38. 最悪な日 4

その時。


ザク…ザク…!


2人分の足音が聞こえた。


天使はその音につられ、首を傾ける。

そして音の主を確認するや否や、乾いた唇で満面の笑みを創り上げた。

そして、ハサミをそちらへと向ける。


その先に居たのは、変な眼鏡の男性。


「ははは! 随分と可愛がってもらったようだね~。 お返しといこうじゃないか」


彼は腕をまくり、中からはちきれそうな程の筋肉が露呈した。

その周りを、黒いもやが取り囲んでいく。


そして、その隣を歩くドラゴ族の男性。


「よく持ちこたえたな、お前ら。 もう大丈夫だ」


ゴウッ!!


彼は怒りを露わにするように、真っ赤な炎を纏いあげた。


ベルとテライだ…!


僕はその安心感で、思わず泣き出しそうになってしまう。

それを誤魔化すように、ユワルの手をぎゅっとにぎった。

すると彼女も、優しく握り返してくれる。


それから僕らは、ベルたちの方へ目を向けた。


「はへ! はへのほお!! ほほほはは!!」


するとそちらでは、天使が狂ったように喜んでいる。

それはまるで、ベルたちに出会えたことを喜ぶかのように。


そんな彼女に対して、ベルは大笑いを返した。


「ははは! 今回も私はモテモテだね~!」


「気は抜くな、ベル。 相手は天使だ」


「分かってるとも。 それじゃあ始めようかね、テライちゃん」


「あぁ。 準備は出来てる。」


そう言うと、テライは身にまとった炎を手の中心に集め始める。


ゴウッー…!!


それは真っ赤な炎の球体となり、眩い輝きを放ち始めた。

僕たちとはかなり距離が離れているけれど、それでも肌が燃えそうな程の熱気を感じる。


「ぎじゃぎじゃじゃ」


天使はそれに危機感を感じたのか、ハサミを構えた。

そして低く腰をおろし…。


ズドンッ!


勢いよく、大地を蹴り上げた!

ヤツは目にも止まらぬ速さで、大地を飛んでいく。

そのままテライを目指し、みるみると距離を詰めていった。


しかしベルが、その間に割って入る。

そして彼は腕を引き、天使を思いっきりぶん殴った!


バンッ!!!!!


破裂音にも似た爆音が耳をつんざく。

同時に、辺り一帯を吹き飛ばすような衝撃波が生成された。

ただ殴るだけ。

殴るだけなのに、この威力。

あまりに規格外すぎる…!


それを直撃した天使は、いくつもの木をなぎ倒しながら森へと突っ込んでいった。

よく見れば、森の中の木々には虹色に輝く不気味な液体が散乱していた。

それはどれも付近の木や大地を真っ黒に溶かし、自身に取り込んでいるかのように見えた。


「ありゃ。 これは散らかし過ぎたね~」


ベルは苦笑いをしながら、森の中を覗いた。

そんな彼の行動に、テライは咎める。


「ベル、その森には近づくな。 危険だ」


「ははは! テライちゃんは心配性だね~!」


「当たり前だろ。 俺は心配性だから生き残ってこれた」


彼は大きな火球を生成しながら、そう忠告した。

その火球はかなりの温度らしく、彼の額には汗が滲み出ていた。

しかしベルは、その忠告を聞かずに森へと近づいていく。


「いいかい、テライちゃん。 私はその逆さ。 誰よりも恐れ知らずなんだとも」


彼は笑いながら、そう言った。

そして、さらに深く森へと覗き込む。

その時。


がたがたがたがたー…。


森の中が、妙に騒がしくなった。


「おや?」


ベルは首を傾げた。


その瞬間。


ズジュンッ!!!


森の中から、数百もの手が飛び出してくる。

それはベルを掴もうと、執念深く追いまわしてきた。


「おおっと! 危ないね~! ははは!」


ベルはなんとも楽しそうに、それを避けていく。

しかし、絶対にその手に触れようとはしなかった。


なぜならその手は、全て虹色に輝いていたから。

きっと、天使の体液だ。

あれに触れたら最後、あの森のようにどす黒く朽ち果てていくんだと思う。

そう思うとゾッとするよね。


ベルが森から距離を離し、天使の手がそれ以上、追いかけてこれなくなった時。

テライが動き出した。


「ベル、準備が出来た」


「ご苦労さん。 それじゃあ、やっちゃっておくれ」


「あぁ。」


彼は目の前に生成された巨大な火球を、小さく小さくまとめていく。

すると炎の色が、赤から青へ、青から橙へと変化していく。

やがて最後には、純粋な白色へと変化した。


それは太陽とも遜色の付かないような、眩い閃光。

全てを焼き尽くすようなエネルギーが、あの中に詰まっているんだ。

そしてテライは、それを森へ向けて放った。


シュンー…。


小さな太陽は、静かに、優雅に、音もなく森へと突き進んでいった。

それがパチッと、一瞬消えた気がした。

その瞬間。


ブワアッ!!!!


森の中に、灼熱の炎が燃え広がった!

それは木々を焦がし、大地を焦土と化し、天使を蒸発させる…!

そのあまりの明るさに、昼間だというのに周りが夜に見えてしまう。

僕は、とっても不思議な感覚を味わった。


「テライちゃん。 今回の天使はしぶとかったね~!」


「ベル、お前が無駄なことをするからだ」


「ははは! いやぁ、マリンちゃんに天使の恐ろしさを見せてあげたくてね~!」


「まぁ、そうだな」


2人は、森を眺めながら談笑していた。

それはさながら、一仕事終えた職人たちの会話だ。

僕はユワルを連れながら、2人の元へと向かった。


「天使、倒せたの?」


僕は、2人に素朴な疑問を送った。

こんな状況だし、さすがの天使も生きちゃいないと思うけど。

しかし、帰ってきた言葉は僕の想像とは真逆のことだった。


「い~や? あいつらは死ねないのさ。」


「え!? こんな状態なのに!?」


「そうだとも。 だから毎回毎回、私たちは手をやいているんだね~、ははは!」


ベルはカラっと笑った。

そこに、テライが言葉を付けくわえる。


「俺らに天使は倒せない。 だから、極限まで時間を稼いで逃げるんだ」


「それで大丈夫なの? 追いかけてこない?」


「心配はいらない。 やつらは、日没になれば勝手に帰っていく。 それに、ここまで燃やせば数日は再生しないだろうな」


「えっ…。 再生…? それって元通りの姿に戻るってこと?」


「あぁ。 生半可な攻撃だと簡単にな」


「うわぁ…」


僕は嫌な顔をした。

さっきの僕は、間違いなく天使に攻撃を命中させた。

それでも、数分後には元通りの姿でまた襲ってきたんだけどね。


あの時は、てっきり攻撃を外したものだとばかり思っていた。

でもきっと、僕はしっかり攻撃を当てていたんだ。

その上で、再生されてしまたった。


「そぅ…なんだ…」


僕とユワルじゃ到底 天使に叶わなかったんだということを知った。

それと同時に、ベルとテライの圧巻な強さを思い知った。

もっと頑張らないと。

この2人に追いつけるくらいに。


果てしないなぁ。

いったい、いつになったら追いつけるんだろう。

僕は一人、物思いにふけっていた。

その時、ユワルが僕の前にひょこっと飛び出た。


「ま~りん!」


「ユワル…!」


「さっきはありがと」


「僕、何かしたっけ?」


「んーん。 別に忘れたならいいの」


「抱きしめ…」


「やっぱり忘れなさい!!!」


急に僕をぽかぽか殴り始めるユワル。


「ちょっと! 痛いってユワル!!」


「マリンが忘れるまで私殴り続けるから!!!!」


「忘れました! 忘れましたから!」


「忘れないさい!!!!!!!」


「もう忘れたって!」


今日はなんて災難な日なんだろう。

でも思い返せば、充実していた一日だったのかもしれない。


それから僕らは、すぐにその場を離れた。

あんまり長居をして、万が一にでも天使が復活でもしてきたら怖いからね。

だから、そそくさとキャラバンへ向かっていく。


そんな中。

僕の中には、1つの疑問が浮かんでいた。

それが気になって仕方がないので、ベルに訪ねてみる。


「ね、ベル」


「なんだい、マリンちゃん?」


「なんで天使が襲ってきたわけ? 僕、こんなこと初めてなんだけど」


「…ぴゅーぴゅるるるー」


僕のその質問に、ベルが口笛を拭きながらそっぽを向いた。

あ…何かあるなコレ。


「ベ~ル! 教えて!」


「ぴゅ~…ぴゅるる~」


僕の質問に、口笛で回避し続ける彼。

無駄に上手いのが腹立ってくる。

そんな光景に呆れたのか、テライが話を始めた。


「ベルはな…」


「ちょっとテライちゃん!?」


「いいだろベル。 別に隠すことでもない」


「ん~…。 別につまらない話だよ?」


「教えて!」


「知ったところで、何の特にもならないけどいいのかい?」


「早く教えて!」


ベルは僕を説得しようとするも、無駄だとさとったらしい。

ようやく、口を割った。


「いいとも…。 手短にだけなら、話してあげようか」


「うん!」


「私はね…。 1000年前、神を殺そうとしたのさ」


「え…?」


唐突に語られる、ぶっ飛んだ言葉。

正直この人の話は、どこまでが嘘で、どこまでが本当か怪しい。

でも、あの温厚な天使が襲ってくるような人だよ?

そのくらいのことをしないと、辻褄が合わないような気がしてきた。

それから彼は、言葉を続ける。


「そのおかげね。 今では年に1回、天使がお迎えに来るわけなのさ~」


彼はカラっと笑った。


「んもぅ…何してんの!?」


「ははは! ただの若気のいたりさ!」


「どう見たって若くないじゃん!」


「何を言うんだいマリンちゃん! 私のお肌はぴちぴちだろう!?」


「そう言う事をいってるんじゃないよぅ…」


何だか僕は、また彼にはぐらかされた気がする。

彼はまた笑い、僕の顔を見た。


「という事だからマリンちゃん。 来年から気を付けてね~!」


「そんな迷惑な…」


前言撤回。

今日は最悪な日だ。

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