12. 復讐決行 2

僕は魔王と相打ちになり、昨日みたいに気絶した。

目を覚ましたのは、夕方の医務室。

そしてなぜか、隣で魔王が眠っている。


…というより、真ん丸なおめ目を開いてこちらを見つめている。

思わず、ドキッと鳴る心臓。

マルコの時もそうだけど、なんですぐ隣に寝かせるの?

医務室の人に、文句を言いたくなる。


…。


それにしても、この人すごく綺麗な顔してる。

今までよく見れなかったけど、本当に綺麗な顔。


それなのにあんなに強いんだよ?

もう嫉妬しちゃう。


そんなことを思っていたら、彼女が話しかけてきた。


「青いの、君けっこうやるね」


彼女の吐息が僕の顔にかかる。

それがすごく恥ずかしくて、思わず距離をとった。


サササ…。


すると彼女は、少し眉をひそめた。


「何もしないって! もう殴らないから!」


そんな言葉で、僕を引き留めようとする。

でも違うんだ。

殴られるのが怖くて、離れたわけじゃないんだよ。

なんか恥ずかしいから離れたの!

そんな僕の気持ちはつゆしらず、彼女は僕にすり寄ってくる。


「ほら、こっちおいで。 顔、良く見せてよ」


「え…えぇ…」


「何もしないから。 君の顔がみたい」


彼女は、優しい声で僕を近づかせる。

なんか小動物を相手にしている時みたいな。

敵意は無さそうだし、会話してみようかな。


「魔王さん、すごく強かったよ」


「魔王…その呼び方嫌いなんだけど。 止めてくんない?」


「あっ…ごめん」


「私にはクララっていう名前があるんだけど」


「…クララさん」


「よしよし、いい子だ。 君は?」


「マリンです」


「ねぇ、マリンちゃん」


「男ですけど…」


「はぁ!?!?!?!?」


僕の言葉を聞いた瞬間、クララは目を大きく開いた。

そして、慌てて僕から距離を取る。


「それは卑怯じゃん!」


彼女の顔が、急に真っ赤に!

顔を両手で抑えてうろうろしてる。

どうやら僕が女の子だと勘違いしていたから、あの凛々しい態度が取れていたらしい。

男性への免疫はないみたい。


「えっ…ちょっ…私…あんな近くで……うわ…」


彼女は自分の行いを振り返りつつ、恥ずかしさで悶える。


近く。


吐息。


うわああ…


僕も、恥ずかしさに耐えられなくなる。

お互い、一緒になって悶えた。

なにこの状況…。


それから会話も無くなり、お互いの溝も深まった。


気まずい。


静かな空間に、時計が秒針を刻む音だけが響き渡る。

かすかに聞こえる、互いの呼吸音。

それが余計に気まずくて。


…。


そんな空間に耐えられなくなったのか、クララが声を出した。


「…なぁ、あの席…別に座ってもいいよ」


「…?」


「…だから…あの席。 分かるでしょ?」


「何の席?」


「…食堂の席、座ってもいいって言ってるの」


「いいの?」


突然の言葉。

きっと他に話題が思い浮かばなかったのかもしれない。

彼女がいかに口下手か、これで分かるよね。

まぁ、僕も似たようなものなんだけども。


「…座って。 …いいよ。 どうせ私以外、誰も近寄らないし」


「うん」


「1人で食べてても寂しいしさ」


「うん!」


「だからさ…その…。 座ってもいいよ」


「もしかしてクララさん、友達いないの?」


「あ?」


僕の何気ない言葉に、彼女の表情が一瞬、魔王そのものになった。

会話を広げようと言った言葉だけど、明らかに言葉の選択を間違えちゃったらしい。

僕は慌てて弁明する。


「あっ…そのっ…悪い意味じゃなくて…いい意味で…」


「…」


「いやその…僕も友達少ないし…」


「…」


「なんだか…親近感湧いちゃって…」


「…」


僕の言葉をクララは、口を閉ざしたまま聞いていた。

でも段々と、柔らかな表情に戻っていく。


「その…クララさん」


「クララでいいよ。 なんだか距離感じて嫌」


「うん。 クララ」


僕の呼びかけに、無言で会釈する彼女。

それを見て、僕は言葉を続けた。


「明日のお昼、一緒に食べない?」


「…!」


それを聞いた瞬間、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。

本当にあの席に座ってくれるとは、想像をしてなかったらしい。

やがて彼女に、小さな笑顔が見えてきた。


「…うん。 そうしよう!」


気付けば、太陽が沈み始める。

そんなに長い時間でもないけど、僕らは話し込んだ。

もうこんな時間だね。


「そろそろ帰ろっか、マリン」


「うん、帰ろ」


僕らは荷物を持って、学び舎を後にした。

そうして、いつもの正門へと向かおうとしたとき。

僕はクララに引き留められた。


「マリン、こっちおいで」


「森?」


「ただの森じゃないさ。 見てごらん」


「なにこの変な門」


「伝説の裏門。 ここ、近道なんだ」


「へぇ…こんな場所が。 クララは色々と知ってるんだね」


「昔先生を締め上げた時にさ、場所を吐かせたんだよ」


「……やっぱり魔王って呼んでいい?」


「マリンの事も締め上げようか?」


「クララクララクララ」


「よし、合格」


ギギギ…


僕らは、変な形の裏門を開けた。

そのまま、森の中を通っていく。

そこは正門とは違い、あんまり整備が行き届いていない道だった。

もう、何所が道なのか良く分からない感じ。


「こんな道、よく迷わずに行けるね…」


「もう2年間、この道を歩いてるからね」


「それじゃあ今3年生って事?」


「そ。 卒業したら何しよっかな」


「気が早いよ~。 僕たちまだ会ったばっかりじゃん」


それから。

僕とクララはゆっくり打ち解け、だんだんと会話が弾むようになってきた。

しばらくして森を抜けると…。

目の前には町が広がる!


「ほんとだ、すごく近い!」


「ね? 私に付いてきて得したねマリン」


そのまま、僕は港に向かおうとした。

その時、クララに引き留められる。


「あ、待って」


「どうしたのクララ?」


「…私、この島に住んでるから。 港には行かない」


少し寂しそうにするクララ。


「…そっか。 ここでお別れだね」


「そ。 また明日、マリン」


「うん。 じゃあねクララ!」


「うん! また!」


彼女はそういうと、町中へと消えていった。

その頃にはもう勝負の行方なんかどうでもよくって。

ちょっとした寂しさだけが心に残った。

もっと話していたかったな。


さてと。


僕も島に帰ろうかな。


あれ…。


でも何か忘れているような…。


…。


一方その頃、正門にとある男が待っていた。

彼の名はマルコである。


「マリン、ここで待ってれば会えると思ったんだけどな…」


授業が終わり、既に1時間が経過。

もう学び舎には人の気配なんて無い。


「おせぇな。 早退しちまったか?」


彼は時計を眺めながら、そんなことを呟く。

港から出ている亀は、夜間は運航をしていない。

あまりに時間がかかりすぎると、泳いで帰るはめになる。


「そろそろ潮時かな。 …帰るか」


彼はそうつぶやき、歩き出した。

その時、手紙を咥えた小鳥がやってくる。


「ん? 俺に手紙か?」


マルコはそれを受け取り、ゆっくりと開いていく…。


「…あぁ。 親父、今ミラ大陸で頑張ってるんだな」


彼はそのまま、読み進めていき…。

少し驚いた顔をする。


「…おいおい…これは」


ザッザッザ…


誰かの足音。

マルコは慌てて手紙を隠した。


誰だ?


そこにいたのは、見覚えのある水色の髪!


「マルコ~ごめんよ~」


「マリン! なんでそっちから?」


「まぁ、いろいろあってね。 とりあえず帰ろうよ」


「おう!」


「ところで、何見てたの?」


「へへっ、デートのお誘いって所かな」


「なんか嘘っぽいなぁ」


「馬鹿いえ。 俺だって持てるんだぜ?」


「嘘だぁ」


「おいおい、せめて否定はしてくれるなよって」


…まあ、今すぐじゃないし。


後でもいいか。


俺は、手紙をそっと鞄にしまった。

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