41. 橋の町にて 1

島に上陸してから、僕らは数日と移動を重ねていた。

もちろん物資補給や食事も兼ねて、途中の大小様々な街へと立ち寄っていく。

最初こそ、何も感じないありきたりな街ばかりが続いていた。

そうして、順調にトロン大陸へと通じる橋の街を目指していったんだ。


しかしある時から、訪れる町々に異変のような物を感じるようになっていった。


「うわ。 この町もだ。」


「人多いわね…」


「だね~。 こりゃまた、食事が出来なさそうだ」


ベルは人混みを見て、頭をかいた。

そして僕を苦笑いしながら見る。


「すまないけどマリンちゃん。 今日のお昼ご飯も、食事を作ってはくれないかい?」


「うん、いいよ」


「すまないね~。 最近はマリンちゃんに頼りっきりだよ」


「こればっかりは仕方ないから、気にしないで!」


「何を言ってるんだい。 もとから私は、気にしてなんかいないさ、ははは!」


「ちょっとくらいは気にして!?」


最近訪れた街では、街の規模に対して異常なまでに人口が多い。

人口が多すぎて、まともに食事も取れないほどだ。


でもみんな、着ている服や種族もバラバラ。

多くの種族は同じ種族同士でまとまって暮らすことが多いから、これは異常な光景なんだ。

この人たちがこの街の住民ではないということは、見て明らかだった。


その異変は、橋の街へ近づくごとに増していく。

それはまるで、皆が橋の街から逃げるかのように。


そこからさらに進んでいき、僕らはとうとう橋の街の手前までやってきた。

そこはあまりに人が多く、まともに食事も出来ないし、物資も足りていない。

早いところ橋の街へ向かおう、僕らそう話し合っていた時のことだった。


「あんたら、トロン大陸へ行く気か?」


町民らしき人が、僕らに声をかけてくる。

それに反応するベル。


「あぁ、そうだとも。 ちょっと用事があってね~」


「そうか。 見たところ、橋の街を経由して行くつもりだな?」


「その通りだとも」


「やめておけ。 今のあの街には、入らない方がいい」


「なんでだい?」


「あんたら、聞いてないのか? あの街が今、何者かに占拠されてんだよ」


「おお!?」


ベルはその言葉を聞いて、楽し気に眉を釣り上げた。

そして、彼は町人に質問をする。


「それはどんなヤツらだい? 緑色の服を着たチビ助じゃなかったかい?」


「さぁてね。 俺は逃げてきた連中に話を聞いただけだ。 ただ、巨大な魔物が居たらしい」


「そうかい、そうかい」


「ひとまず、行かない方が良いと思うぜ。 俺も、あんたらに死なれたら目覚めが悪い」


「ははは! 忠告感謝するとも」


「おい。 まさか、行く気だろあんた」


「当たり前さ! 道があればそこを通る、無くても無理やりこじ開ける。 これが私のやり方さ」


「…はぁ。 好きにすればいい。 くれぐれも気をつけろよ。」


「あぁ、そうさせてもらうよ。 情報ありがとうね~」


ベルは町民に感謝をして、僕らの方へと戻ってきた。

そして僕らの表情を見て、大笑いする。


「ははは! 随分と冷めた顔をしているね~。 どうしたんだい君たち?」


「ベル…。 さっきの話…丸聞こえだったけど…」


「さっきの話? なんのことだい?」


「今さらとぼけても遅いよ!?」


「ははは! なんのことやら!」


堂々と会話の内容を隠蔽するベル。

これは彼の、お家芸みたいな物だ。


しかし真面目なテライには、そんなもの通用しない。

彼はベルに対して、話を切り出した。


「なぁ、ベル」


「なんだい?」


「話は聞かせてもらった。 橋の街が何者かに占領されているんだろ?」


「ありゃ。 聞いちゃってたか~」


「丸聞こえだ。 今からでも別の道に変えるか? 旅の障害は少ない方がいい」


「い~や、このまま行こう」


「だが…。 トロン大陸の入り口は他にあるだろ?」


「却下だ」


ベルは、テライの言葉を有無も言わずに却下した。


「…ベル」


「あのね、テライちゃん。 他の道もあるにはあるとも。 で

もね~、数か月単位の遅れになるわけだ。 これじゃあ、魔王には間に合わないとも」


「そうか…そうだな。」


「それにだね~。 ここと同じように、占領されていたらどうするつもりだい?」


ベルのその言葉に、テライは押しどまった。

そして、静かに頷く。


「すまない。 余計な提案だったな」


「ははは! 意見を言ってくれる味方は、大切なものさ。 これからも期待してるよ~」


そう言って、ベルはキャラバンの中へと戻っていった。

皆も彼に続き、再び船が出発した。


…。


あの町を境に、突然訪れる静けさ。

もう、鳥のさえずりすら聞こえない。

キャラバンは相変わらず騒がしいんだけどね。


…。


しばらくして。


「あ、マリン見てよ」


トーニャが僕の肩をバシバシ叩いてくる。

地味に力が強い。


「どうしたの?」


「良いから窓を見てみなさい!」


「うん」


僕は、窓に自分の額を押し付けた。

外には、永遠と続く草原の終わりがようやく見えていた。

そこは大きな崖となっていて、崖に股がるように巨大な橋がかけられていた。


それは端が見えない程に長く、そして横幅も驚く程に広い。

橋の上には、隙間もない程にぎっちりと建造物が建てられている。

圧巻、もう圧巻すぎる!


「すごい! これがトロン大陸の入り口なんだ!」


「そうよ! トロン大陸のスケールはすごいのよ!」


トーニャが誇らしく自慢した!

まだ大陸自体は見えないほどに、遠くにあるんだけどね。


「それにしても…すごく不気味だね」


これほど大きな街の近くだというのに、まるで人の気配を感じない。


「私が旅行で来た時は…もっと賑やかだったのよ。 すごく楽しい場所だったわ」


「また活気が戻るといいね」


「えぇ、そうね!」


なんて話をしていると、キャラバンが停止した。

ついに街の入口に到着したらしい。


…。


外に出た瞬間、ピりついた空気が肌をかすめる。

静かなのに騒がしい、そんな雰囲気。


「みんな」


静寂を破るように、ベルが口を開いた。

彼らしくない、落ち着いた声。

思わず全員がそちらを向く。


「私から提案があるんだ」


「いいぞ! 採用!!」


真面目な空気を、ぶち壊すハル。

トーニャは彼女を注意した。


「ハル! お話はちゃんと聞かないとダメよ?」


「とーにゃあー」


「はいはい、座ってなさいよハル」


「あい」


ちっと空気が和んだところで、ベルが続ける。


「恐らくこの街に魔物が居るのは確実さ。 強さが分からない以上、戦いは避けたいところだね」


その言葉にみんなうなづく。


「ただ、これでもキャラバンは大所帯さ。 船もあるから、見つからずに移動は難しいわけだね~」


「そうね」


「うん」


「しかし、私の頭脳ですごい作戦を考え付いちゃったわけさ!」


ベルが笑顔で両手を広げた!

なんて自信満々な顔。

この窮地を脱する、神の一手を彼は思い付いてしまったらしい。

彼の頼もしさに、僕らは口々に称賛をした。


「すごい作戦か!?!? それはすごいぞ!!!」


「さすがベルだ」


「良かったぁ。 ベルの事だから、また変な事言い出すのかと思ったよ」


「へぇ、たまには頼りになるんだ。 た ま に は」


「私、もう眼鏡が本体だなんて馬鹿にしないわ。」


普段の言動とは一変、あまりに頼もしいベルの姿に、皆手のひらを返し始める。

返せるときに返した方がいいからね!

それから、ベルが言葉を続ける。


「それじゃあ発表するね~」


ついに伝説の作戦が発表される!

僕らの視線は、一同にベルへと集まった。


「題して」


…。


「魔物を倒しちゃおう大作戦だよ」


「「「「は?」」」」


彼の言葉を聞いた途端、みんながため息を付いた。

一瞬でも、この変な眼鏡を信用した自分たちが馬鹿らしくなったからだ。


「みんな。 魔物より先にコイツ倒そ」


ユワルが、素晴らしい提案をする。


「いいね! 僕乗った!」


「私も手伝うわ。 日頃の恨みが溜まってるのよ!」


「ベルズズ退治だああ!!! うおおお!!!」

彼女の名案に、みんなが乗り始める。


「ちょちょちょっと。 待っておくれよ〜」


ベルは必死に弁明するも、時すでに遅し。

みんなから冷たい目線がベルに降り注ぐ…。

信頼っていうのは一瞬で崩れる物だよね。


「待ってくれよ。 まだ続きがあるのさ」


「続き?」


その言葉に、再びベルは注目を集めた。

それと同時に、僕は手のひら返しの準備をする。


「いいかい、君たち。 町を解放したら、感謝されないかい?」


「うん、されるね」


「お礼に大金を貰えるとは思わないかい?」


「やっぱりベルを討伐するべきだね!」


「うおおおお覚悟!!!」


「落ち着いてくれよ!  私達の旅は、皆様のご厚意で成り立っているんだよ?

これはね、大切な大切なお布施なんだよ~。 素敵なことだろう?」


「物は良いようなんだよ…」


呆れた顔のユワル。


ともあれ、これ以外に道が無いのもまた事実。

かくして僕らは、街の解放に乗り出した。


町はかなり大きい。

全員で同じ場所を探索するよりかは、チームに別れて行動した方が良いという話になった。

チーム分けはこうだ。


ベル、ユワルチーム。

元は二人旅だったらしいから、相性は抜群だ。

…なんか、嫉妬しちゃうな。


次に、ちびっこ3人衆チーム

僕、トーニャ、ハルの3人だ。

見た目は大人なハルも、実は中身は子供!

だからユワルに、こんなチーム名をつけられてしまったんだ。

ユワルだってちびっこの癖に。


最後はテライ。

1人ぼっちチーム。

…これはチームなのかな?

それは置いておいて、テライの強さは本物。

それと引き換えに、寂しさを手にしてしまったらしい。


チーム分けが出来たところで、ベルが何か石のような物を渡してきた。


「はい、これマリンちゃんの」


「これ何?」


「パイライトだよ。 危なくなったらこれ使っておくれ」


「うん!」


「あのね、マリン。 これを使うと、キャラバンまで戻ってこれるの」


ユワルが補足を入れてくれる。


「へぇ…こんな便利な物が…!」


「その変わり、すごーく高価だけど」


「…え? …僕…使っていいのこれ?」


「ははは! もちろんさ! 命が一番大切だからね~、くれぐれも無理はしないでおくれ」


「うん、気を付ける!」


全員にパイライトが渡った所で、僕らは別れて出発をした。

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