13. 伝説のシチュー

「人もー…物もー…魔物すらもー…世界の全てはー魔力から出来てるんですねー」


ゴーン…


「はーい、お昼なので授業ーおわりますよー」


…。


長かったぁ…!

僕は隣で寝ているマルコを起こす。

今日の先生は、とっても眠い喋り方をする先生だ。

それを自覚しているのか、みんなが寝ていても何も気にした様子がなかった。


「マルコ、起きて」


「…んぁ? もう下校か?」


「残念、お昼でした」


「……あと5分」


「もう、こんな所で2度寝しないでよ」


ぐぅ…


その時、マルコのお腹が鳴った。


「腹減ったなぁ」


「マルコ、今日こそ学食にいかない?」


「……おぉ! そうじゃねえか! 今日こそ食わないとな!」


学び舎3日目にして、初の食堂での食事。

今まで色々あったからね、ずっとお預けだったんだ。


そうして食堂へ到着。

今日は早めに来たおかげか、かなり空いていた。

でも僕らはあの席に座るんだけどね。

そう、魔王の特等席にね!


少し時間が経って…。


かなり混んできたあたりで、クララがやって来た。


彼女が食堂に入ると、まるで道が出来るように人が避けていく。

クララが神々しく見えて、ちょっとだけ面白い。

そんな彼女は、僕を見つけると少し明るい表情を浮かべた。


「マリン…!」


「クララ!」


僕たちはお互いかけよっていく。

感動の再開!


…昨日ぶりなんだけどね。


「マリン、やっと会えたよ。 やっと…」


「大げさだなぁ」


「まりんんん」


彼女は僕の顔を、ペタペタ触る。


「あ…触れる! 私マリンのこと触れるよ!」


「…へ?」


「良かった、夢じゃない。 私…本当に友達出来たんだ!」


僕のほっぺをぶにぶにする彼女。

地味に力が強い。


「んー…くすぐったいよ」


「あ。 ごめん」


「大丈夫だって。 僕は消えたりしないから」


「本当に?」


「うん、本当」


「…待て待て。 俺は何を見せられてるんだ?」


僕とクララのやり取りに、思わず困惑するマルコ。

それもそうだよね。

昨日まで敵同士だった僕たちが、急に仲良くなってるんだもん。


僕は昨日のことを共有するかたわら、クララにマルコのことを紹介した。


「クララ。 この人がマルコだよ」


「あぁ、君がマルコだったのか。 よろしくね」


「おう、よろしくクララ!」


「…」


「…」


…。


一瞬途切れる会話。

だって、初対面だもん。

何話していいか分からないよね。

こういうことがあるから、友達と友達を会わせるのってちょっと気まずい。

でも、マルコはさすがだった。


「クララは今何年生なんだ?」


「私は…3年生かな」


「おぉ! これは頼りにさせてもらうぜ! でさ…」


初対面にも関わらず、マルコはどんどんとクララの会話を引き出していく。

羨ましいほどのコミュ力だよ。

気が付けば、2人はあっさり打ち解けてしまった。

弾む会話。


なんか嫉妬しちゃうんだけど!?

僕らは打ち解けるのにあれだけかかったのに…。


それから少し会話した所で、食事にしようという事になった。

あんまり長話をしてると、休憩の時間終っちゃうしね。


「うーん…どれにしようかなぁ」


僕はメニューを見ながら、眉をひそめる。

横から、マルコも覗いてくる。


「メニューって言ってもなぁ…文字だけだと想像つかないよな」


「うん、ほんと。 不親切だよね」


「なぁクララ。 何かおすすめとかあるのか?」


「そうだね…フィッシュパイとか魚のなんちゃらとか、魚系はおすすめかな」


「へ~。 魚が美味しいんだね」


「そ。 海が近いからね」


「じゃ僕も魚にする!」


さかなー。


さかなー…。


さかな…どこだろう…


さかな…。


ん!?


キ…キノコシチューだって!?


…待ってよ。

今は魚の流れだよ?


でも…


ここで他を選んでしまったら、僕はキノコシチューを冒涜する事になる!

だめ!

抗えない!


「僕、キノコシチューにする!」


「なんで?」


僕の唐突な言葉に、クララは戸惑いの表情を浮かべた。

でもごめんね。


「ごめんねクララ。 僕はシチューを裏切れないんだ…」


「そうなんだ…。 それなら仕方ないね」


「仕方ない要素が、俺には何所にも見当たらねぇんだが?」


そんな事がありつつ、マルコもメニューを眺める。


「んー、そうだなぁ」


指でメニューをなぞらえながら…。


「俺は…フィッシュパイに決めた!」


「君は素直だね」


「こういう時は、素直に従っておけば間違いないからな」


「いいと思うよ。 それじゃあ私は、鶏肉のホイル焼きにしようかな」


「え、魚が美味しいんじゃないのか? 俺もしかして騙された?」


「いや…。 魚は美味しいけど、日によって当たりはずれ大きいから。 私は避けてる」


「おいおいおい…なんでそれを言わねぇんだよ…」


「きのこシチュー! しちゃー!」


各々好きな物を頼んだ。


それからしばらくして。

食堂のカウンターにある、魔法で灯ったランプがピコーンっと光った。

どうやら、シチューが出来上がったみたい!


食堂よ。

お手並み拝見といこうか。

そなたの力を見させていただこう。


僕はシチューを受け取り、嬉々として中を覗いてみる。

しかし。


「はい?」


それは、僕の知っているシチューじゃなかった。

僕は思わず、それをカウンターに叩きつけようか数10秒迷った。

認めない。

こんなの認めない!


「このシチュー…白くない…こんなのシチューじゃない…おまけにキノコも入ってないし…

何…このサラサラ感……舐めてるの…?……冒涜…? シチューに対する冒涜だよ!?」


「おいおいマリン。 落ち着けって」


マルコが闇落ちしそうな僕を押さえつける。

クララはそれに乗じて、中を覗いた。


「え? シチューといえばこれでしょ?」


彼女は当然のような顔で答える。

その言葉に、僕は全力で抗議した。


「ありえない! こんなのシチューじゃない! まさか異教徒!? こんなの邪教だよ!!」


「おいおい、落ち着けってマリン。 食堂のおばちゃんが鬼の形相でこっちみてるぞ!?」


「認めない!! 僕は認めない!!」


僕は文化の壁に直面した。

まさか軽く海を挟んだだけで、ここまでの差が産まれるとは思っても見なかった。


「…僕の家が変なのかな…白いシチュー…」


「白いシチューとか、逆に聞いた事ねえな」


「白いシチューは神…白いシチューは神…白いシチューは神……」


「あー、マリンがぶっ壊れちまった」


マルコが僕をゆする。

それでもダメ。

僕は悲しきシチューの奴隷となってしまった。

そんな僕に、クララが提案をする。


「1回食べてみなよマリン。 美味しいかもしれないじゃんか?」


「…うん。 そうだね、食べてみる」


クララの言葉に、現実に引き戻される。

うん、それもそうだ。

まずは食べてみないと分からない。


僕は恐る恐る口へ運んだ。


ぅ…。


酸っぱいなぁ…コレ…。


「味濃いよぉ…。 すっぱいぃ…。 魚みたいな味するぅ…。」


「大人しく、私のおススメにすれば良かったのにね」


「うぅ…。 だってハズレ、無いんじゃないの?」


「あんまり無いってだけ」


「僕…泣きたい」


「泣くの手伝おうか?」


「へ?」


そう言うとクララは、笑顔で拳を掲げた。

彼女の、魔王たる片鱗を垣間見た気がする。


その日の帰りのこと。

僕らは3人一緒に、学び舎からの帰り道に居た。

そんな中、マルコがとある提案をする。


「なぁ2人とも。 せっかくだし今度の休みどっか行かないか?」


「いいね、私もそう思ってた。 どこ行く?」


「んや、俺はまだ決めねーよ。 マリンは行きたいとこあるか?」


「海!」


「目の前にあるよ?」


「俺らはいつも行ってるじゃねぇか…」


僕の提案は、2人に難なく却下された。

でも僕は抗議の目線を向ける。


「だって海以外、何も無いじゃん」


「確かにこのあたり、何もねぇよな」


「仕方ないさ。 島だからね」


…。


あまりに何も無さ過ぎて、みんな海を眺めながら考え込む。


「あ」


突然クララが、何かを思いついたような声を出した。


「お! クララ、何か思いついたのか?」


「うん。 私、マリンが前に言ってた白いシチューが気になる」


クララのアイデアに、マルコが指をさす。


「それいいね」


「おいでおいで! 2人ともおいでよ!」


「マリン、それは大丈夫って事かな?」


「もちろん! 僕特製のシチューふるまって上げましょう」


「よし決まりだな!」


「私、すっごい楽しみ」


かくして、休日は僕の家に集まる事で決まった。


それから数日。


僕は朝早くから海岸に居た。

こうして1人浜辺に居ることも、最近だと少なくなった気がする。

昔は狂ったようにこの場所で魔法の練習をしていたのにね。

そうやってぼんやりしてると…。


向こうから亀がやって来た。

やがてそれは僕の島へと辿り付き、中から人が降りてきた。

あの特徴的な角…クララだ!

ほどなくして、反対方面からマルコもやってくる。


「おはようマリン」


「おはよう~」


「おはよう!」


「マルコもおはよう~」


「マリンの島、案外普通の場所なんだな」


「どんな所だと思ってたの!?」


「いや、もっと個性豊かな島だと思ってたんだがな」


「ね。 私もそう思ってた」


「別に普通の島だよ。 あ…魔物なら居るんだけどな…」


「やっぱ普通じゃねぇな」


なんて軽く会話をしていると、すぐ家に到着した。

だって僕の家、海の目の前にあるんだもん。


「どうぞ入って」


「お邪魔します」


「失礼するぜ」


僕が扉を開けると、中ではお母さんが待っていた。


「まぁ、いらっしゃい! どうぞ~座って~」


席に案内され、座る一同。

なんか、お母さんがいつにも増してふわふわしている気がする。

それもそのはず。

だって僕は今日、初めて友達を連れてきたから!


「2人とも、気楽にしてよ」


「おう!」


「…なんか…緊張する」


早くもくつろぎ始めるマルコに対して、何故だかぷるぷる震えるクララ。

慣れてないもんね、こういう状況。

僕がお茶を出すと、彼女はようやく落ち着き始めた。


そのまま、周りを見渡し始めて…。


禁断の物を発見してしまう!


「ねぇマリン、あの壁は何があったの?」


クララはそう言いながら、無骨に塞がれた壁の大穴を指さした。

むかしもむかし、おおむかしに、僕が魔法で開けちゃった穴だね。


「あっ…あれは見ちゃダメ」


「どうしたの? 私に言えないような事でもした?」


「えっと……壁の消費期限が…」


「マリンちゃんがヤンチャした時の傷よ~」


「お母さん!? なんで言っちゃうの!!」


「ほぅ~」


クララがニンマリする。


「こんな可愛いマリンにも、ヤンチャな時期があったわけだね」


クララは僕の頭をうりうりしてくる。

うぅ…複雑な感情。

お母さんはその光景を、微笑みながら見守る。

そして一言。


「マリンちゃんを幸せにしてあげてね~」


「はっ!?」


クララがビックリして手を離す!

僕もビックリして、思わず距離を取ってしまう!

お母さんの頭には?マークが浮いていた。

うーん、天然の極み。


「さてマリンちゃん、さっそくポトフ作りましょう!」


「お母さんシチューだよ!」


「もう! お母さんはシチューじゃありませんっ!」


「何もかもが違うよお母さん!!」


…。


「はい。 行きましょうか」


お母さんは満足げに立ち上がると、キッチンへと向かう。

僕もそれに続いた。


「それじゃあ2人、ちょっとだけ待っててね」


「おう! 美味しいの頼むぜ!」


「楽しみにしてるよ」


それから僕は、お母さんと分担しながら野菜を切り始めた。


「マリンちゃん、良いお友達持ったわね~」


「うん!」


「実はちょっぴり心配だったけど、安心したわ」


お母さんはにっこりした。


僕はじゃがいもを乱切りにし、鍋へと放り込む。

お母さんもそれをサポートするように、色々と手伝ってくれた。


ふと、向こう側で楽しく会話している2人に目線が向いた。

クララ、マルコにもあんな笑顔を向けるんだな~…。

ちょっぴり嫉妬を覚えたり。


それをニコニコしながら眺めるお母さん。

いつも天然のくせに、妙に察しのいい所があるんだよね。

もう。


なんて思っていたら…。


「あ! お母さん細かく切りすぎ! なんでブロッコリーがミンチになってるの!」


「あら!」


具材が揃ったら、我が家ではまずバターと一緒に炒めるのが鉄則。

茹でる段階で、塩とキノコと香草、そして牛乳をたっぷり入れる!

やがて部屋中に、ミルキーな香りが広がっていった。

マリンの技量は洗練され、もはや神の領域に達している…!


テーブルに出されたそれを見た者は、誰であろうと息を飲む。

そう、2人も例外では無かった。


「ほ…本当に白いんだな…」


「信じられない…吸い込まれるような…魅力」


それと同時刻、窯で焼いていたパンが焼きあがる。

そのパンを見て、2人はさらに息を飲んだ。


「さぁ、召し上げれ」


「…頂きます。」


「頂くぜ」


マリンの一声で、まずシチューに手を伸ばす。


柔らかな口どけ。

味は奥深く、それでいてまろやか。

うま味の詰まった赤身肉を一切使用せず、淡泊な味わいの鶏肉だけで勝負をしている。


いや、違う。


このバランスの上では、赤身肉すらも邪魔になってしまうのだ。

ここは鶏肉だけが輝ける至高の舞台。

もはや味わう芸術、目の前にあるのは巨匠の作品!


続いてパンに手を伸ばす。


…!


この地域で一般的に食されている黒パンは、固く、酸味が強いのが特徴だ。

しかしこのパンは違う。

柔らかい…どこまでも柔らかい!

思わずそのまま口に運びそうになる。


しかし一瞬ためらう。

黒パンは、酸味の強さ故にそのまま食べる事は少ない。

その常識が、思わず食べる手を止めてしまう。


…信じてみよう。

いや、信じなければならない!

俺は今、夢を追いかけるドリーマーなんだ!


…!!!


初めての経験に、脳が思考を止める。

モチっとした食感と共に訪れる甘味が、酸味を優しく導いていて。


至高。

この言葉以外、何も見つからない。

これ程までに洗練された旋律を聞いたことが無い。

音楽の都であれば、多くの人々が涙しただろう。


このパンとシチュー、合わさると一体どうなってしまうのか。

知りたい…知らなければならない!

いかなる人物も知識欲の奴隷と化してしまう!


これは食べ物を越えて、もはや悪魔!

悪魔そのもの!


震える手を抑えながら、恐る恐る口へと運ぶ。

そして気付くのだ。

今までの全てが偽りであったことを。


そして悟る。


誠の真実を。

これは世界…世界そのものだった。

争いの無い、幸せだけで構成された世界が、ここには広がっていた。


ありがとう…。


ただありがとう…。


ただ感謝を。


…。


「マリン…お前すげえよ…」


マルコの目から、一筋の涙が零れ落ちた。

空を仰ぎ、手を合わせる。


何してるんだろうね、この人。


そんなマルコを横目に、クララは無心でかきこんでいた!

手が止まらないみたい。


「美味しいねこれ! おかわりある?」


「あるよ~、どんどん食べて!」


かくして僕は、2人の胃袋をわしづかみにした!


…。


「ありがとう…美しい世界よ…」


「マルコ、いつまで浸ってるのさ」


クララがマルコの肩を叩く。

その衝撃で、ハッと現実に戻ってくるマルコ。


「あっ…」


「大丈夫? 戻ってこれたかな?」


「あぁ…クララか。 俺…決めたぜ。 世界救ってくる」


「うわぁ、壊れてる」


クララは少し面倒臭そうな表情を浮かべた。

でも、僕はマルコの夢を応援したい!


「応援するよ、マルコ!」


「マリンまで…?」


「俺は…いや、俺たちは…世界を救う!」


「頑張ろうマルコ!」


「はぁ…もう2人の好きにしな」


そうして、マルコは再び夢の世界へと落ちていった。

これはしばらく時間がかかりそうだね。

彼が正気に戻るまで、僕らはお茶を飲んで待つ事にした。


「ねぇマリン。 私この前、卒業した後の話したじゃん」


「してたね。 何か決まったの?」


「うん」


するとクララは、僕を見つめる。


「私、冒険に出てみたい」


「…冒険。 そっか…離れ離れになっちゃうね」


「…うん」


…。


彼女はおもむろに、髪をくるくる弄りだす。

そっぽを向きながら。


「……あのさ、マリン」


「うん」


「えっと…」


…。


「…マリンも、私と一緒に冒険しない?」


彼女は机を眺めながら、右手を伸ばす。


「まぁ!」


お母さんはそれを見て、ウッキウキの表情!

この場の誰よりもテンションが高い。

クララはそんなことを気にも止めず、言葉を続ける。


「私とマリンの強さ…なら……きっと…その…」


彼女は自信なさげに、伸ばした腕を見つめた。

よく見ると、ぷるぷると小刻みに震えている。


でも確かなことは1つある。

この手は、僕の手を握りたくてうずうずしていることだ。


僕はその手を…。


迷わず握った!


「うん、行こう!」


「…マリン!」


「一緒にいろんな冒険しようね!」


彼女の顔が、ぱあっと明るくなる!


「うん!」


それはまだまだ先の事。

僕が卒業するのなんて4年後だもん。

それでも、すごくワクワクしてるんだ!

楽しみで仕方がない!

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