19. 未知との遭遇 2

「誰ですか!?」


「やぁやぁ」


振り返るとそこには、知らないオジサンが居た。

彼は髭の似合う、渋くてセクシーなオジサンだ。


「私はベルズズさ。 よろしく」


彼はヘンテコな眼鏡をいじりながら、僕の目を覗き込んだ。


「君がマリンちゃんだね~?」


「違います」


「ははは! もう何もかもが遅いさ!」


彼は握手を求めて来る。

色々と怪しいけど、こんな人にも礼儀は必要だよね。

僕は恐る恐る、その手を取った。

すると…。


ぎゅッ!


彼は唐突に、僕の手を握り上げる!

是が非でも僕を逃がさないようにしたいらしい。


「あ…あの…。 離してください…」


「ははは! 嫌だとも!」


「あの…一番嫌なのは僕の方なんですが…」


「知ったこっちゃないさ、そんなこと! さぁ、君の名を聞かせてもらおうじゃないか」


「…えっと」


「さぁ、さぁ!」


色々と圧がすごい。

怖くなって、力づくで手を離そうとする。

しかし、あまりに怪力に手足が全く出ないんだ。

ベルズズ…なに者なのこの人…。


もう自己紹介するしかないのかな。

僕は腹をくくって、自己紹介することにした。


「僕はマリンです。 よろし…!?」


その途中、僕は思わず言葉が詰まってしまった。

だって、衝撃的な物を見ちゃったんだもん!


目の前の彼の背中には…。

ハエの様な翅が生えていた!


この特徴…。

間違いない!

ミガ族だ!!


ミガ族なんて滅多に拝めない希少な種族。

それが目の前に居るなんて、ドキドキが止まらない!

僕は急に、目の前の大男に興味が湧いてきた。


僕はジーっと、翅を見つめてみる。

するとベルズズは、その視線に気が付いたらしい。

ニコニコとした笑顔を浮かべた。


「私の翅がそんなに気になるかい?」


「……少しだけ」


「触ってもいいとも」


「え! いいの!?」


「もちろんだよ~」


「わーい! 触る!」


僕は、まんまと飴に釣られた。

そして手が触れる寸前の所までいったところで、僕に理性が戻ってきた。


本当に触って大丈夫?

だってこの人。

よく見たらなんか怪しいんだもん!

…いや、よく見なくても怪しいんだけど。


「…僕の事、食べたりしない?」


「ははは」


「…え、本当に食べないよね!?」


怯える僕に、ユワルが声をかける。


「マリン、大丈夫だよ。 変なのは見た目だけだから」


「中身も十分変だけど!?」


「きっと大丈夫。 たぶん。 うん! 大丈夫!」


「ほんとかなぁ…」


怖い。

でも触りたい!

ええい、触っちゃえ!

僕は好奇心に抗えなかった。


カチッ!


すると、手には鋼のよう感触が伝わってくる。

なんだか柔らかそうな見た目とは裏腹に、けっこう硬いらしい。


「…あ、意外と硬いんですね」


これで空を飛べたりするのかな。

でも重そうだし、ただの飾りなのかな…。

なんて考え事をしていると。


ブブブッ!


突然、翅が動き出した!


「ひぃ!!!」


僕はあまりに驚きすぎて、後ろに倒れてしまう。

そんな僕を見て、ベルズズは大笑いしていた。

これは確信犯だろうな。

なんて時。


ゴチンッ!!!


ベルズズの頭が、何ものかに強くぶったたかれた。

そうして、呆気なく地面に倒れる彼。


そのすぐ近くを見てみると、鈍器のような何かを持ったユワルが面倒くさそうな顔で立っていた。

どうやら彼女が、あれでぶん殴ったらしい。

仲間同士なんだろうけど…なんというか、容赦がないよね。

それからユワルは僕の傍まで来ると、両手を謝るように合わせた。


「ごめんねマリン。 これがうちのキャラバンの団長なの」


「えぇ…。 こんなのが…?」


「怖かったよね、あの人」


「怖かった…。 でも…あの人を平然と殴れるユワルも怖いけど…」


「あ! もしかしてマリンも殴られたいんだね!」


「あっ…冗談ですぅ…」


団長が団長なら、団員も団員なのかもしれない。

そんな僕らの間に、ベルズズがニョキっと割り込む。


「私を除け者にしないでくれよ~。 泣いちゃうよ? いい歳の男が」


満面の笑みでこの言葉を言い放つベルズズ。


「はぁ…。」


ユワルはそんな彼に、また呆れた表情を浮かべた。


ググッ。


次の瞬間、彼女はベルズズの首元を掴む。

そのまま引っ張っていき、ためらい無く海に投げ入れた!


ジャバンッ!!!


慣れた手つき。

たぶんこれが初めてじゃないんだろうなぁ。

それにしても、華奢な体なのに意外と力持ちなんだね、彼女。

それから流れるように、ユワルはベルズズを海へと沈めた。


ブクブクブク……。


こうして、世界はちょっとだけ平和になったとさ。

めでたし、めでたし。

ユワルは、なんだか一仕事終えたようなすっきりした顔をしていた。

そして。


「それじゃマリン。 私そろそろ行くね」


「えっ、もう行っちゃうの?」


「うん。 マリンの練習の邪魔になっちゃうから。 それに私も行くとこあるし」


「…そっか。 楽しかったよ! また会おうね!」


「うん! またね!」


僕らは別れの挨拶をした。

本当はもっと話していたい気持ちもあったけど、お互いやることがあるしね。

それから僕がまた魔法の練習を再会しよとしたその時。


ザパァア!


海からベルズズが這い上がってきた。

別にそのまま、ずっと海の中に居てくれても良かったんだけどね。


でもずぶ濡れの彼は、妙にカッコよかった。

もともと色気が漂う彼だけど、服が透けた今、もはや彫刻のような魅力を放っている。

濡れた髪をかきあげる仕草は、男の僕でも油断できない。


こんなカッコいい見た目なのに、あんな性格。

世界一損してる人だと思う。


「あらぁ? ユワルちゃんはどこ行ったんだい?」


「…先…行きましたよ…」


「ははは! 相変わらず薄情な子だね~。 …何故だか、私にだけ冷たいんだあの子」


「あの…きっと貴方に原因があると思いますが…」


「言ってくれるじゃないか~! でも私は今の私が好きだとも! 変えるつもりはないね~」


そう言って、彼はカラっと笑った。

僕もとりあえず、愛想笑いを浮かべておいた。

それからベルズズは、ユワルの後を追うように歩き始めた。


「また会おう、水の子よ」


「違います。 マリンです」


「ははは! 私にもかっこつけさせてくれよ!」


彼はカラカラ笑いながら、島の中へと入っていく。


なんだったんだあれ。

それにしても、最後の言葉が引っかかる。

水の子。


なんで水の子?

ひょっとして僕が、水の単属性だからなのかな。

分かんないや。

それにしても、不思議な人だったなぁ。


なんだか色々な事件が起きたけど、まだ午前中なんだよね。

1日は始まったばかりだ!


それってちょっと得した気分にならない?

ひとまず休憩してから、練習を再開しようかな。


…。


ガリッ! ガリッ!


僕は飴を噛み砕いた。

甘いものを食べると、魔力が回復するらしいんだ。

だから戦闘中に、お菓子を食べながら戦う人も居るみたいだね。

魔法の練習は頑張れば頑張るほど、とにかく魔力を消費していく。

だかこそ、特訓のお供には飴が必要不可欠なんだ。


さて、休憩終わり!


僕は立ち上がり、海の方を見つめた。

先ほどのフワリとの会話を思い出す。


「水なんて関係ないの。」


結局、何が言いたいのかは分かんないけどさ。

手探りで探していこ!

手探りで!


僕は手始めに、色々試すことにした。

まず初めは水の量を逆に減らしてみる。

逆転の発想!


コポ…。


小さい石ころサイズの水を生成。

正直、こんなので威力が出ると思えないけど…。


でも、百聞は一見にしかず!

とりあえずやってみよう。

僕はそれを、思いっきり海に打ち込んだ!


スパンッ!!


海が爆ぜる感覚。

多少水しぶきは少ないきがするけど、さっきよりも鋭い攻撃が出来た気がする。


「うん、うん! 少ない水でも、意外と威力でるじゃん!」


僕はうれしくなって、にっこりした。

これなら行けそう!

水に頼るなって、こういう事なのかな。

ちょっぴり掴めた気がした。


それからも、色々と試してみる。

回転を加えてみたり、すご~く集中してみたり、連射してみたり。


スパンッ!!


パアンッ!!!


どぼんっ!!


パシュンッ!


「いいね! 絶好調!」


思いのほか上手く事が運び、僕は上機嫌になった!

ただ、1つ気になる事がある。

それは、音が大きすぎること!


爆音の嵐だもん。

こんな事を繰り替えしていたら、近所迷惑もいいとこだよ。


実際、さっきから視線を感じるし…。


何か対策をしたいな。

このままだと、さすがに怒られちゃう。

僕は少し考えてみることにした。


どうやれば音を抑えられるんだろう。

海を抑えつけるとか?

そんな事出来る?

それが出来たら苦労しないよ…。


「…あれ?」


そこで、僕はとあることに気が付いた。


「海って…そもそも水じゃない!?」


僕って天才!

それなら、もしかしたら海も操れちゃうかもしれない!

やってみよう!


僕は海に両手を向けた。

それから、集中力を上げるために目を瞑った。

イメージが大事だもん、魔法っていうのは。


そして、大きな水をすくい上げるイメージをする。


…。


ゴゴゴ…。


すると、鈍い重低音が響き渡った。

海から何かが持ち上がるような、心地のよい音が聞こえてくる。


あれ…?

もしかして本当にいける?

ちょっとした冗談のつもりだったんだけど。


僕は恐る恐る、目を開けた。


するとそこには、巨大な水の塊が浮かんでいた!

僕の家が3つくらい重なったような大きさだ。


「で…出来ちゃった! やった!! やったよクララ!!!」


僕は思わず、嬉しくて飛び跳ねる!

もう、本当に嬉しくて!

くるくる回っちゃったりして!


これで一歩、クララに近づいたかな?


いいや、きっとまだまだ。

クララは想像も付かないような、凄い修行をしてるんだよ。

僕ももっと頑張らなくちゃ。


なんて考えていると、ついつい…集中が途切れてしまう。

気付いた時には、水が墜落していた。


「…あ」


僕は呆然と、それを眺めている事しかできなかった。

その後のことは、容易に想像が出来た。


水の塊は海と激突。


ザッパアアア!!!!!!


それは大きな波をたて、僕らの住む居住地へと向かってきた!


「わっ! わっ! ど…どっ…どうしよう!!」


僕は咄嗟に、水を海に押し込むイメージで魔法を使った。

しかし既に遅し。

半分くらいは押し戻せたものの、もう半分は僕らの住む島へと激突した!


バシャアアアン!!!


「…あぁ…。 僕のばかぁ…」


僕は、水浸しになった浜辺に膝をついた。

いつにも増して、辺り一帯が磯臭いような気がする。


「…怒られちゃう」


僕は現実逃避をするように、うつむいた。

するとうつむいた先には、海から打ち上げられた魚がぴちぴちしている。

それが余計に、僕を現実へと引き戻してくれた。


んもう。


しばらくして、お母さんが慌てて家から飛び出して来る。


「マリンちゃん!!! なにしたの!!!」


「ご…ごめんなさい…」


「大丈夫!? 怪我はない?」


こんな時でも優しくしてくれるお母さん。


「お母さん…僕は大丈夫だよ」


「マリンちゃんが大丈夫なら、それで十分よ!」


そう言いながら、僕を抱きしめてくれる。


「お母さんんん…」


「大丈夫よ…マリンちゃん」


「ごめんなさい…」


「いいのよ。 後で一緒に、謝りに行きましょ」


「うん…ありがとう、お母さん。 大好きだよ!」


「もうっ、マリンちゃんたら!」


…。


その後、僕はお母さんと一緒に謝って回った。

ついでに、最近の騒音のこととかも。

でも僕のことを昔から可愛がってくれた島の人達だから、みんな笑顔で洗い流してくれた。


その日の夜。


僕はフワリの家にお邪魔した。

相談したいことが沢山あったからね。


コンコン。


「フワリ、入るよ!」



僕はノックだけをして、家の中に入った。

ここは僕の第二の家みたいな場所だからね。

出入りは自由ということになっている。


キイ…。


スムーズに開く扉。

僕はそれを開いて、家の中へと入った。

すると。


「うわっ」


なんだか、床が湿ってるんだ。

僕は思わずつま先立ちになった。

それからふと顔を上げると、魔法で頑張って床を乾かしているフワリと目が合う。


「…あ」


「まーりーんーくーん」


「ご…ごめん!」


「おめでとう。 また大きく成長したんじゃないかな?」


「えへへ」


「それはそうと、手伝いなさい」



「…はい」


もちろん僕は、フワリの手伝いをする事にした。

この原因は僕だからね…。


それから僕らは床を乾かし、汚れた家具の足を綺麗に拭いた。

そうして度落ち着いたところで、僕らは休憩を取っていた。

フワリがお茶を嗜みながら、僕に言葉を投げかける。


「海岸での練習も、だいぶ窮屈になってきたみたいだね」


「うん、そうなんだ。 だから場所を変えたくて…フワリはどこか、良い場所知ってる?」


「うん、前から目星はついてるよ」


そう言うと、彼女は地図を取り出した。

シュカ大陸全体の地図だ。

でも、天変地異が起きる前の物。


僕が生まれる前に起きた天変地異のせいで、多くの場所は海の底に沈んだみたい。

残念ながらまだ新しい地図は更新されていないみたいで、この前の物を使うしかないらしいけど。


「この山が今の私たちが住んでる島」


「うん」


「それでここ。 見て」


フワリがすぐ隣にある、小さな山を指さした。


「山?」


「昔はね。 今は誰も住んでない、無人島になってる場所だよ」


「無人島! 練習にもってこいの場所だね!」


「ふふっ。 でしょう?」


「うん! …それで、そこにはどうやって行けるの? 亀? 泳ぎ?」


「マリン君、泳げたっけ?」


「…無理です」


「だよね」


フワリはふふっと笑う。

そして言葉を続けた。


「実はね、私たちの居るこの島から歩いて行けるの」


「歩いていける…?」


「そうそう。 海の上を歩てね」


「魔法で海を渡るって事?」


それを聞いてフワリは笑ってしまう。


「あははっ…違う違う! 水深が浅いから、歩けるってだけ」


「なんだか……現実に戻された気分」


「でも綺麗な場所だよ」


フワリがフォローを入れるも、僕はうつむいたまま。


「この島、けっこう広いよ」


うーん、まだ弱い。


「じゃあ無しにする?」


僕は顔をバッと上げて、顔を横に振った。


「嫌!」


「いじわるマリン君。 それじゃあ、ここに決まりでいいかな?」


「うん!」


「よろしい。 素直な子だよ」 


フワリは僕を見透かすような目で言った。

こうして、僕の新しい練習場所が決まった。

さっそく明日の朝、フワリが連れて行ってくれるらしい。

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