17. 2年後に会おうね

時が流れるのは速いもので、あっという間に卒業の時期がやってきた。

クララもマルコも、今日でこの場所から離れてしまう。

今日が、みんなで集まれる最後の日なんだ。


いつもならつまらなくて居眠りするような祭典も、今日はそんな気分になれなかった。

いろんな感情が渦巻いていたから。

気付けばそんな時間も終わり、僕は駆け出した。

目的地は食堂の特等席。


こんな日でも。

こんな日だからこそなのかな。

やっぱりここが、僕らの集合場所になっていた。


「マリン!」


「マリン、おいで」


「う…う…うぅぅぅぅぅ……」


「おいおい! 再会してそうそう、泣くなってマリン!」


2人を見た瞬間、泣き崩れる僕。

そんな僕をなだめようと、マルコは笑顔を作ってくれた。


「みんなぁ……」


僕は朝から泣いたり落ち着いたり、そして泣いたり。

もう、ずっとそんな繰り返し。

笑顔で2人を送ろうなんて考えていたのに、もう全くダメだった。


本当に情けないよね。

クララはそんな僕をやさしく撫でてくれた。


「私とは2年後にまた会えるよ。 マルコもさ…きっと………」


そこまで言って、彼女も抑えられなくなったらしい。

両手で目をおさえ、うつむきながら泣いてしまう。


「ずりぃよ…クララ…」


マルコだけは、上を向いて耐え凌ぐ。

最後まで男だね。


「みんな…僕…ほんとに幸せな時間を過ごせたよ…」


「泣ける事言ってくれるじゃねえかマリン…大好きだぜ!」


マルコが僕に抱き着く。

今まで表に出さなかっただけで、マルコも本当は寂しかったんだね。


「マルコ…寂しくなるね」


クララが呟く。


「ほんと寂しくなっちまうな」


「ほんとだよぅ…まるこぉ…」


「もぅ、しっかり頼むぜマリン」


「…うん」


「クララも。 マリンの事頼んだぜ」


「任せて」


弱弱しく頷くクララ。

それから僕らは、思い出話に花を咲かせた。

最後に学食を全種類食べてみようなんて、馬鹿なこともしてみた。


でも、寂しさはずっとぬぐえなくて。

顔では笑っても、心の中ではこれが最後なんだって分かってたから。

なんだか、素直に笑えなかった。


僕ら3人でやりたいことは、今日までの間にやれるだけやった。

だから最後の方は、ただいつもみたいにのんびり話すだけの時間を過ごした。

ありきたりな時間だった。

だけど、最後だと思うと特別な物のように思えて来る。


そうして、僕らの顔に夕陽が差し掛かった。


「…ぁ。」


「…もう…時間みてぇだな」


「…はぁ。 そっか。 そろそろ…私たちも行かないとね」


これほどまでに夕陽が憎いことはなかった。


それから僕らは最後に、いつもの裏門から校舎を眺めた。

最近はずっとサボってるせいで、なんだか久しぶりな景色のようにも見えたけど。


「…これで…この憎い校舎ともおさらばかぁ。」


マルコが呟く。


「私は…好きだったよ。 2人と会えたし」


クララは、そう返事をする。

僕は…。


「…ひっぐ……グスン…」


「マリン。 しっかり目に焼き付けとけ。 俺らと見る、最後の校舎だぜ」


「ちょっとマルコ。 そんなこと言ったら、余計にマリン泣いちゃうじゃんか」


「おっと、悪ぃな。 んま、悔いの無いようにしておきたいからさ」


「…そうだね」


それから僕らは心に景色を刻み込んだ後、裏門から続く道を歩いていった。

僕らが2年間通り続けたおかげか、いつしかそこには道が出来ていた。

僕らがここに居た証だね。


あっという間だった。

この2年間。

クララの言った通り。


くだらない事ばっかりしてたけど、本当に楽しい時間を送れた。

また3人で集まれたらいいな。

その時はまた、一緒に遊びたいね。


皆で楽しく話をしていたら、海なんてすぐについてしまった。

ほんとに、噛みしめたい時間ばっかりが早く過ぎていく。


「なあ2人」


マルコは海を背にして、こちらを見た。

そして…。


「俺さ、絶対立派になって帰ってくる。 今はまだ、何も決まってないけどさ。 

きっと立派になる! だからそん時は、また仲良くしてくれよな」


マルコの目は真剣だった。

張り合うように、クララも宣言する。


「いいよ。 それなら私は双星になってみせるから」


それは、クララのような複属性で最強の一人に贈られる称号だ。

彼女は双星…それなら、僕の目標も決まったような物だった。


「…それじゃあ僕は天王星! みんなで、すごい3人組みになろうね!」


ニコっとしながら、2人の顔を見る。

天王星は、単属性最強の一人にしか贈られない称号。

どの道だって、簡単じゃない。


だからこそ意味がある!

だからこそ、例え離れ離れになっても頑張れる!


「双星に天王星、それに立派になった俺! 最高じゃねえか!」


「ははっ…最後まで…締まらないね」


「でもさ。 これが私達らしさじゃない?」


「クララ、最後に良い事言うじゃねえか」


「ふふっ。 でしょ?」


クララが、頑張って笑顔を見せる。

マルコも、それに答えるように明るい笑顔を見せた!

僕だって、最高の笑顔を見せるんだ!


って頑張ってみたけど。


「……ぅぅぅぅぅぅぅ」


結局、僕は最後の最後も大泣きした。


もうだめだめ。

情けないよ。


「ははっ。 最後までマリンらしいな」


「この姿みると、安心するよね」


「ほんとだよな」


すこし和やかな雰囲気が流れる。


…。


そんな空気を邪魔するかのように、亀がやってきた。

上にはマルコの家族らしき人も乗っている。

さよならの時間だ。


「すまねぇな。 もう…行かないと」


「マルコ…元気で」


「じゃあね…マル…コ…」


僕は絞り出すように声をだした。


「皆、ありがとな。 最高に楽しい時間だったぜ。 また…会いに来るよ」


そう言い残すと、マルコは右手を高く掲げながら亀に乗っていく。

涙を隠すように、向こうを向いたまま。


次第に亀の姿が遠ざかり、やがて見えなくなる。

そうして、夕陽に染まった潮風は、彼を遠くのどこかへと連れ去っていった。


…。


…。


行っちゃった。


マルコが。


僕の知らない世界に。


ペタン


僕は喪失感と共に地面に崩れた。

心にぽっかり穴が空いた。

寂しい。

そんな言葉じゃ表現できない、この感情。


僕はすがるように、クララを見つめた。


「クララも…行っちゃうの…?」


「私は明日の朝」


「一緒に…居て」


「当たり前じゃん」


クララは、僕を抱きしめた。

僕もクララを抱きしめる。

身長差があるから、クララが少しかがむ形になってるけどね。


それでもあったかくて、柔らかい。

彼女の熱が、鼓動が伝わってくる。

それがだんだんと速くなっていって。


「マリン」


「うん」


「寂しい思いさせるね…」


「うん」


「私の事、待てる?」


「うん、待ってるよ」


「約束ね」


「約束」


「マリンは良い子だ」


彼女は、僕の頭を撫でようとした。

でもそれはやめて、再びぎゅっと抱きしめてくれる。

彼女は僕のこと、子供としては見てないんだ。

一人の人間として見てくれてる。

そう感じた。


「私さ、マリンの事」


「うん」


「やっぱりナイショ」


「えー」


「私の事、忘れないでねって事」


「クララも、僕の事だけ考えて」


「え…? ふふ、そうだね。 そうするよ」


彼女は少し赤らんだ。


クララと2人、夜が開けるまで海岸に。


誰の邪魔も入らない、2人だけの時間。


ただただ寄り添った。


まるで恋人のように。


友達以上の絆が、2人を結んでいた。


…。


空が明らむ。

僕らを邪魔する、唯一の存在。


なんで夜ってこんなに短いんだろうね。


「ね、クララ」


「言わないでマリン」


「朝が来ちゃった」


「嫌だよ私…離れたくない」


「僕も離れたくない」


…。


「でも、行かないとだよね」


「…やっぱり行っちゃうんだ」


「ね、マリン」


「…?」


クララが僕にキスをした。

突然の事に、頭が真っ白になる。


クララ。


彼女の事で頭が埋め尽くされる。

もう、クララの事しか考えられない。

頭がどうかなっちゃいそう。


止まる時間。

ここは2人だけの世界。

この時間が永遠に続けばいいのに。


クララがニコっと笑った。


「好きだよ、マリン。 私のマリン」


「大好き。 僕のクララ」


何よりも愛おしいその顔に、僕からもキスをする。

これが答えだと言わんばかりに熱く。

お互いの吐息がかかる程に近い距離。

絡まる視線。


「もうクララの事しか考えられない」


「それでいいの。 私の事だけ考えて」


「うん」


そして彼女は、何かを取り出した。


「マリン、これ受け取って」


「…何これ?」


彼女から、紙を渡される。

小さい、折りたたまれた地図。


「2年後。 この場所に迎えに来て」


「うん。 絶対に行くから待っててね」


「待てない。 今すぐ来て」


「クララのせっかち」


「ふふっ。 マリンだって同じくせに」


「うん。 僕だってずっと居たいよ。 …でも…クララのこと信じてるから」


「私も。 だから待ってる」


「必ずね」


「ふふっ…必ず」


そう言うと、クララは立ち上がった。


砂をはらって。


「マリン! 2年後に会おうね!!」


彼女は、世界中に響き渡るような声を出した!


そして駆け出す。

僕の言葉も待たずに。


そうして、砂浜に焼き付いたクララの足跡だけがそこに残った。

それはもう、彼女の体温なんて残ってなくて。

その事実が、僕の心にまた一つぽっかりと穴を開けた。


空っぽなこころに、波の音が響いてくる。

それはやがて、唯一のこった彼女の痕跡さえ消し去って。

もう、クララを感じれるものは何もなくなった。


あとに残ったのは、底なしの虚無感。

僕はしばらく呆然と海を眺めていた。


…。


…。


…。


しばらくして。


向こうから亀がやってきた。


お母さんたち、心配してるかな。


…。


一呼吸付いて。


「…僕も…行こうか」


砂を払い、立ち上がった。

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