂をすればお出ましだね」
目の前の浜辺に、巨大な亀が泳いできた。
フワリは立ち上がると、それに大きく手を振る。
それはそれは恥ずかしいくらいに!
「ほら、マリン君も振りなさい!」
「…僕も?」
「そ! 早くしないと行っちゃうよ?」
「う…うん」
僕も小ぶりに振る。
だって恥ずかしいじゃん。
すると声を張り上げるフワリ。
「もっと大きく! 恥ずかしくないから!!」
「…うん」
僕は少し大振りに手を振った。
「まだ!! もっと出来る!!」
「ええ!?」
「ほら、マリン君!!」
なんてやってると、目の前の浜で亀が泊まった。
こうして近くで見ると、思った以上に大きい。
甲羅の上に大きな建物が乗っていて、どうやらそこに乗り込むみたい。
「それじゃあ乗ろうか、マリン君」
「待って、階段高いよ~」
「仕方ないなぁ。 特別サービスね」
「…!」
僕はフワリにだっこされた。
ラベンダーの香りが漂って、思わず緊張する。
「はい、到着。 …顔赤いよ、マリン君?」
「……な…なに?」
「大丈夫? 具合悪いかな?」
「健康だから! もうピンピン!」
「ふふっ…ぴんぴんね…ふふっ」
何故か彼女のツボにはまったらしい。
しばらく笑っていた。
それから僕らは、窓辺の席に座った。
島が見える方面だ。
生まれ育った島を眺めながら、海の上を漂っていく。
段々と小さくなっていく島を見るのは、なんだか新鮮だった。
…。
ぺち
顔を軽く叩かれた気がする。
「ん~…?」
「起きて、マリン君」
「……はっ!」
あまりに心地よくて、思わず寝てたみたい。
僕は慌てて起き上がる。
「触覚いっぱい増えてるね」
「嘘!? …なんだ…寝ぐせじゃん」
「ほら、早く治さないと。 もうすぐ着くよ?」
フワリは窓の外を見た。
僕もそれに続くように、外を見る。
そこには僕の島では見ないような、大きい建物が立ち並んでいた!
「同じ島同士だけど、雰囲気が違うでしょ?」
「うん! すごく楽しそう!」
それからしばらくして。
僕らは船から降り、島へと上陸した。
するとフワリが、僕の顔をじっと見つめる。
「あ、そうそうマリン君」
「どうしたの?」
「あんまり路地裏とかは行かないでね」
「やだ」
「ふーん。 誘拐されて、バラバラにされてもいいんだ」
「…え!?」
突然怖いことを言い出すフワリ。
「この辺の島はね、マウ族以外の種族に少し風当たりが強いから」
「…でも僕、一応マウ族だよ?」
「それはそうなんだけど。 でも…知らなければマウ族には見えないからね」
「…たしかに」
「だから気を付けて」
「うん! 気を付ける! 大丈夫だよ! きっと! うん!」
「マリン君ってなんでこんなに心配なんだろうね」
フワリは苦笑いをした。
「ひとまず、私から離れなければ大丈夫だから」
「うん!」
「だから、絶対に離れないでよ?」
「うん!」
絶対に離れない!
…。
絶対に!
…
絶対…。
…。
あれ?
フワリは?
僕は周りをきょろきょろする。
でもあまりに人が多くて、背の低い僕じゃ見つけられない。
もしかしてこれって…。
迷った!?
僕としたことが、美味しそうなお肉の香りに釣られて迷ったらしい。
店頭には、なんだか見た事ないような形のお肉がつるされている。
あのお肉…なんの肉だろう。
もしかして。
バラバラにされた他の種族…?
…まさかね。
いや…まさか…ね。
まさ
「君、この島の人?」
「…ひ!?」
突然声をかけられて、僕は思わず飛び上がった。
慌てて声の方を振り向く。
そこには、僕と同い年くらいの少女が居た。
フードを深々とかぶり、顔は良く見えない。
「誰…? もしかして僕を誘拐してバラバラに…!?」
「するわけないじゃん! この島じゃ見ない見た目だから声かけたの!」
彼女は僕に手を差し伸べた。
その手は小さく、マウ族にしては細い手だった。
この子も別の種族なのかな…?
そんな疑問を抱きながら彼女をじろじろ見つめていると、そちらから質問が飛んできた。
「あなた、名前は?」
「僕は…マリン」
「じゃあマリリンね!」
「なんで!?」
「いいじゃんマリリン! 私はナコって呼ばれてるの、よろしくね!」
「うん、よろしく。 ナコ」
「にひー」
フードの隙間から、笑う彼女の口元が見えた。
僕も一緒に笑顔を浮かべた。
なんだか出会って早々、打ち解けちゃった。
「マリリンってマウ族じゃないよね?」
「一応…マウ族のはず」
「なんか自信無さげ~」
「こんな見た目だからね。 お父さんもお母さんも、ちゃんとマウ族なのに…」
「うわ! なんか家庭複雑そう!!」
「違う違う! すごく仲睦まじい幸せで平和な家庭だよ!」
「本当かな~? なんか、余計に怪しい」
同い年くらいの少女にこんな事を言われる自分。
僕って何なんだろうね。
「とりあえずマリリン、これ被って」
ナコはそう言うと、彼女と同じようなフードを差し出した。
僕はそれを受け取る。
「この島は差別意識がちょっとあってさ。 マウ族以外は肩身が狭いの」
「そうなんだね」
僕は彼女にならって、フードを被り始める。
…けど、触手とか触角が引っかかって苦戦。
たぶんこのフード、この子の種族用に作られたやつだ。
「ほら早く早く!」
「もぅ…せかさないでよ~」
「でも早くしないと! 変なのに目つけられるよ?」
…。
近くで足音がする。
誰か来たみたい。
「あぁ? なんだこいつら?」
「このガキ、どう見てもマウ族じゃねえな」
後ろからガラの悪い声が聞こえてきた。
それを見て、溜息をつくナコ。
「ほらね、言ったでしょ」
彼女は僕の手を強引に引っ張った。
「おいで、マリリン!!」
「ちょっとナコ!?」
グワンッ!!!
突然、目の前から生える巨大な木の根っ子!
それが建物の合間を縫いながら伸び続けた!
ナコはそれに飛び乗る!
もちろん僕をひっぱりながら。
「逃げるよマリリン!」
「うん!」
そうして、2人そろって大空に駆け出した。
下に目を向けると、僕らを血眼になって追いかける怖い人たち。
彼らはこちらに向かって、土やら火やら、色んな物を飛ばしてくる。
「ふふ! ドキドキするねマリリン!」
そんな状況でも、ナコは楽しそうに笑っていた。
「怖いくらいだけど!?」
「それがいいじゃん! 一歩間違えたらナコたち、死んじゃうね!」
「もう、縁起でもないこと言わないで」
「えへへ~」
下からの飛来物を避けるように、右に、左に、グネグネとうなる木の根っ子。
ナコはそれを自由自在に操って、攻撃を意図もたやすく避けていく。
時にフェイントをかけたり、時に攻撃し返したり。
同い年くらいなのに、僕よりも魔法が上手い。
なんだか、嫉妬しちゃう。
「どうしたの? マリリン。 そんなナコの事見ちゃって」
「魔法、上手いなって」
「え? そんな事!? ナコのこと好きになったのかと思ったじゃん!」
「違うよ!」
「えー、それはそれで複雑な気分!」
ぐわっ!
勢いよくゆれる木の根。
彼女の気分によって連動してるのかな。
それでもすぐに安定する。
「いいなぁ…僕もこれだけ上手だったら…」
「もう、こんな所で落ち込まないでよ! ナコが悪いみたいじゃん!」
彼女は、フードに手をかけた。
「見て、マリリン」
そう言うと、彼女は少しフードをずらす。
隙間から見える尖がった耳。
お父さんの話から聞いたことがある。
「その耳って…」
「そ、エルフ。 マウ族のマリリンとは、流れる時間が少し違うの。 だから気にしな…」
ズドンッ!!!
木の根に、火球が直撃!
どんどんと燃え広がっていく!
「やばい! マリリンやばい! このままじゃ落ちる!!」
「どうしよう!?」
「んー…ごめん!!」
ナコは一言謝ると、僕に抱きついた!
柔らかな感触を感じる。
僕らはそのままの勢いで、地面に投げ出された!
内臓が浮く感覚。
脳裏に焼きつく彼女の笑顔。
あぁ、こんなところで僕の人生は終わってしまうだなんて…。
僕が悲観していると。
グルグル!
突然、体にツタが巻きついた!
そして落下の勢いが殺され、ゆったり地面に落ちていく。
「いたた…」
なんとか無事に生き残れた。
「死ぬかと思った…」
「ね! ドキドキしたね!」
「しないよ!?」
「えー。 ナコたち、分かり合えないな~」
そんな僕らの前に。
複数の人影が迫ってくる。
先ほどのガラの悪い人達だ。
「アイツら来たよ!?」
「えっ。 もうナコたちに追いついたの!? ストーカーじゃーん!」
彼女は戦闘に備えて杖を取り出した。
ここまで、僕はずっとナコに助けられっぱなし。
でも僕だって練習を頑張ってきた!
その成果を見せるとき!
「僕がやる!」
「マリリン!?」
「後ろに下がってて」
「…え! うん! 下がる! めっちゃさがる!」
キラキラした目で、ナコは僕を見だ。
女の子の前だ。
ちょっとくらい、カッコつけたいよね。
「見ててナコ。 僕だってやれるから!」
「こういうの憧れる~! 好き!」
後ろで騒ぐナコには気にせず、僕は相手に手を向けた。
コポポ…。
水を生成。
まだまだ。
こんなものじゃないよ。
練習を思い出せ。
これを固めて氷を作るんだ!
固めて……。
かため…。
バシャッ!
はじけ飛ぶ水。
僕はびしょぬれになった。
「ダメじゃん!!! あはははは!!!!!!」
後ろでお腹を抱えながら笑うナコ。
なんていう屈辱。
二度と氷なんて作るものか!
僕は再び水を生成。
もうカッコつけるような事はせず、堅実に水を飛ばすことにした。
水だけだって、十分な威力があるしね。
「見ててナコ!」
バアンッ!!!
僕は、勢いよく水を突き放した。
それに直撃した男たちは、あっけなく吹き飛ばされてしまう。
「すご! 何今の!?」
「すごいでしょ!」
褒められて、僕は思わず舞い上がりそうになった。
ともあれこんな状況、気持ちを落ち着かせ、優しくナコの手を握る。
「今のうちに逃げよ」
「えへへ~」
僕はナコの手を引っ張りながら走っていった。
見知らぬ町、当てもなく。
…。
2人、息切れしながらベンチに座り込んだ。
「えへ。 楽しかったね、マリリン」
「うん、楽しかった!」
「あ、今回は素直じゃん!」
「僕はいつだって素直です~」
「ね、マリリン」
「どうしたの?」
「特別に、私のお気に入りの場所に案内してあげる!」
「いいの?」
「うん!」
そう言うと彼女は、まだ息が上がっている中、立ち上がった。
「行こ」
そして、僕の手を引く。
人込みを避けながら、離れ離れにならないように走って。
…。
そしてたどり着いたのは…。
「じゃじゃーん、お墓!」
「お墓!?」
そこは島の隅にある、海が良く見えるお墓だった。
「ここがナコのお気に入りの場所!」
「お墓が…かぁ…」
「あ! 見た目で判断しないのマリリン! 見てこれ」
そう言うと彼女は、墓標を指さした。
それぞれのお墓には動物の角や耳などの特徴が彫られている。
それを見ただけで、ここにどんな人が眠っているのか一目瞭然だった。
「この島、いろんな見た目の人がいるんだね」
「でしょ~? なのに、他の種族は受け入れてくれないのなんて、酷い話だよね!」
「うん。そうだよね」
僕たちは会話をしながら、お墓を眺めていた。
「…あ」
そんな中、ひと際目立つお墓があった。
「なになに? どうしたのマリリン?」
「見て」
「あ。 ドラゴ族の墓だよこれ」
「ドラゴ族?」
「うん。 マリリンはドラゴ族って見たことある?」
「さすがに無いよ」
「ナコも~。 本当にドラゴンの形してるのかな」
「どうなんだろ。 でも僕たちに近い見た目はしてるんじゃない?」
「あはは、さすがにそうだよね!」
「…でも、この島にも他の種族が居たんだね」
「んーん、この人は違うみたい」
「そうなの?」
「そそ! 昔に天変地異が起きてさ、その時に流されちゃった人のお墓らしいよ?」
「…そうなんだ」
天変地異。
僕たちは静かにお墓を見つめた。
風のに揺られる草木の音。
海で凪ぐ、さざ波の音。
ナコは、その音に耳を傾けていた。
「誰にも邪魔されない。 だからナコ、この場所が好きなんだ」
「僕いるけど?」
「マリリンは特例! …それにさ、誰も来ないから。 本当の自分を見せられるの」
「本当の…」
…。
彼女は、フードに手をかけた。
それを持ち上げ…
「ごめん! やっぱり恥ずかしい!!」
慌ててフードを元に戻す。
「ナコ…今、顔赤いと思うから…ごめんねっ!」
「大丈夫だよ。 また会った時に見せてね」
「えへへ~、約束ね!」
「うん、約束!」
「それなら…。 マリリンは学び舎っていつ入るの?」
「うーん。 僕の歳だと…2年後かな」
「2年後! そっか! 2年後! ナコもその年なの! 一緒だね!」
「ほんと!? それならまた会えるね!」
「うん! ナコのこと、忘れないでよ?」
「もちろんだよ! 忘れるわけないじゃん」
「絶対にね?」
「うん、絶対忘れない!」
「えへへ。 忘れてたら殺すからね!」
「ええ!? 重くない!?」
「嘘だよ嘘! …あ、やっぱほんとに殺しちゃうかも」
「やめてよぅ…」
「別にマリリンが覚えてくれたら、それでいいだけじゃん!」
彼女は少し笑うと、街の方へと駆け出した。
「じゃあねマリリン! またね!!」
「またねナコ!!」
…。
そして彼女は、街の中へと消えていった。
まるで嵐のような女の子。
心に寂しさだけが残った。
でも、何か忘れているような。
ふ…。
ふ…。
フワリ!
忘れてた。
フワリと合流しなきゃ。
きっと今頃、心配しすぎで倒れてると思う。
僕はフードを深くかぶり、再び町へと駆け出していった。
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