36. 最悪な日 2
「頑張るのマリン! ご褒美のためだよ!」
「…うん。 頑張る…!」
僕は非力な体に力をいれ、なんとか杖を持ち上げる。
心なしか、触手が悲鳴をあげている気がするけど気にしない!
「ぅぅぅぅぅぅぅう…ぐううう…」
それから、やっとの思いで照準を合わせた。
「ふぅ…ふぅ…。 ユワル…撃つね」
「うん! 見せて!」
彼女は、目を輝かせながら僕を見つめた。
これだけ期待されたのなら、失敗する訳にも行かないよね。
頑張ろう僕!
僕は集中し、魔力を研ぎ澄ませた。
コポポ…。
それから手始めに、水を生成する。
いつも通りすんなり生成される水。
とてもスムーズで、何の文句の付けどころもない。
でも僕は、首を傾げた。
あまりにもいつも通りすぎるんだ。
杖を使ったことによる変化を、まるで感じない。
あれ…?
僕は若干の不信感を抱きつつも、続いてその水を固めて見せた。
カチチッ…!
それもやっぱり、いつも通りの感触。
それ以外の感想が出てこなかった。
もしかして僕、偽物掴まされた?
この杖、本当に効果ある…?
なんだか、切ない気持ちになってきた。
不思議と、目元に少しの涙が張り出してくるのを感じる。
泣いちゃだめ。
まだ…まだ分からないから…。
それから僕は、生成した氷を目標へと向ける。
今までの僕なら絶対に当たらない距離だ。
それどころか、狙おうなんてすら思わなかった。
でも今は、あえて狙ってみる。
この子を信じてみたいから。
…スッ
「お願い。 君のこと…信じてるから」
僕は、氷を放った。
スパンッ!!!!
その瞬間、杖を介して物凄い衝撃が僕の体に伝わってくる。
それは痛いと思えるほどの衝撃。
同時に、それを受け止めきれなくなった杖が空中へと投げ出された。
ガラガラガラッ…。
それは空中をくるくるしながら飛び回り…。
ザクッ!
砂浜に突き刺る。
「…え!? 何今の!?」
僕は何が起きたか状況を理解できず、ただ呆然とした。
しかしユワルは、思わず笑いを堪える。
「ふふ…ふふふ…。 杖が長すぎて魔力が変な事になってるみたい…。 笑える」
ころころ笑うユワル。
「んもう! 笑わないでよ! 僕はこれでも本気なんだよ?」
「分かってる…分かってるけど…ふふ…お馬鹿すぎるんだよ…」
「むぅ…」
笑い事じゃ無いんだけどなぁ。
僕はそう思いながら、杖を拾い上げた。
みたところ傷もヒビも入っていなくて、綺麗な状態だった。
まずは一安心だね。
それから僕は、ユワルにアドバイスを求める。
「ね、ユワル。 僕どうしたら良い?」
「分かんない。 私だって始めてなんだよ? こんなこと」
「そっかぁ…」
また新しい壁が登場、杖が吹き飛ぶ問題。
僕はいつになったら、まともに魔法が使えるようになるんだろうね。
僕は落ち込みを表現するように、少しうつむいた。
そんな時、ユワルがぽんっと僕の肩を叩いた。
「でも成長したんだね、マリン」
「…?」
「見てないの? あれ」
ユワルは遠くを指さした。
その先には…。
「うわぁ…!」
木っ端みじんに砕かれた木の残骸が広がっていた。
場所的に、あれはさっき僕が狙った木だ。
どうやら僕は、長年抱えていた精度の悪さを克服したらしい!
そして入れ替わるように、杖が扱いずらすぎる問題がやってきたんだけどね。
どうやってこの問題を解決しようかな。
もういっそ、普通のサイズの杖を使えば良いだけじゃないの?
ダメよマリン!
それは悪魔の囁きだよ!
耳を貸しちゃ行けない!
ロマンだよロマン!
ロマンこそ正義!
そう、僕の中の天使がささやいている。
君は本当に天使なの?
悪魔じゃなくて?
ぶんぶんッ!
僕は邪念を振り払うように、頭を大きく振った。
よし。
「ロマンこそ正義!」
僕は、両手をぐっとした。
もう小さくて扱いやすい杖なんて、どうでもいい!
僕はこの杖を、誰よりも使いこなせるようになるんだ!
「ユワル、僕がんばるよ!」
「うんうん! その調子だよ!」
彼女は可愛い笑顔で、僕を応援してくれた。
これは頑張るしかないなぁ。
なんて思っていたら…。
「それじゃあ、マリン。 目を閉じて」
ユワルが、僕の目に手を当ててきた。
「え? ど…どうしたの?」
「もう! 察して!」
「…もしかして、ご褒美?」
「うん。 …その…ね」
ユワルはなんだか、少し震えた声を漏らした。
ちょっと緊張しているらしい。
べつに緊張する必要ないのに。
いったい、どんなご褒美をくれるんだろう。
飴かな?
それともドーナツ?
僕はこれから訪れる、ご褒美に期待をしていた。
その時。
ゴーンッ
鐘の音がした。
「あ…年明け…」
忙しい日々で忘れてたけど、今日は年明けの日だ。
つまり、僕が旅を初めてもう二か月経つ事になるだね。
時間の流れは早いなぁ。
なんて呑気にしていたのは、僕だけだった。
彼女は僕の目に当てていた手を離し、強引に僕の手を握る。
なぜかその表情は、いままで見た事ないほどの焦りが見えていた。
「まずい! マリン、逃げるよ!!」
「へ?」
「天使が来る!!」
「別に天使なんて…」
「いいから逃げるの!!」
彼女は思いっきり、僕の手を引っ張った。
僕は何がなんだか分からないまま、彼女についていく事しか出来なかった。
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